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◆第十二話『魔人降臨』

 魔人は緩やかに下り立った。


 造形的には人間とほぼ変わらない。


 大きな違いは2箇所。

 1つ目は側頭部から生えた黒い角だ。

 垂れた格好からそり返るように伸びている。


 2つ目は背から生えた翼だ。

 蝙蝠のものに似て羽根はなく、大半が皮だ。

 先端や翼角からはまるで爪のような突起物が見える。


 外見年齢は人間で見れば、20代後半といったところか。


 体の多くはぴっちりとした黒い服で覆われているが、肩や胸元、へそ、太腿と所々があらわになっている。そこから覗ける肌は薄い紫色。これもまた人間とは違う。


 纏う空気感か。

 あるいは外見的なものか。

 感じたことのない蠱惑的な雰囲気を漂わせている。


 人を引き込む、特別な力がある。

 リシスは息を呑んだのち、言葉を絞り出す。


「どうして魔人がこんなところに……」

「そりゃあ、忍び込んだからに決まってるじゃないか。ちょっと前、魔獣が挨拶に行っただろう? あれ、アタシの。あのときにこっそりと、ね」


 魔人が口にした〝ちょっと前〟。

 おそらくそれは、先日、北西砦を魔獣の大群が襲撃した際のことだ。


 あれが魔人にとって挨拶程度だったことも驚きだが……まさかあの騒ぎを囮にして砦の内側に忍び込んでいたとは思いもしなかった。


 ただ、いまさらそれを悔やんだところでどうにもならない。もっと言えば、知っていたところで自分にはどうすることもできなかった。


 いま、考えるべきは現状をどうすべきか、だ。


「リシスさん、逃げられると思いますか?」


 ルヴィが潜めた声でそう問いかけてきた。

 あの直情的な彼女が逃げを最初に考えるとは。


 彼女もきっと本能的にわかっているのだ。

 この魔人相手に勝つことは難しい、と。


 当の魔人はいまも余裕を含んだ笑みを向けてきている。まるで目の前の玩具でどう遊ぼうかと悩んでいる子どものようだ。


 リシスは剣の柄をぐっと握りしめる。


「……いえ、無理でしょうね」

「よくわかってるじゃないか。背中を見せたらすぐに殺してやるよ。まあ、そうでなくても殺すんだけどね」


 どうやら魔人は耳もいいらしい。

 こちらのやり取りが筒抜けだったようだ。


 となれば、もはやこちらの取れる手段は1つ。

 ──いますぐに仕掛けることだ。


「散って! 正面はわたくしが! いえ、ナナトリアさんも!」

「は、はいっ!」


 1人だけではきっと相手を出来ない。

 そう判断して、現状でもっとも動けるナナトリアを選んだ。


 リシスはナナトリアとともに地を蹴り、敵の正面へと一直線に向かう。最中、ほかの級友たちも覚悟を決めたようだ。弾かれるようにして散開し、魔人を取り囲む形で攻撃を仕掛けにいく。


「なんだい、思いきりがいいじゃないか。じゃあ、その勇気を称えてちょっと遊んでやろうかね……!」


 リシスは誰よりも先に接近し、牽制とばかりに剣を突き出す。が、魔人の長い爪にあっさりと弾かれてしまった。ナナトリアが続く形で大剣を振り下ろすが、しかしこれも魔人の爪によって受け流されてしまう。


 どうやら魔人の爪はかなりの硬度を誇るようだ。しかし、攻撃を続けていれば必ず隙は作れるはず。


そう信じて、リシスは粘り強く攻撃を続ける。ナナトリアが大振りの1撃を見舞う最中、隙を埋めるようにこちらが速度重視の攻撃を繰り出す形だ。


 ほかの級友たちも魔人の側面や背後をつく格好で仕掛けていた。だが、すべて見抜かれているかのように躱され、弾かれてしまう。さらには反撃で拳を突き込まれ、次々に沈められている。


