65.それぞれの悩み
場面は変わり、もしかして、ここは……?
――流星たちがラミエル親子の店に訪れる同日、約三時間前(午前十時半過ぎ)
「今日はここまでにしましょう!朝早くから練習、お疲れ様。よく頑張ったわね。皆、偉いわ」
目の前にいる、アルちゃんくらいの年頃の子供たちに声を掛ける。すると、皆、一斉に――
「あー!キツかったぁ!」
「ね~ホントだね!でも、先生、やっぱりすごいなぁ!」
「わたしも早く先生みたいに、キレイで強くなりたい!」
「あ!アタシもー!」
「僕もー!!」
「え~っ!?キレイになりたいの~?」
「あはは!そっかー!でも、先生、すごくかっこいいから、僕もかっこよくなりたいなぁ」
「私も!」
「ボクもボクも~!」
朝練が終わった解放感からか途端に、明るく楽しげな声で賑やかになる道場。
「さぁ、皆。練習が終わったら、何をするんだったかしら?」
「道場のお掃除で~す!」
「バーカ。礼をするのが先だろー?」
「そーだっけ?」
子供たちの笑い声が響き合う。本当に賑やかな子たちね。私まで楽しくなっちゃうわ。
「はい、正解よ。いいですか?いつも言ってますけど、武道は単なる暴力や喧嘩の手段ではありません。もちろん、自分の身を守る時には必要です。でも、何より大切な方を守るためのものだと考えて下さいね。分かりましたか?」
「「「「は~~いっっ」」」」
良いお返事が聞こえ、続いて――
「「「「アリア先生、押忍!!」」」」
彼らの可愛らしい声が道場全体に広がっていく。私も姿勢を正して礼をし、押忍の一声を発する。その後、雑巾を手に持ち、一生懸命に掃除をする子供たち。
「今日は乾拭きだけで大丈夫よ~!終わった人から手を洗って、いつものを貰ってって下さいね~!」
私が言葉を掛けると、歓声を上げて喜ぶ。ふふっ、本当に可愛らしいわね。子供ってなんて可愛いの。あの子も天界にいるのかしら?それとも、天国?ひょっとしたら、転生……?
「先生、終わったよー!」
「おわったぁ!」
「私、両手に雑巾持ってやったんだ!頑張ったでしょ?」
「先生、どーしたのー?」
考え事をしていると、いつの間にか掃除を終えた子供たちが集まってきていた。
「あ、あら。ごめんなさい。何でもないのよ。まぁ、皆、とっても頑張ったのね。偉いわ。すごく綺麗になって床がピカピカよ」
褒めるとニッコリ笑顔を浮かべ、満足そうに私を見上げる彼ら。と、そこへ――
「やぁ、皆!おはよう。さあ、ジュースの用意ができたよ。今日はなんと、白ブドウのジュースさ。たくさんあるから、おうちの方たちの分も持ってくといい」
ディオ様が現れ、道場の中に声を掛ける。すると、歓喜の声を上げながら、一斉に駆け出すたくさんの子供たち。神と天使の子供たちが、仲良く笑いながら彼に飛びつく様子に思わず笑ってしまう。
仲良く手を取り、喜び勇んで道場を出ていく。そんな微笑ましい様子に、見ている私までもが幸せな気分になってしまう。皆の姿が見えなくなる直前、ディオ様がちらっとこちらを向き、優しい眼差しで見つめられる。たったそれだけのことなのに、年甲斐もなくドキッとしてしまう。恥ずかしさのあまり、無意識にお辞儀をして目を逸らしてしまうのだった。
今日も素敵ね……思わず独り言を呟いてしまう。ハッとして一人で恥ずかしくなるも、彼への気持ちが日に日に大きくなっていることを自覚するには十分だった。
その時、開け放たれた扉の向こうから、なにやら話声が聞こえてくる。
「あー!ディオ兄ちゃん、また花が出ちゃってるよー!」
「ほんとだー!」
「しーっ!声が大きいって……!アリアに聞こえるよ……!」
ハッキリと聞こえてますけどね。
「どうしたの~?何か良いことあったの?」
「ディオ兄、嬉しいことがあると、笑ってお花でちゃうもんね」
「いや、なんでもないさ」
「ウソだぁ」
「また先生に怒られちゃうよ?こんなに散らかして!って」
「大丈夫だよーっ!!内緒にしとけば、分からないよっ!!」
「君、声おっきいな!?アリアに聞こえちゃうから、もっと小声で――」
「よく聞こえてますわ」
少しだけ圧を高め、彼らに近寄り声を掛ける。すると、すぐさま皆一丸となって地面の花たちを拾い集め、一目散に行ってしまった。
あぁ、私ってどうしてこうなのかしら……?つい、イジメたくなっちゃうのよね。ディオ様のお気持ちは十分に伝わってるし、告白だって三回もされてしまった。私も彼のことは好きよ。ううん、大好き。こんなに年の離れた子供たちとも、あんなに上手に付き合うことのできる彼。とっても穏やかで優しい神。
