12-3:民衆の失望
12-3:民衆の失望
私が「長楽宮」という名の鳥かごに閉じ込められてから、まだほんの数日しか経っていなかった。
だが、その短い日々のうちにも、王允の掲げる「改革」は音もなく、しかし容赦なく都を覆っていった。
けれど、それは誰もが待ち望んだ希望の未来などではなかった。
むしろ、民の祈りを踏みにじるような、冷たい逆風に他ならなかったのだ。
最初に切り捨てられたのは、私が心を砕いて始めた都の広場での炊き出しであった。
「国庫の財は復興のために使われるべきである。貧民への無駄な施しに回す金はない」
布告の文字は冷たく、乾いた石のように響いた。
その一文で、あの広場はたちまち凍りついた。
毎日列をなし、肩を寄せ合っていた老人や病人、裸足の子供たち。
彼らが差し出す器の中で湯気を立てていた薄い粥は、決して贅沢なものではなかった。
けれど、あの温もりは、彼らの胸に「生きていていいのだ」という小さな希望を灯していた。
その唯一の手が、無惨に引き抜かれてしまった。
あの日から、母は泣く子を抱きしめて空を仰ぎ、子供は地に座り込んで飢えに声をあげる。
都の片隅には、悲痛な泣き声と嗚咽が絶え間なくこだまし始めた。
次に槍玉に挙げられたのは、孤児や捨て子を保護する慈愛院だった。
「孤児の養育は国家の務めではない。民が互いに助け合うべきことである」
王允はそう言い放ち、支援を大幅に削った。
かつて私は呂布を通じ、富商たちの懐を揺さぶり、資金を集めてきた。
だが、その蓄えも今や底を突きかけていた。
それでも華雄や彼を慕う兵士たちは、疲れ果てた体を押して孤児たちの世話を続けていた。
泥にまみれた子を抱き上げ、病に苦しむ子に粥を口移しで食べさせるその姿は、かつての荒武者の面影を忘れさせるほどに優しかった。
けれど、彼の顔に刻まれる疲労の影は日ごとに濃くなり、その広い背中でさえ、時折ひどく重たげに沈んでいた。
私は思い出すだけで胸が痛む。
董卓が死んでも、結局は新たな独裁者――王允――が現れただけだった。
民の暮らしは少しも楽にならず、むしろ董卓というわかりやすい「悪」がいた頃よりも、行く先の見えぬ闇に包まれていった。
「……何も、変わらなかったじゃないか」
「董卓様がいなくなっても、俺たちの暮らしは苦しいままだ……」
「英雄たちは、我らを救ってくれたのではなかったのか……?」
ほんの数日前まで、天を突き抜けるほどの歓喜と熱狂が洛陽を包んでいた。
あの歓声は、まるで春を告げる祭囃子のように、人々の心を躍らせていた。
だが今や、その残響すら消え去り、都の空気は再び重苦しい靄に閉ざされていた。
人々の目に映るのは、沈黙とため息と失望だけ。
空を覆う雲のように灰色の気配が街を塞ぎ、子供の笑い声さえ、どこか遠くに追いやられていた。
私は長楽宮の高い窓辺に立ち、その沈んだ都をただ見下ろすことしかできなかった。
王允は私と外界の接触を厳しく禁じ、小蘭でさえ特別な許可がなければ部屋に入ることを許されなかった。
彼は恐れているのだ。
私が持つ唯一にして最大の武器――「民衆の支持」を。
だからこそ、私と民とを引き離せば、私の力は無力化できると信じている。
(……甘いわね、お父様)
私は窓辺で、声にならぬ呟きを漏らした。
(人と人との絆は、兵士の槍で断ち切れるほど脆いものではないわ)
その夜のことだった。
静まり返った長楽宮の廊下を、わずかな足音が近づいてきた。
現れたのは、一人の若い侍女。
盆に湯気の立つ食事を載せ、恭しく膝をつく。
その顔を見た瞬間、私の記憶は炊き出しの場へと遡った。
――病に倒れた母のため、必死に薬を求めて頭を下げていた、あの少女。
そのとき、私は人目を忍んで薬を渡したのだ。
彼女は周囲を素早く見回すと、食事の盆を置き、その下から小さな布切れを取り出した。
そして、私の手にそっと握らせる。
指先はわずかに震えていたが、その瞳には決意の光が宿っていた。
私は息を呑み、視線を落とす。
布切れには、墨で走り書きがあった。
――『今宵、子の刻。北の庭園にて』
それは、間違いなく陳宮の筆跡だった。
私は目を伏せ、小さく、しかしはっきりと頷いた。
その仕草は、誰の目にも触れぬよう、慎重に。
鳥かごの扉は、内側からではなく、外側から開かれる。
――反撃の時は、来た。




