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◆第八話『黄金の光輪』

 ロアが学園を経ってから、2日後。

 リシス・オルクレールは学園の図書室を訪れていた。


 いまはお気に入りの場所──隅の窓側席で読書中だ。ほかにも3冊ほど見繕ってそばに置いていた。


 ちなみにすべての標題に同じ言葉が記されている。

 それは〝ガルディアント〟だ。


「お代わりはいかがいたしましょうか」

「ええ、お願いいたします」


 図書室には給仕が幾人か配されている。

 彼女らは訪れた生徒の世話や本の整理をするのが仕事だ。


 リシスは注ぎなおされたばかりの茶を一口含む。


 放課後、暇があれば読書をするのが習慣だった。


 カップを置く音でさえ響く静けさが、なにより心地よく感じられるからだ。いつもそばにいる級友たちも、それを察して放課後は1人にさせてくれた。


「……はぁ」


 リシスはため息をこぼしながら、読んでいた本を閉じた。


 舌に残る茶の渋みがなければ、きっとまぶたを落としていただろう。睡眠が足りていないわけでもなければ、なにか憂え事があるわけでもない。


 ただ、飽きを感じてしまっただけだ。


 学園の図書室は充実している。

 蔵書数に関しても学び舎の中では国内最高だ。


 ただ、それでもガルディアント王国に関する資料は少なかった。もともと山を挟んでの繋がりとあって密な関係にあったわけでもない。また急な滅亡も要因の1つだろう。


 初等部の頃から漁り続けていたこともあってか、200冊近い本をすべて読破してしまっていた。


 今回は2週目に入ったところだが……。

 知っていることばかりなうえ、改めて読むと浅いことばかりが書かれている。


 これではまた読んだところで時間を無駄にするだけだ。

 そんなことを思いながら、閉じたばかりの本を横に置いたときだった。


「だめだよ、シャルちゃん。邪魔しちゃ悪いよ」

「大丈夫だって。さっきため息ついてたの見えたし、一息ついてるよ」


 2つの足音とともに聞こえてきた話し声。

 彼女らが誰かは顔を見ずともすぐにわかった。


「やっほ、リシス様」

「ご、ごきげんよう、リシス様」


 級友のシャルミンとナナトリアだ。

 彼女らは席につかず、そばに立って声をかけてきた。


「ごきげんよう。……珍しいですね。あなた方がいらっしゃるなんて」

「たしかに。前に来たの1ヵ月ぐらい前だしね~。ってことであたしはナナっちの付き添いでっす」

「借りていた本を返そうと思って……」


 ナナトリアは両手で本を大事そうに抱えていた。


 腕に隠れて標題は見えないが、なかなかに年代物のようだ。革が少し色褪せているだけでなく、あちこちに傷がついている。


「リシス様はなに読んでたのー?」

「シャルミンさん、もう少し声を潜めてください」

「あ、ごめんごめん」


 シャルミンがちろりと舌を出しつつ片目を閉じる。


 この学園の生徒らしからぬ態度だ。

 普段なら咎めるところだが、見なかったことにした。


 同じ学生の身である以上、ほかの生徒と対等に接してほしい。そんな内なる思いをシャルミンは誰より体現してくれているからだ。


 もっとも彼女の場合、こちらの心情など関係なく、誰に対しても同じ接し方なのだが。


 それでもシャルミンとのやり取りは心地よいものであることに変わりなかった。リシスは人知れず笑みを零しつつ、積んだ本から1冊を手に取って差し出す。


「ご覧の通りです」

「えーと、なになに……ガルディアント王国の始まり、と。へぇ~」


 シャルミンが生返事をしながら、ぱらぱらとページをめくりはじめた。流し読みどころか、きっと文字にも目を通していない。本当にわかりやすい性格だ。


「そう言えばガルディアントで思い出したけど、センセーってあそこの生き残りなんだよね?」

「誰がそんなことを……」

「え、だってなんか誤魔化してたけど、明らかにそんな感じだったよねって。みんな噂してるよ。センセーが帰ったら話してくれるっていう秘密も、それじゃないかって」


 級友たちはロアが《狂人化》の使用者であることを知らない。にもかかわらず、なぜそんな結論に至ったのか、と。


 初めは驚いたが、よく考えてみればありえない話しではなかった。なにしろロアは闘気について詳細に語るだけでなく担当生徒全員に伝授したのだから──。


 ふいにシャルミンが「あっ」となにか思いつたように声をあげた。かと思うや、にやにやと愉し気な笑みを向けてくる。


「もしかしてリシス様……センセーの出身国だから、そんなに調べてたり?」

「ち、違いますっ。わたくしは元からあの国に興味があって、それでっ」

「ほんとかなぁ~? なんか焦っちゃってあやしいなぁ~」


 ガルディアント王国について調べる動機に、ロアの存在はまったく関係ない。だが、それをいくら言葉で証明したところで追及は止まらないだろう。それほどまでにシャルミンの目は爛々と輝いている。


「本当だよ、シャルちゃん」


 そう言ったのはナナトリアだ。

 彼女は諌めるような声音で話を続ける。


「わたしも最近、ガルディアント関連の本を幾つか読んでたんだけど、貸出記録にリシス様の名前、ずっと前の日付で書かれてたもの。だから、リシス様が以前からガルディアントのことを調べてたのは本当だよ」


