表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌姫、鬼神を飼う。ー連環の計の駒?いいえ、鬼神の主は私です。未来知識で天下を操る。ー  作者: チャプタさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
111/116

12-4:兵権剥奪の企て

12-4:兵権剥奪の企て


その日の朝議は、まるで氷の上を裸足で歩むかのような緊張感に包まれていた。

高殿の天井は高く、そこから垂れる金の鈴がわずかに震え、かすかな音を立てている。その音すら、沈黙に支配された空間では不気味なほど大きく響いた。焚かれた香の煙がゆらゆらと立ちのぼり、甘やかな香りが漂う。だがその香りさえも、この場を覆う張り詰めた空気を和らげることはできなかった。


玉座には、幼き献帝が端座している。

まだ年若い顔立ちは本来ならば無邪気さを宿すはずだが、その表情は虚無に閉ざされ、まるで磨かれた人形の面のように動かない。玉座の隣に立つ男――王允の圧倒的な存在が、その小さな身体を影に縫いつけていたからだ。帝は息を潜め、ただ座すことしか許されていないように見えた。


王允は鋭い眼差しで広間を睥睨した。

その視線は、剣より鋭く、一人ひとりを射抜いていく。視線を合わせれば命を削がれるとでも思っているのか、百官たちは一様に目を伏せ、額に玉のような汗を浮かべていた。董卓を討ち果たしたあの日以来、王允は「漢室を救った英雄」と讃えられたが、その実態は英雄という仮面を被った独裁者だった。異を唱える者は即座に「董卓の残党」と断じられ、辱めとともに権を剥奪される。誰も逆らえぬ、恐怖の支配だった。


――そして今日。

その王允が、ついに最後の大きな障害へと刃を突き立てようとしていた。

その標的は、ただ一人。飛将・呂布。


「――帝に、奏上いたします!」

王允の声は、高殿に突き刺さる稲妻のように響いた。その響きは、百官の背筋を一斉に硬直させる。剣を抜く音はない。それでも皆の心には確かに鋼が抜かれたような緊張が走った。


「董卓は滅びました。しかし奴の残党はなお各地に潜伏し、牙を研いでおります。西涼の旧拠点には李傕・郭汜らが軍を集め、都を奪還せんと機をうかがっているとの報せもある。このままでは漢室の安寧は保てませぬ!」


重々しい声が広間を支配し、ざわめきが波紋のように広がる。

「やはり西涼の影は消えていないのか」

「戦は、まだ終わっていないのだ……」

文官たちは互いに目配せし、不安に駆られた吐息が重なった。


その空気を断ち切るように、王允は懐から一枚の木簡を取り出し、高く掲げる。

「そこで、都の防衛をより強固にするため――諸軍の再編を提案いたします!」


その瞬間、張遼と陳宮の瞳がかすかに揺れた。

二人には直感で理解できた。これは美名を装った軍制改革ではない。王允の狙いはただ一つ。呂布から兵権を奪うことだ。


王允の言葉は続く。

「現在、都の防衛は各将軍がそれぞれ兵を率いる形。これでは、いざという時に統率が乱れ、連携が取れませぬ。ゆえに――一度すべての軍を解体し、帝直属の中央軍として再編成するべきかと!」


広間に冷たい波が走った。

その文言は、呂布の力の根を断ち切る宣告に等しかった。


「特に、呂布将軍の并州兵は勇猛果敢にして天下随一。その兵を一箇所に留めておくのは、あまりに惜しい。彼らを各部隊の中核として分散し、全軍の練度を高めるべきと存じます!」


――それはまさしく死刑宣告だった。

呂布の誇り、并州兵との絆を引き裂き、兵を解体し、彼自身を力なき傀儡へと堕とす。

外面は「正義のため」「漢室のため」と飾られているが、その実、相手の心臓を抉り取る冷酷無比な策。老獪にして残忍な王允の本性が、そこにあった。


「なっ……!」

呂布の双眸が血の色を帯びる。

今すぐにでも広間の中央で刃を振り下ろし、この奸臣の首を刎ねてしまいたい――熱く迸る衝動が胸の奥から突き上げてくる。しかし、ここは戦場ではない。

剣も槍も無力な朝議の場。ここを支配するのは理屈と建前、そして数の力。虎である呂布も、この檻の中では鎖に繋がれた獣に過ぎなかった。


その刹那、陳宮が一歩進み出る。

「お待ちを、司徒殿!」

鋭い声が広間を切り裂いた。その眼差しは鋼のように固く、声には炎のような熱が宿っていた。

「そのような措置をとれば、兵士たちの心に混乱を招きましょう!并州兵の強さは、彼らが長年育んできた信頼と郷土愛に根ざしたもの。それを無理に引き裂けば、むしろ軍は弱体化するのです!」


正論だった。理性があり、情があり、未来を見据えた訴えだった。

だが――広間に並ぶ重臣たちは、すでに王允の掌の中にあった。


「うむ、司徒殿の仰せの通り」

「兵の統率は帝の下に集約されるべきだ」

「呂布将軍の個人的な力に頼るのは危険すぎる」


それは討論ではなかった。あらかじめ用意された合唱だった。

陳宮の声は、波に飲まれる孤舟のようにかき消されていく。


呂布は唇を噛みしめた。

鉄の味が口に広がる。握り締めた拳は震え、爪が掌を食い破り血が滲む。

怒り、屈辱、無力感――その全てが胸を焼き尽くす。だが、この場で叫んだところで、己の破滅を早めるだけだ。


静まり返った広間。

その中で、王允の口元に浮かんだ勝ち誇った笑みだけが鮮烈に光った。

それは剣よりも鋭く、槍よりも深く、呂布の心臓を抉るものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