◆第十一話『級友との初勝利』
リシス・オルクレールは圧倒的な爽快感を覚えていた。
以前、砦で魔獣の群れを相手にした際、ハウンドを1体倒すだけでも全力で剣を振らねばならなかった。
それがいまはどうか。
ただ剣を軽く振り、当てるだけでハウンドが弾け飛ぶのだ。
いまもまた飛び掛かってきたハウンドを1撃で斬り裂き、屠った。加えて、周辺のハウンドもまとめて衝撃波で消え去っていく。
──これが闘気の力。
圧倒的だ。
ただ、疑問はずっとついて回っている。
果たして戦姫が使う力として正しいのか、と。
それほどまでに優雅や可憐といった本来の戦姫からかけ離れた姿をさらしている。自分を含め、いまも共に戦う級友の全員が、だ。
こちらが数的不利な状況にもかかわらず、蹂躙する構図となっている。獲物がいなくなれば、次の獲物へと飛びかかるといった格好だ。
かつてロアを蔑む際に放った言葉、獣。
まさにそのものに自分たちが成り果てている。
昂ぶる感情を抑えきれなくなってか、時折、あちこちから級友の咆哮が聞こえてくる。それがまた余計に、自分たちが獣であるという認識を強める材料となっていた。
昔の自分なら、こんな姿を大衆にさらすなんて考えられなかった。そんなことをすれば、羞恥心に押しつぶされてしまっていた。だが、いまの自分は違う。
戦姫としての体裁を保つか、民を守るか。
どちらが大切か、はっきりとわかりきっている。
闘気という荒ぶる本能を糧とした力。
これがどんなものであろうと、いまはなにより必要だ。
リシスは迷いを振り切るように咆哮をあげた。委縮したハウンドたちへと薙ぎを繰り出し、一掃する。
どれだけ自分が醜く、不格好なさまをさらしていようとも構わない。そう強く己に言い聞かせ、本能のままに暴れつづけた。
全員が1度に何体ものハウンドを屠るといった豪快な戦い方をしていたからか。第1関所を襲った魔獣が全滅するまでそう時間はかからなかった。
戦闘音がなくなったのをきっかけに、昂ぶった感情も収まっていく。引きずられるように思考から暴力性も引いていった。
ロア相手に幾度も実践訓練をした成果だ。
もっとも難しい闘気の〝終え方〟も、なんとか全員が無事にこなせていた。
「まさか本当にわたしたちだけで倒せてしまうなんて……」
「え、ええ。信じられませんわ……っ」
「でも、倒したのは間違いない、ですよね……」
多くの者がまるで夢心地のように感じているようだった。
だが、実際にハウンドたちを倒した記憶がしかと残っているようだ。現実を噛みしめるように各々の得物を強く握りしめている。
改めて辺りを見回してみると、魔獣の血で紫色に染まっていた。
平野の綺麗な緑色なんてほとんど残っていない。また地形に配慮することなく暴れたせいで、あちこちが穴だらけ。有事の際とはいえ、申し訳ない気持ちで一杯だ。
「にしても、あのリシス様の咆哮を聞ける日が来るとはね~」
シャルミンが呑気な声をあげながら歩いてきた。
戦闘後でも緊張感がないのは相変わらずのようだ。
「やっぱリシス様でも恥ずかしかったりするの?」
「ええ、それはもちろん。思い返すととても恥ずかしくなりますが……守れたものを思えば、なにも悔やむことはありません」
「わ、わたしも同じ気持ちですっ」
ナナトリアが前のめり気味で会話に入ってきた。
なぜそこまで必死なのかと思ったが、疑問はすぐに解けた。
「ナナっち、1番咆えてたもんね~。やっぱ年季が違いますなぁ」
「もぉ、それ言わないでよ~っ。気にしてるんだから~っ」
顔を真っ赤にして抗議するナナトリアを前に、けたけたと笑うシャルミン。
そんな2人のほがらかな光景を見ると、戦闘が終わったことを今更ながらに実感できた。ほかの級友たちも同じだったようであちこちから明るい話し声が聞こえてくる。