 話が終わった直後、シャルミンがばつの悪い顔をこちらに向けてくると、がばっと潔く頭を下げてきた。


「疑ってごめんなさい!」

「……わかって頂けたのなら、わたくしはなにも言うつもりはありません」

「さっすがリシス様、寛大ですな~」


 再び上げられたシャルミンの顔は、すでにいつもの明るいものに戻っていた。本当に良い性格をしている。ただ、そんなシャルミンが「ん?」と唐突に首を傾げる。


「……待てよ? 最近ってことはナナちゃんこそがセンセーに興味ありありなのかな?」

「えっ、えと……うん。先生の出身国かもって思ったら興味が湧いちゃって」


 言いながらナナトリアは俯くと、恥ずかしさを誤魔化すように本を抱える手にぎゅっと力を込めていた。耳まで真っ赤に染まったさまは、まさに恋する乙女といった様子だ。


 見ている側としても、少し目をそらしてしまいそうな気恥ずかしさがある。シャルミンにとっても予想外の反応だったらしく、口をぽかんと開けている。


 そんな気まずい空気を察してか、ナナトリアがあたふたしはじめた。


「あっ、で、でも! 資料本はわたしにはちょっと難しいというか頭に入ってこなくてっ。それでほかになにかないかなーって探してたらいいのを見つけて。あ、良かったらリシス様もどうですかっ?」


 そう早口で話し終えると、腕で抱えていた本を見せてきた。


 標題は『ガルディアント王国を訪れて』。

 ケヒナス・ウェドグリー著と記されている。


「……自伝小説、ですか」

「はい。あ、もしかしてお嫌いでしたか?」

「嫌いというより苦手というほうが正しいかもしれません。どの本も多少の主観は入っていますが、自伝小説の場合はそれが顕著と言いますか。思考を誘導される気がして……」


 巧みに紡がれた言葉は驚くほど頭に入ってくる。

 それこそ透明な水が土や煤で濁るように。


 気づかぬうちに思考が著者に引っ張られてはいないか。そんな疑問が脳裏によぎって以来、自伝小説にはあまり触れないようにしていた。


「この方、とても感情豊かに書いていらっしゃって。見て感じたままを書いてるっていうか。この辺りのガルディアントの演武を見たところとか面白くて。なんだか、先生を初めてみたときの、わたしたちみたいだなって」


 よっぽど内容が気に入ったのだろう。

 ナナトリアが本を開きながら差し出してきた。


 どれだけお薦めされても自伝小説に対する抵抗感は変わらない。ただ、彼女があまりに楽しそうに話すものだから、少しだけ興味が湧いてしまった。


 なにより〝ガルディアントの演武〟という言葉に惹かれてしまった。資料本でも軽く説明されているだけであまり触れられていない行事だからだ。


 リシスは目の前で開かれたページに目を向ける。


 と、シャルミンが隣にくるなり、頬がつくぐらいの格好で本を覗き込んできた。


「ちょっと、シャルミンさん……っ」

「いいじゃんいいじゃん。ねね、ナナっち。演武のこれ、闘気を使ってるってこと?」

「案内してくれてる人からそんな感じの説明を受けてる箇所があったから、そうだと思う。あと、《狂人化》も使ってるとか言ってたかな」


 リシスは《狂人化》という言葉を聞いた途端、自分でも驚くほど文章を読み込むことに集中してしまった。そしてその中で気になるものを見つけた。


 ガルディアント王族が演武で《狂人化》を披露した際、著者が案内役に問いかける場面だ。


 〝──そこでわたしは問いかけたのだ。王族の《狂人化》と、王族から与えられた《狂人化》との違いはあるのかと。すると彼はこう答えた。


 もちろんです。王族は特別であらねばなりません。強い力はもちろんのこと、王の証が刻まれる。あの美しい瞳をご覧ください。そうあそこに刻まれた黄金の光輪こそが、王である証です──〟


「……黄金の光輪」


 リシスはその箇所を思わず口にしてしまった。


 反芻するように頭の中でその瞳を思い描く。

 と、ある記憶が連想するように重なっていった。


 遠くない過去。

 第2北西砦でベヒモスと対峙した、あのとき。


 ──なんてこと……わたくしはとんでもない勘違いを……っ!


 ただ、そうだとわかれば頷けることが沢山あった。


 あの強大な力も。

 アスフィールの王グレシオとやけに親しいことも。


 彼は、ただのガルディアントの生き残りではない。

 王族から《狂人化》の力を授けられただけの戦士でもない。


 そう、彼が……彼こそが──。


「リシス様? 大丈夫ですか?」


 ナナトリアから心配する声がかけられた。

 直後、リシスははっとなった。


「少し考え事をしていて……」

「急に目を見開いたまま固まっちゃうし、びっくりしたよもー」

「ごめんなさい。心配してくれてありがとうございます、おふたりとも」


 そう伝えてもまだ少しの間、2人は不安そうな顔をしていた。本当に優しい級友たちだ。彼女たちを安心させるためにも、とリシスは微笑を返した。


 直後、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 それは止むことなく、あちこちから聞こえてくる。


「なにか外が騒がしいですね」

「センセー絡みでしか、こんなことないよね」

「も、もしかしてまたモジャモジャで入ってきたのかな」


 ロアが学園を出たのは2日前。

 さすがに髭も髪もそんな伸びることはないはずだ。


 なんてことを真面目に胸中で返していると、図書室の扉が荒々しく開けられた。入ってきたのは教師のカインだ。


「みんな、正門前に集まるんだ! いますぐに!」


 その切羽詰まった様子からただ事でないことは伝わってきた。


 いったいなにがあったのか、と。

 問いかける間もなく、カインの口から告げられる。


「魔獣が……魔獣の大群が学園に向かってきているんだっ!」



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