11-7:閉ざされた門
11-7:閉ざされた門
董卓は、重厚な馬車から鈍い音を立てて降り立った。
地を揺らすようなその足音に、彼の心は勝利の確信に満ちていた。
王允の芝居がかった深々とした礼、忠臣を装った美辞麗句――その一つひとつが、董卓にとっては甘美な酒であった。
「うむ。ご苦労、司徒。――これより、儂が、この国を正しく導いてやるのだ」
その声音には、天命を己のものと信じきった驕りと陶酔がにじみ出ていた。
長年、自分を蔑み続けてきた洛陽の貴族ども。
その者たちが今、悉くひざまずき、己の足元に額ずいている――董卓にとってこれ以上の快楽はなかった。
彼の口元には、脂ぎった肉のように歪んだ笑みが浮かんでいた。
彼は傲然と歩を進め、龍袍の裾を翻して宮殿の正門――北掖門へと足を踏み入れようとした。
その瞬間。
――轟音。
地を割るような衝撃が空気を震わせ、董卓の巨体をも揺さぶった。
振り返った彼の視線の先で、巨大な扉が地響きを伴って閉ざされる。
黒鉄が擦れ合う絶叫のような音が、広場に響き渡った。
「なっ……!?」
董卓の目が大きく見開かれる。
その肉の塊のような顔から、勝ち誇った笑みが一瞬にして消え失せた。
閉ざされた門の内側――そこに現れたのは、鋭い武具に身を固めた兵の群れ。
槍の穂先が一斉に陽光を反射し、煌めく光の壁となって董卓の視界を覆った。
彼らは王允が密かに育ててきた私兵、そして張遼を筆頭にした呂布の腹心たち。
百や二百ではない。数百の精鋭が、すでに董卓を完全に囲んでいた。
董卓の護衛兵たちは、突如として訪れた異変に狼狽した。
腰の剣を抜く者もいたが、その刃は震え、決して安定を取り戻さなかった。
彼らは数においても士気においても、完全に圧倒されていた。
「……罠、だと……?」
董卓の厚い唇が震え、声が掠れる。
長年、あらゆる陰謀を踏み潰してきたこの怪物が、初めて己の敗北を悟った瞬間だった。
「き、貴様ら! 何をするか! 儂は――儂は帝となる男ぞ! 謀反か! 謀反人どもめ!」
その叫びは洛陽の空に響き渡ったが、虚勢の裏に潜む恐怖が隠しきれない。
声はわずかに震え、荒れ狂う風の中で掻き消されそうにか細かった。
「王允! やはり貴様の仕業か! この裏切り者めが!」
門の外で控える王允は、冷ややかな笑みを浮かべていた。
その瞳には、長年の恨みと決意、そして一抹の哀しみが混じっている。
董卓は最後の望みを託すように、喉を裂かんばかりの声で叫んだ。
「奉先! 奉先はどこだ! 我が息子よ! この父を助けよ!」
その声は哀願であった。
かつて董卓が愛したものなど己の権力と欲望だけだったはず。
だが今は違う。
最後の瞬間、彼がすがったのは養子――呂布、そのただ一人。
そして――
その呼び声に応えるように、門の奥の闇から、一騎の影が現れた。
赤兎馬の蹄が石畳を打ち鳴らす。
一歩ごとに地を揺らし、血のように赤い甲冑が陽光を浴びて輝く。
その姿は、地獄より現れた修羅か、天より遣わされた武神か。
兵たちが息を呑む中、その武者は堂々と歩み出た。
呂布――。
その名を誰もが心の中で叫んだ。
「……父上。お呼びでしょうか」
彼の声音は低く、しかしよく通る。
その顔には怒りも憎しみも浮かんでいない。
ただ一つ、揺るぎない冷徹な覚悟だけが宿っていた。
彼は私情を超えた。
かつて「父」と呼んだ男を斬ることもまた、己に課された天命であると悟っていた。
董卓の目が絶望に染まる。
呂布の目が、運命の冷光を放つ。
洛陽の空は依然として晴れ渡っている。
しかしその青空の下で、帝を僭称しようとした巨悪の命運は、もはや尽き果てていた。




