◆第十四話『狂人化の反動』
リシスのもがく姿は、まさに獣そのものだった。
その異様な光景にほかの生徒たちも動揺を隠しきれないようだ。口を開けながら絶句し、ただただ事態を注視している。
ロアは暴れつづけるリシスを押さえんと羽交い絞めにする。が、反発するようにより激しく暴れはじめた。
なにもおかしいことはない。
これが《狂人化》の副作用だ。
《狂人化》は限界まで引き出した人間の暴力性を糧にし、強大な力を得る。ゆえに暴力性を保ったまま、いかに強く理性を保てるかが重要になってくる。
失敗すれば廃人と化すと聞いている。
強大でありながら、《狂人化》が限られた者にしか与えられなかった理由だ。
一連のやり取りの中、魔人は言いつけ通り動かずに待機していた。困惑している様子だが、いまも現状の打破を狙っているのがありありと伝わってくる。
いつでも殺すことは出来る。
だが、残しておいたのはたった1つの理由だ。
「おい、魔人! いまからリシスと戦え!」
「なんでアタシがそんなことしなくちゃいけないんだよっ」
「勝ったら逃がしてやってもいいぜ。悪くない条件だろ?」
もちろん逃がすつもりなんてない。
なにがあってもこの場で処理する。
だが、敵はわずかな希望に縋るように黙り込んだ。
……いや、違うか。
わずかにそれた魔人の視線がなにかを気にするようなものだった。
「先に言っておくが、お仲間は待ってても来ないぞ。ここに来る前にぶっ殺しておいたからな」
「バカな! アタシのほかに3人も──」
はっとなった魔人が口を閉じるが、もう遅い。
どうやら本当に救援待ちだったようだ。
「3人程度で相手になると思ってるのか?」
北方砦群の各所に1体ずつ配置されていた。
おかげで砦群の魔獣掃討に時間をかけさせられた。
だが、もう残党しか残っていない。
つまり目の前の魔人を倒せば、この戦いは終わりということだ。
「で、どうするんだ? いますぐに殺してやってもいいんだぞ」
「本当に……逃がしてくれるんだな?」
「ああ、もちろん。だが、さっきも言ったが……こいつに勝てたらな」
まだ疑念が消えないようで魔人はこわばったままだった。
だが、最後には一縷の望みに賭けることにしたらしい。魔人が乾いた笑いをこぼしたのち、やる気に満ちた顔を向けてきた。
「なんか小細工をしたみたいだが……そんな小娘1人を倒すぐらいで逃がしてくれるってんなら、やる以外ないね。殺しても構わないんだろう?」
「ああ。じゃあ、成立だな」
交渉中もリシスは暴れつづけていた。
ロアは彼女を左腕で拘束しつつ、右手で顔の向きを固定させた。魔人を視界に収めさせながら、彼女へと言い聞かせる。
「いいか、リシス。敵はあの魔人だ。あいつだけを狙え、いいな?」
「ぁ……が……うぅ……っ」
声が届いたかはわからない。
だが、リシスの標的は魔人に固定されたようだ。
まるで獲物を狙うかのように魔人を見つめている。
「よーし、じゃあ行ってこい! 」
「がぁあああああああ────ッ!」
拘束を解いた瞬間、リシスが抉れるほどに地面を蹴りつけた。
荒々しく土が飛び散る中、瞬く間に魔人へと肉迫。豪快に振り絞った右拳を繰り出す。そのあまりの速さに魔人が「なっ」と驚愕しつつ、飛び退いた。
直後、魔人が先ほどまで立っていた箇所に大穴があき、土が巻きあがった。リシスが躱されたあとも拳の勢いを止めずに振り抜き、地面へと叩きこんだのだ。
リシスが持つ破壊力を目の当たりにしてか、警戒して距離をとる魔人。
だが、逃がすまいとリシスが両手足で地を蹴り、距離を一瞬にして縮めた。豪快に両拳を交互に繰り出す。どちらも魔人を捉えられなかったが、虚空を貫く音は凄まじく、魔人が顔をこわばらせていた。
「くそっ、なんなんだこいつ!? さっきまでとはまるで違うじゃないかっ!」
魔人が攻撃を繰り出すも、リシスは野性的な動きで回避。逆に反撃を食らわせ、魔人を弾き飛ばしていた。だが、防御されたため、大した損傷は与えられていない。
リシスはすでに次の攻撃へ移っていた。
高く跳躍したのち、魔人に圧し掛からんと急降下する。またも高々と巻きあがる土埃。決まったかと思いきや、魔人はなんとか逃げ延びたらしい。
その後もリシスの攻勢は続く。
対する魔人は防御で手一杯といった様子だ。
いまのリシスは強大な力を得ていながら、それを制御出来ていない状態だ。なにをするにしても全力で臨むため、彼女が動くたびにとてつもない衝撃音が響いていた。
知らぬ者が見れば、この世の終わりとも思えるほどに壮絶な光景だ。
「本当にあれが、あのリシス様なの……?」
「……優雅で可憐な、あのリシス様が……」