でも――
私はもう、生まれ故郷の星で言えば、二十九歳だもの。ディオ様は(換算すると)まだ二十三歳。将来が有望で希望溢れる彼に、私なんて釣り合うわけないわ……それに、あの子の行方も分からないのに恋だなんて――
「先生……?」
突然、声を掛けられ、無意識のうちに深く考え込んでいたことに気付かされる。
「……っ!?まぁ!タナトスちゃん。気が付かなくてごめんなさいね。少し考え事をしていたものだから。それより、どうしたの?今日は練習の日じゃないでしょう?」
ディオ様とご両親のご厚意によって、空手を基本とした卍流武道『唯一無二』の道場を空いている建物でやらせてもらっている。
毎週土日の午前中に開催し、街の子供たちを相手に一緒に汗を流しているわ。日曜日の今日は、アカデミー初等部の子供たち。そして、土曜日は中等部の子供たちが来てくれて、毎週、大賑わいなの。
「はい。そうなんですけど、ちょっとアリア先生に相談したいことがあって……」
「あら、なにかしら?そうね……ここだと落ち着かないでしょうから、移動しましょうか。ついてらっしゃいな。この時間、とっても風が気持ち良くって素敵な場所があるの。そこで話しましょう」
◇◇◇
ワイン工房から少し歩いた小高い丘の上。ブドウ畑が一望できる場所に腰を下ろす私たち。後ろの大きな木の枝葉が、春にしては強い日差しを優しく和らげてくれていた。
「ホント!とってもステキな場所ですね!」
「でしょう?それから、はいこれ。今日は白ブドウのジュースよ。あと、こちらもいかが?簡単だけど、今朝作っておいたの。ちょっと早いお昼だけど、食べながら話しましょう」
飲み物とサンドイッチの入ったバスケットを開けると、タナトスちゃんの喉がゴクリと鳴る。私にそれを気付かれたのが分かったのか、恥ずかしそうな表情で俯いてしまった。普段はちょっぴり大人びた彼女だけど、やっぱり子供らしいところもあるのね。そんな光景がとても微笑ましく感じた。
「ありがたく頂戴します」
気を取り直して、中等部らしく背筋を伸ばしてきちんとお礼を言う彼女。ちょっと背伸びをしたその言い方に、思わずクスッとしてしまう。
「どうぞ、召し上がれ。たくさんあるから、遠慮しないでいいのよ?それで、相談したいことって何かしら?深刻な事?」
「いえ、それ程でもないんですけど……私、もうすぐ『転生』するでしょう?それで、どこの星にしようか迷ってるんです」
「そうだったわね。行くのは確か、来年……?」
「はい、夏には行こうかなって思ってます」
神は『小』以上の能力を覚えると、神として更なる成長をするために下界の星々へ『転生』する。彼女ももうそんな時期になったのね。
「タナトスちゃんって、いま何年生だったかしら?」
「私?中等部の二年になったところですけど……」
「じゃあ、1400万歳ね……それで『小』を覚えたなんて凄いじゃない!確か、1500万歳から発現できるとは言われてるけど、一般的には1800万歳くらいなんでしょう?」
「そうですね。大体、神アカを卒業するくらいとは言われてます」
「凄いわぁ!才能と努力の結晶ね。タナトスちゃん、頑張ってたもの」
褒めると、頬を染めて恥ずかしそうに俯く彼女。そんなことないです、って小さな声で謙遜するけど、本当に凄いわ。
「でも、アルテミスちゃんの方が凄いです。私よりもっとずっと小さいのに、もう『転生』してますし。能力だって……」
よく考えたら、アルちゃんは1000万歳で『転生』して、すでに天界へ戻ってきているのね。考えたらあり得ないことだわ。さすが、レーア様のご息女ね。
「ま、まぁ、そうね。でも、彼女の場合はちょっと特別なんだと思うの。あなただって本当に凄いわよ?それに、あなたとアルちゃんでは司りたいものが全く違うでしょう?だから、比べることに意味なんてないのよ。比べるなら過去の自分と比べなくちゃ。あなたたちはそれぞれ、素敵なところがある。それで良いと思うの。ね?」
諭すように声を掛けると、少し納得したのかようやく顔を上げてくれた。
「それで、どんな星に行きたいの?」
「色々、考えてはいるんですけど、中々、自分の中で答えが出なくて……アリア先生の星はどうですか?」
「えっ?私の星?そうねぇ、悪いところではないけど、私がいた頃は星全土で戦争をしてたの。死んでしまってからもう600万年くらい経ってるから、さすがにもう終わってるとは思うんだけれど……アンドロメダ銀河の辺境の星だもの。いまがどうなってるか分からないの」
