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◆第十三話『王の問い』

 ロアは戦斧を解除しつつ、ゆったりと歩む。


「俺の生徒を随分と可愛がってくれたみたいじゃねえか」


 視界の中、魔人が動き出そうとしていた。


 だが、それよりも早く肉迫し、頭部を片手で鷲掴みにした。ぴたりと止まった魔人の耳元へと口を寄せ、そっと囁く。


「──動いたら殺すぞ」


 魔人が目を見開いたまま硬直する。

 どうやら本能的に敵わないと悟ったのだろう。


 ロアは魔人のそばを通り過ぎたのち、改めて辺りを見回す。


 そこかしこに生徒たちが倒れていた。気を失っている者もいるが、多くが意識はあるようだ。ただ、総じて満身創痍といった様子だ。


「お前ら無事──じゃなさそうだな。ったく、どうしてこうもお前らは無茶をするんだか……初対面のときからそうだが、お前ら本当にいいとこの娘なのか?」


 本当は皮肉を言うつもりなんてなかった。だが、生徒たちの顔がどうしようもなく情けなくて、自然と和ませようと思考が働いてしまったのだ。


 ロアはため息をついたのち、「でもまあ」と微笑を浮かべる。


「よくやった。クローネンの人らを守るために戦ったんだろ」


 そう声をかけた途端、生徒たちが全身から緊張を解いた。


 褒められたことが嬉しかったのか。

 死の恐怖から解放されたことを実感できたのか。


 あるいはそのどちらもか。


 生徒たちがくしゃりと顔を歪めていた。

 安堵したのか、泣いている者までいる。


 やはり彼女らに魔人相手は難しかったようだ。

 ……仕方ない。


「あとは俺が──」


 そう思いつつ、再び魔人と対峙せんと振り返ろうとする。最中、視界の端で気になるものを見つけて止まった。思わず口の端を吊り上げてしまう。


「って思ったが……気が変わった」


 ロアは視線をたった1人の生徒に向けた。


 それは誰よりもボロボロで。

 誰よりも涙を流している生徒。


 リシス・オルクレールだ。


「相変わらず負けず嫌いな奴だな、お前」


 彼女の涙が安堵からくるものでないことは一目でわかった。その青空のごとき双眸が、相反するように燃え盛る炎のごとく強い意志を宿していたからだ。


「ほかの奴が安心しきってるってのに……悔しいのか? あいつにやられて」

「それ、だけじゃ……あり、ません。自分の弱さに……腹が、立って……っ」


 言葉にしてまた怒りがこみ上げてきたようだ。

 リシスは手に拳を作り、ぎゅっと握っていた。


「そうか。なんともお前らしい理由だ」

「わる、い、ですか……」

「いいや」


 ──最高で、なにより俺好みの理由だ。

 そうロアは胸中で呟きながら、リシスのもとに向かった。


 彼女はいまも不格好なまま座り込んでいる。

 間近にすると、その怪我のひどさがよく見て取れた。


 すぐに立てないのも頷ける。だが、そんなことは関係ないとばかりに彼女の目は、こちらを真っ直ぐに見据えてきている。


 その瞬間、ロアは悟った。

 おそらくすべてを理解した上で彼女は求めている、と。


 ならばもう迷うことはない。


「リシス・オルクレール。お前に問おう。力が欲しいか」


 ただの問いであればなんの意味もない。

 だが、この身が発すれば大きく意味は異なる。

 ガルディアント王家の血を引く、この身であれば──。


「……わたくしは、弱い……なにひとつ、成し遂げられないほどに…………だからっ」


 こうなるかもしれない、と。


 リシスを初めて見たときから、理由もなく確信していた。だがいまにして思えば、本能的に感じ取っていたのかもしれない。


 彼女が誰より力を求めていたことを。


「欲しい、わ……あなたの、力が……っ!」


 リシスの口から訥々ながら紡がれた言葉。

 その力強さを余すことなく感じながら、ロアは応じる。


「お前の決意、しかと受け取った。……なら、くれてやる。俺の──いや、ガルディアントの力を」


 片膝をついて、リシスと目線を合わせた。


 ガルディアント王家が授けることの出来る力、《狂人化》。それは王家の血ともう1つ。あるものを飲ませることで成立する。ゆえに──。


 ロアは自身の唇を噛み、血を口内に満たした。


 そのままリシスへと顔を寄せつつ、妨げる黄金の髪を左手でかきあげる。そして、そっと押し当てるように口づけを交わした。


「んっ!?」


 なにやらリシスが呻いていたが、気にせずに〝儀式〟を行った。周囲から生徒たちの騒がしい声も聞こえていたが、意識の外へ追いやった。


 やがて唇を離すと、ぽかんとしたリシスの顔が映り込んだ。


「わたくし……いま、キスを……? ……え……な、なんで」


 リシスが呆けながら自身の唇を指でなぞる。

 その様子を前にして、ロアは思わず首を傾げそうになった。


「《狂人化》を与えるには血と唾液の同時摂取が必要なんだよ。お前、ガルディアントのことに詳しそうだから知ってると思ってたんだが……」

「そんなこと、知っていたらするわけがないでしょうっ!」


 思い返してみれば、授業で《狂人化》に触れた際、接吻については触れていなかった。つまり本当に知らなかったというわけだ。


「初めてだったのに……っ」とそばで睨んでくるリシス。女性の初はなによりも重い意味を持つという。さすがに悪いことをしてしまった。だが、反省している暇はない。


「その話はまたあとだ」

「この話よりも大切な話なんて──」

「もう効果が現れたみたいだな。お前がまた立ってるのがなによりの証拠だ」


 先ほどまでまともに体を動かすことすら出来なかったリシスが、いつの間にか立ち上がっていた。それどころか、詰め寄ってこちらを殴ろうとしてきている。


 驚異的な再生能力。

 それもまた《狂人化》が持つ力の1つだ。

 しかし、変化はこれでは終わらない。


「さて、ここからが本番だぞ。自分をしっかりと持てよ」

「仰ってることの意味がよく──」


 リシスがいきなり言葉を途切れさせた。「あがっ……」と呻いたと思うや、一気に呼吸を荒くする。涎を垂らし、目もうつろにしながらもがきはじめる。


「ぁ……がっ……ぁああああっ、ぁああがああああ──ッ!」



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