「戦姫ってのを相手にしたことはこれが初めてじゃないが……なんだい、前の戦姫よりもずっといい動きをするじゃないか」


 愉快だとばかりに高笑いをあげながら、飛び上がる魔人。


 舞台は釣られるがまま空中戦へと移行する。が、戦況は変わらず魔人がこちらの攻撃をからかうように受けつづけるだけだ。


 どうにか打開できないか。

 そう探りはじめたときだった。


 まるで息を潜めるように魔人の背後に小さな影が回り込んでいた。シャルミンだ。彼女は限界まで接近したのち、魔装を展開。大鎌を振り、魔人の首を刈り取ろうとする。


 だが、その刃が紫の肌に触れることはなかった。

 魔人が鎌を噛み砕いてしまったのだ。


「ぺっ。変なもん喰わすんじゃないよ」

「そ、そっちが勝手に食べたんじゃん……うぐっ」


 乾いた笑いをこぼすシャルミンへと、魔人が肘打ちを食らわせた。さらに蹴りを入れられ、吹き飛ばされる。そんな彼女を一瞥し、魔人がふんっと嘲笑った、直後──。


 魔人に影が差した。


「どぉっ、せぇ~~~いッ!」


 ルヴィが豪快に振り下ろしたハンマーが魔人の頭頂部を捉えた。


 ──かに思えたが、直前で魔人が左手を割り込ませていた。ただ、受け止めたのは左手すべてではない。ピンと伸びた人差し指だけだ。


「なっ、ワタクシのルヴィ・ダイナミック・エレガントストンプを……指1本でッ!?」

「なんだい、そのバカみたいな名前。ただの力任せでアタシをどうにか出来ると思って──」


 敵が少しでも気をそらしてくれればいい。

 その点でルヴィほど適任者はいなかった。


 リシスはナナトリアとともに一気に魔人へと肉迫。敵の両肩へと各々の得物を力の限り振り下ろした。そのまま交差する形で斬り裂く──。


 つもりだった。


 響いたのは、がんっという鈍い音。

 どちらの刃も敵の肩に間違いなく触れている。

 紫色の血も出ている。


 だが、一向に進まなかった。

 どうやら斬れたのは薄皮1枚程度のようだ。


「そんな、これだけなんて……」

「思いっきり、振り下ろしたのにっ」


 完全に隙をつけた。

 攻撃も最高の体勢で繰り出せた。

 にもかからわらずほとんど肉を裂けなかった。


「……ぁあ?」


 絶望するこちらとは相反して、魔人のほうは激昂していた。これまで余裕で満ちていた表情から一転。ぐりんと剥きだすように目を見開くと、怒り狂った顔で威圧してきた。


「よくもアタシの肌に傷をつけてくれたねぇ……えぇッ!?」


 ただの声にもかかわらず、びりびりと空気が震えた。


 最中、魔人の体から黒に染まった突風が噴出。周囲へと渦巻くように吹き荒れた。多くの級友たちが弾き飛ばされ、墜落して地面を跳ね転がる。


「もう少し遊んでやろうと思ったけど気が変わった……終わりにしてやるよッ!」


 魔人が大きく口を開けたかと思うや、そこから先の黒い風と同様のものを吐きだしてきた。凝縮されているからか、威力は先を上回るようだ。


 触れた者からもれなく勢いよく飛ばされていく。薙ぎ払うように繰り出されたそれは、ついに級友たちを撃墜してしまった。


 そんな中、リシスは1人だけ回避に成功した。だが、安堵する暇はない。このまま敵の追撃を許せば級友たちが殺される。その一心で再び魔人に攻撃せんと距離を詰める。


 魔人がこちらを見るなり豪快に拳を繰り出してくる。挙動が大きかったこともあり、なんとかすれすれで躱せた。


 だが、追随した風に全身を叩かれ、ふらついてしまった。それを待っていたとばかりに魔人がもう片方の拳を繰り出してくる。


 剣を割り込ませようとするが、間に合わなかった。


 どんっと腹に直撃を受ける。痛みよりも苦しさが勝った。とてつもない嘔吐感に襲われるが、闘気を扱った影響か意識は即座に反撃へと向いていた。


 すでに迫っていた敵の拳をひねるように回避。流れるように敵の首へと剣を走らせる。体勢は悪いが、全身全霊を込めた1撃だ。これで首を斬り落とす──。


「残念……で・し・たぁッ」


 残った手で刃をがっしりと掴み取られてしまった。さらに木の枝を折るかのようにパキンっと折られてしまう。


 リエラは思わず唖然としてしまった。

 だが、驚く間も一瞬しか与えられなかった。


 またも敵の拳を腹に受けていたからだ。そのままねじ込むように押し出され、振り抜かれる。もはや意識が朦朧として飛ぶことを忘れてしまっていた。


 勢いに任せるがまま墜落。関所の壁へと勢いよく激突した。そのまま壊れた人形のようにくずおれ、ずるずると座り込む。