ただ、その中でもとくに騒がしい一団がいた。
「さすがルヴィ様ですわっ、立ちふさがる魔獣をばったばったとなぎ倒し!」
「我々の道を切り開き、そして導いて下さいました! きっと1番多くの魔獣を倒したのもルヴィ様に違いありませんわ!」
「ええ、ええっ! そうでしょうとも、そうでしょうともっ!」
いつものルヴィとその取り巻き生徒の2人だ。
相変わらずの構図でルヴィがこれでもかというほど胸を張っている。
「この調子で砦の救援にも向かおうではありませんか。そして皆さんの目にワタクシの雄姿をこれでもかというぐらい焼きつけて差し上げますわっ」
「それはやめておきましょう」
リシスはそうぴしゃりと言い放った。
真剣な声音だったこともあってか、全員がこちらに注目していた。そんな中、ルヴィが首を傾げながら目をぱちくりとさせる。
「な、なんで……ですの?」
「今回の救援はわたくしたちにしか出来ないことでした。ですが、砦は違います。あそこには充分な戦力が揃っています。彼らを信じて任せましょう」
「ですが、砦にも多くの魔獣が押し寄せているという話では?」
「本来はここに学園の生徒が救援に来ること自体、あってはならないことですから」
北方砦群に押し寄せる魔獣は、かつてない規模と聞いている。
そんな場所に飛び込めば戦死者が出る可能性がある。そうなった場合、多方面で迷惑をかけることになる。学園だけでなく、級友の家族にも。
ただ、考えなしに救援に向かわないと決めたわけではない。
リシスは「それに」と付け足して続ける。
「砦には先生がいますから、きっと大丈夫です」
北方砦群のすべてをカバーするのはいくらロアでも難しいかもしれない。だが、それでも彼ならやってのける、と。そう自分でも驚くほど信じられた。
「おやおや、リシス様ってば随分と先生のこと信頼しておりますな~」
「ええ、強さだけなら誰よりも」
「ありゃ、すんなり認めちゃうんだ」
予想外の回答だったのか、目を瞬かせるシャルミン。
どうやら期せずして、からかいたかった彼女を上手く躱せたようだ。
と、ルヴィが手にしたハンマーを放る形で解除した。
昂ぶった気持ちを抑えるように息を吐きだす。
「わかりましたわ。あなたがそこまで仰るのでしたら」
「ありがとう、ルヴィさん」
「構いませんわ。ワタクシの力を披露する機会は、これから数えきれないほどあるでしょうから」
昔は少し面倒な人だという印象が強かった。
それがいまでは棘がとれ、話しやすくなった。
これもおそらくロアが来た影響なのだろう。
こんな清々しい気持ちになったのは久しぶりだ。
リシスは級友たちの顔を見回したのち、微笑とともに告げる。
「皆さん、こんなわたくしの我儘に付き合ってくださって本当にありがとう。そしてお疲れ様でした」
「リシス様……」
多くの者たちが素直に気持ちを受け取ってくれたようだった。こんな素敵な級友を持てて本当に自分は幸せだ、と心の底からそう思えた。
「さあ、わたくしたちも撤退しましょう」
そう級友たちに呼びかけ、飛び立とうとする。
「──なに言ってんだい。撤退なんてさせるわけないだろう?」
その声は上空から降ってきた。
声質的には女性のものだが、低く力強い。
それだけなら特段おかしいものはない。
だが、声の奥にとてつもない厭らしさを感じられた。
耳にするだけで不快と感じるほどのものだ。
「もう落ちてる頃だろうと思って様子を見にきたら……なんだい。千体以上は置いてたはずだけど、まさかこんな小娘どもに全滅させられてるとはねぇ」
威圧的な物言い。
加えて、魔獣を味方とする言動。
その声の主が〝敵〟だということは明らかだ。
しかし、魔獣は言葉を話さない。
つまりこの声の主は──。
魔人だ。