「……そうですか」
「あ、そうだわ!それなら、地球はどう?」
「地球ですか?アルテミスちゃんが行ってるっていう……?」
「そうよ。それでね、昨日、迷子の魂の方たちと知り合ったのだけど、地球からいらしたんですって」
えっ!と目を見開いて驚くタナトスちゃん。瞳にうっすらと涙を浮かべ、悲痛な面持ちで隣に座る私を見上げる。
「また私たちは救えなかったのですね……」
「優しい子ね。でも、その方も全然、悲観なんてされてなかったわ。もちろん、私もね。魂が離れて死んでしまったのは、単に運が悪かったんだと思うの。だから、あなたが気に病むことなんて何もないのよ?」
「アリア先生……ありがとうございます」
本当に優しい子なのね。タナトスちゃんたちの一族は特殊な神で、主に魂の救済に携わっている。迷子の魂が発生してしまったことを憂いているようだった。
でも、いつどこで迷子の魂が現れるか予測するのは、ほぼ不可能。だから、私や流星さん、千秋さんが天界に来てしまうのは誰のせいでもないのに。それ程、自分たち一族の仕事を使命と捉えて誇りに思っているのね。
「地球ならアルちゃんも行ってるし、流星さんたちから話も聞けると思うわ。どうかしら?」
「その迷子の魂の方、流星さんと仰るんですか?」
「えぇ、そうよ。とっても穏やかな方だから、タナトスちゃんも話しやすいと思うわよ」
「そうなんですか。少し……話を聞いてみたいです」
「分かったわ。たぶん、アルちゃんのお姉様のお宅にいらっしゃると思うの。良かったら、話を聞きに行きましょうか?もし、今日、時間あるなら連れていってあげるわよ?」
ホントですか!?と、パッと明るい笑顔になる。ふふっ。やっぱり、彼女には笑顔の方が似合うわね。
「じゃあ、え~っと、そうだわ。これからちょっと街へお届け物をしに行かなければならないのだけれど、どうしようかしら?一緒に来る?それとも、待ってる?一件だけだから、そんなに時間はかからないと思うのよね」
彼女は一瞬、考えるような素振りを見せるも、すぐにまた顔を上げ、そして――
「行きます!」
花のような笑顔を見せるのだった。
◇◇◇
「ごめんなさいね。亜空間に入れさせてもらっちゃって。本当に助かるわ」
「いえ!これくらい全然、なんてことないです。私、こっちの通りはあまり来たことないんですよね」
歩きながら次々に見えてくるお店を興味深そうに眺める彼女。時々、あれ可愛い~!など、楽しそうに声を上げる様子がなんとも微笑ましい。
「そういえば、アリア先生?あの技なんですけど、何かコツってないですか?難しくて……」
「あれはいくらあなたでもそう簡単にはできないわよ?なにせ、卍流の中でも難易度が上から二番目の技なんだもの。私だって、体得したのは二十代に入ってからなのよ?」
そう伝えると――
「いえ、絶対にモノにしてみせます!『転生』するまでには必ず!」
「ふふっ。期待してるわ。じゃあね、一つだけヒントをあげる。技を自分流に昇華させるのは、もちろん大事よ?でもね、基本をきちんとできるようになってからの方がいいと思うの」
「基本……先生がいつも仰ってることですよね?」
「えぇ、そうね。基本ができるようになって初めて応用に繋がるの。それができたら、あとはイメージよ。イメージするのは何でもいいわ。あなたの大切な仕事道具なんて良いかも知れないわね。技の型とイメージを融合させるのは難しいけど、あなたならきっとできるわ」
タナトスちゃんは神としての才能もあるけど、武道のセンスも抜群なのよね。素晴らしいわ。この子ならもしかして、来年の夏までに本当にモノにしてしまうかも知れない。卍流絶技の蹴り技を……!
―― 十分後
「着いたわ。ここよ」
「こんなところにお店があったんですね。随分、古めかしい……いえ!味があっていいお店ですね!」
「そうね。古き良き時代の佇まいよね。素敵だわ」
「さ、入りましょう。あら?休憩中の札が……ちょっと見てくるわね」
「はい!」
扉のガラスから中を伺うと、棚にたくさんの製品があるのが見える。けれど、売り場にも厨房にも誰もいない様子だった。奥にいるのかしら……?
意を決して扉を開け、中に声を掛ける。
「こんにちは!ルミエルさん、いらっしゃいますか?」
すると――
今回もご覧下さってありがとうございます!
アリアドネとタナトスの回はいかがでしたでしょうか?
二人がラミエル親子の店に向かいます。
不思議な縁に導かれるように、彼らと出会うことに??
次回もご期待ください★




