12-2:聖女への「鳥かご」
12-2:聖女への「鳥かご」
王允の論功行賞は――まさに老獪そのものだった。
呂布には名誉だけを与え、実権は奪う。張遼には栄転と称して故郷から引き離す。
贈り物の皮をまといながら、その実、呂布軍の牙を一本ずつ静かに抜いていく。刃が肉を割くときの痛みのように、しかし人々はその苦さに気づかない。広間を満たすのは祝福のざわめき。だがその裏で、権力者の手は音もなく血を流さぬ策略を成就させていた。
呂布本人は、高位の官職を授けられたことに素直に満足しているらしい。玉座の前に胸を張って立つ姿は堂々としており、武人としての誇りに輝いていた。だが、その横顔を横目に見た陳宮の表情は違った。眉間に深い皺を刻み、苦い薬を飲み下すように唇をかみしめている。彼は理解していた――王允の真意を。
そして、広間の空気が一変する瞬間が訪れる。
王允の視線が、私に向けられたのだ。
その瞳は、まるで父の愛情に満ちているかのように優しく潤んでいた。だが、その奥には冷たい計算の光が潜んでいる。笑みの下に隠された刃――私は、その鋭さを直感で感じ取っていた。
「――そして、我が娘、貂蝉よ」
その呼び声は、驚くほど柔らかで温かく、広間全体に染み渡っていく。
「此度の計略、その発端は、そなたの国を思う健気な心にあった。そなたこそ、この国を救った、第一の功労者である」
百官たちの視線が一斉に私へと注がれる。
その重みは刃物のように鋭く、肌を突き刺した。
そこには純粋な賞賛もあっただろう。だが同時に、女が政治の場に顔を出したことへの冷ややかな侮蔑や不信も潜んでいた。「女の身で……」というささやきが、笑みを貼りつけた彼らの口の端からにじみ出ているのを、私は痛いほど感じた。
それでも、私は深く、しなやかに頭を垂れる。
「お言葉、身に余りまする」
王允は満足げに頷くと、さらに言葉を重ねた。
「お前の働き、見事であった。……ゆえにこそ、儂は決意したのだ。お前は、もはやこの漢王朝の至宝である。その宝を、これ以上俗世の塵に汚してはならぬ」
胸の奥で、不穏なざわめきが生まれる。
――これはただの褒賞ではない。
「よって、帝のご許可を得て、お前のために、新しい宮室を用意させた。『長楽宮』だ。誰にも邪魔されぬ、静かで、美しい場所である」
彼の声は甘美な毒のように響き、百官の耳を心地よくくすぐった。
「南海から取り寄せた真珠の簾、最高級の絹の衾。そして、そなたを世話する数十の侍女たち……全てお前のために用意させた」
贅を尽くした理想郷――そう語られる響きは、確かに華やかで甘やかだった。
だが、私には見えた。その美しい装飾の下に隠された冷たい鉄の檻が。
「さらに、その宮室の周囲は、儂の最も信頼する私兵たちに守らせよう。昼夜を問わず、お前をお守りするのだ」
その瞬間、広間の空気が張り詰めた。
――守護という名の、軟禁。
「これからは、国事など心配せず、ただ長楽宮で舞を磨いて過ごすがよい。お前は、美しく咲き続ければよいのだ」
鳥かごの中の聖女。
王允は、私を再びそう仕立てようとしていた。民衆の心をつかみ、呂布をも導いた私が、彼にとっては制御不能な存在に映ったのだろう。
怒りが胸を突き上げ、指先が小さく震えた。だが、私は必死にそれを押し殺す。
ここで露骨に抗えば、王允の思惑通り、「危険な女」として完全に葬られてしまう。
私は、完璧に作られた笑顔を浮かべ、再び頭を下げた。
「……お父様の温かき御心遣い、この貂蝉、感謝に堪えません。謹んで、お受けいたします」
その言葉に、王允は満足げに微笑んだ。彼は信じて疑わない――私がまだ、自分の掌の中にあると。
しかし、ただ一人。陳宮だけは違った。
私の笑顔の奥に燃える冷たい光を、彼は見抜いていた。
◇
その日の午後、私は長楽宮へと移された。
そこは、王允の言葉どおり、まばゆいほど贅を尽くした空間だった。
壁は翡翠の漆で塗られ、床には幾重にも絹が敷き詰められている。
昼は黄金の光が真珠の簾を透かして降り注ぎ、夜は百の灯りが星のように瞬いた。
だが、その美しさはすべて、鉄の檻を飾る装飾にすぎない。
窓の外に広がるのは、高い塀とわずかな空だけ。
塀の外では、槍を持つ王允の私兵たちが、絶え間なく巡回していた。
靴音が規則正しく響き、その音は単調な波のように耳を打ち続ける。
私は静かに腰を下ろし、薄く笑った。
――ここが鳥かごならば、いつか必ず扉を開け、翼を広げる。
その時こそ、王允の思惑を粉々に砕く、反撃の始まりとなるのだ。