 どうやら衝突とともに関所の壁がえぐれたらしい。瓦礫がそばに落ちてきた。埃が舞って鬱陶しく感じたが、逃げようにも体が動かない。


 痛みは感じる。ただ、それ以上に体の重さのほうがわずらわしく感じた。いまも迫りくる魔人へと、飛びかかれないからだ。


 魔人が正面に下り立ったのち、にたぁと厭らしく口元を歪める。


「やるねえ、お前。もしかして前のベヒモスを倒したのもお前か?」

「違う、わ……わたくしよりも、もっと強い……人。そう……あなたよりも、ずっとずっと強い人、よ」

「へぇ、そんな奴がいるんなら会ってみたいもんだねぇ」


 この魔人は戦いを愉しんでいる。

 きっと強い相手を心から望んでいるのだろう。


「お前たち、子どもにしちゃ頑張ってたよ。褒美に最高のもてなしで葬ってやろうじゃないかっ」


 魔人が両手を左右に大きく広げた。

 直後、まるで呼応するかのように大地が鳴動しはじめた。


 魔人のすぐ後ろに1本。

 さらにその後方で横並びに3本。

 赤い柱が天を貫くように迸った。


 リシスは思わず目を見開いてしまった。

 捉えた現象がなにを生み出すかを知っていたからだ。


 やがて柱が消え去った、そのとき。

 予想どおり最悪のものが現れた。


 ベヒモス。

 それも4体の──。


 さらに大量の魔獣たちがベヒモスの脇を埋めるように出現しはじめた。数はおよそ千程度。だが、今度はハウンドだけではなく、ギガントやプレデターもいる。


「さあ、蹂躙しろ魔獣ども。この地から汚らわしい人間を葬り去るのだ!」


 魔人の声に応じて、魔獣たちがけたたましく咆えはじめた。我先にと踏み出し、進軍を開始する。迫る敵の大群を前に、意識を保っていた級友たちが恐怖で顔を歪めている。


 万全な体勢であっても倒すのは難しい。

 そもそも、いまはもう逃げることすらできない。

 あの魔獣たちが辿りついたらもう終わりだ。


 まさかこんな形で死を迎えるとは思いもしなかった。


「…………ッ!」


 リシスは下唇をぐっと噛んだ。


 関所やクローネンの人々は救えた。

 だが、結果的に自分の我儘で級友たちを巻き込み、死なせることになってしまった。


 いや、ここで魔人や魔獣を止められなかった時点で被害はもっと多くなる。もしかすると学園や、その先まで──。


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 決まっている。

 自分が弱いからだ。


 気づけば、目尻に涙が溜まっていた。


 悔し涙なんて生まれて初めてかもしれない。そういった感情がいっさいなかったわけではない。恥ずかしいものだと自分自身に蓋をしていたのだ。


 ただ、いまは堪える力もなければ、堪えたいとも思わなかった。


 つー、と涙が頬を伝っていく。

 やがて雫となって顎から落ちていった。


 そのとき──。


 視界の右端から左端へと雷光が走った。


 あまりに速すぎて幻覚かと思えるほどの現象だった。しかし、それが現実だということはすぐにわかった。雷光が走った箇所──後列のベヒモスを含む魔獣たちが破裂するように四散したのだ。


「……え?」


 魔人がひどく間抜けな声を出しながら振り返った。


 直後、1体だけ残っていたベヒモスに雷光が落下した。まるで大地が揺れたかのような震動が襲いくる中、ベヒモスが弾け飛んだ。


「アタシの魔獣たちが……一瞬で……」


 辺りに飛び散る紫色の血。

 また魔獣たちだった黒い影。


 いったいなにが起こったのか。

 あまりに突然なうえ情報量が多すぎた。、

 魔人だけでなく、級友たちまでも混乱している。


 だが、リシスはすぐに理解していた。

 彼が来てくれたのだ、と。


「な……なんなんだ、お前は……!?」


 狼狽えながら問いかける魔人。

 対照的に、泰然とした歩みで〝その人物〟は姿を現した。


 顔を覆う仮面、体を包む真っ黒な鎧。

 そして右手に漆黒の戦斧を手にした男だ。


「俺か? 俺はお前たち魔族に滅ぼされたガルディアント王国。その王ゾアの子──ロア・レグルス・ガルディアントだ。そして……」


 男──ロアはイヤリングを指先で弾いた。

 連動して仮面が解除され、顔があらわになる。


「そいつらの教師だ」



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