「あんな、獣のような動きで……っ」
生徒たちが信じられないとばかりに、そうこぼしていた。
普段のリシスを知っていれば、なおさら無理もない反応だ。
「は、はは……なんだい、驚かせやがって。ただの怪力バカじゃないか! こんなんでアタシを倒せると思ったのかい!?」
少しずつ魔人に余裕が生まれはじめていた。
リシスには破壊力だけでなく速さもあるが、それだけだ。細かな読みあいもしなければ、巧みな連撃も見せない。いわゆる戦術性がないのだ。
攻撃を読まれ、隙を狙って反撃を受けはじめていた。魔人の爪で肌を斬られ、血が飛び散りはじめる。
「せん、せい……」
ふと、か細い声で呼びかけられた。
見れば、そばに傷だらけのナナトリアが立っていた。いまにも倒れそうだったので抱きとめたのち、関所の壁に寄りかかる格好で座らせる。
「どうして、止めないんですか……? あのままじゃ、リシス様、倒れちゃうよ……っ」
「あれぐらいならすぐに治る」
「でも、見てて苦しいです……っ」
まるで自分のことのように悲痛な顔を見せるナナトリア。たしかに痛々しい光景ではある。だが、こればかりは止めるわけにはいかない。
「俺が倒すのは簡単だ。だが、いつでも俺がそばにいてやれるわけじゃない」
「だからリシス様に、倒せるようにさせるってこと、ですか……?」
「それだけじゃない。あいつは選んだんだ。自ら力を得ることを」
そう伝えると、ナナトリアが黙り込んだ。
不格好に戦うリシスを見て、なにを思っているのか。いまにも泣き出しそうな情けない顔をしているが、目だけはそらすつもりはないようだった。
「それよりあいつ、いつもの剣はどうしたんだ? あの状態でも使い慣れた武器なら本能的に出してもおかしくないはずなんだが……」
「壊されちゃってたよ~。あいたたた……ひぃ~……擦り傷一杯だ」
いつの間にやらシャルミンも近くに避難してきていた。
相変わらずの緊張感のなさだが、どうやらかなり我慢した装いだったらしい。ナナトリアのそばに座り込むと、傷だけの体を見下ろしていた。
「まあ、あってもいまのあいつじゃ遠くないうちに壊していただろうけどな。……にしても少し長いな」
初めて《狂人化》を発動させたあと、狂騒状態となるのは正常な反応だ。
ただ、そこから理性を取り戻し、自身の暴力性を上手く操れるようにならなければならない。でなければ廃人と化してしまう。
時間が経てば経つほど理性を取り戻すのは難しくなる。暴力性に感情がどんどん塗り替えられてしまうからだ。
強い意志を持つリシスなら、すぐにでも理性を取り戻せると思っていた。だが、どうやら予想は外れたようだ。
もしかすると意志が強すぎるがゆえ、反動で暴力性も膨れ上がってしまったのかもしれない。いずれにせよ、可能な限り早く対処しなければならない。
そう思ったときだった。
魔人の口から吐きだされた黒い突風を受け、リシスが弾き飛ばされた。勢いよく地面に落下し、長い距離を抉ったのちにようやく勢いが止まる。
「あははははっ! 最初はどうなるかと思ったけど……もうお前の攻撃は見切ったよ! あとはもう嬲り殺してやるだけさっ!」
魔人が高笑いをあげる中、リシスがゆらりと起き上がる。
体のあちこちから血を流してふらふらとしている。だが、あの程度の傷であれば《狂人化》の力ですぐに癒えるので問題ではない。
気にすべきは、リシスの飛ばされた先に3人の生徒がいたことだ。
1人は気を失って倒れたルヴィ。
もう2人はルヴィの取り巻き生徒2人だ。
どうやら取り巻き生徒の2人はルヴィの腕を引っ張って必死に避難していたらしい。
彼女らのなにが気をひくに至ったのかはわからない。だが、リシスの視線がルヴィたちのほうへ向いてしまった。わずかな時間、じっと見つめたのち、飛びかかる。
「「ひっ」」
悲鳴をあげる取り巻き生徒の2人。
そんな彼女らを庇う形でロアは割り込んだ。
いやな予感がして先に駆け出していたのだ。
突き込まれた拳を受け止めた。ほぼ間髪容れずにもう片方の拳も繰り出してくるが、そちらも受け止めた。彼女の両拳を掴んだまま、ロアは言い聞かせる。
「こいつらはお前の敵じゃない」
「ぅぅぅ……ぐ……ぁ……がぁあああっ!」
リシスがもがいて手を放すと、飛び退いた。
わかってくれたのかと思いきや、違った。
彼女は激昂したように地を蹴り、再び向かって来ようとしていた。どうやら本格的に彼女は暴力性に取り込まれてしまったようだ。
いまの彼女になにを言っても届かないかもしれない。
それでも諦めるわけにはいかなかった。
ロアは闘気を全身に漲らせ、すべてを吐きだすように叫んだ。
「リシスッ!」




