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◆第九話『変わらぬ覚悟』

「リ、リシスくん!? なにをしてっ、そこは窓だよ!」

「ここから向かったほうが早いですからっ」


 リシスはカインの制止を無視し、図書室の窓から飛び下りた。ここは2階に位置するため、正規の順路で外に出ていたのではあまりに時間がかかると考えたからだ。


 ただ、ちょうど通りかかった1人の教師に見られてしまった。


「まあっ、ミス・オルクレールっ!? あなたほどのお方がなんとはしたないっ」

「緊急事態ですので、どうかお許しを!」

「そういうことですので~っ、ごめんねセンセー!」

「ご、ごめんなさい~っ!」


 どうやらシャルミンとナナトリアもあとに続いたらしい。後ろから彼女たちの着地音とともに、教師の卒倒するような声が聞こえてきた。


「たしかにセンセーの言う通りこっちのが断然はやいねっ」

「でも、あとで絶対に怒られるよね……」

「ええ。ですが、いまは怒られるより重要なことがありますっ」


 リシスは彼女たちとともに正門前を目指して駆けた。


 まもなくして目的地に辿りつくと、集まった多くの生徒が視界に飛び込んできた。状況が状況だからか、不安に満ちた声ばかりが聞こえてくる。


「馬車には初等部の子たちを優先して乗せてください! 中等部と高等部の皆さんは神聖魔装を展開。各担任の指示に従って避難をっ!」


 幾人かの教師たちが必死に叫んで生徒たちを誘導していた。そのそばには全体の指示を出していると思しき学園長ヴラディスの姿が見える。


「学園長っ」


 リシスはそう声をかけながら一直線に駆けた。

 ヴラディスがこちらを認めるなり、ほんの少しだけ困ったようにまなじりを下げる。


「……ミス・オルクレール」

「どのような状況か、お聞かせ願えますでしょうか?」


 本来、一介の生徒に学園長が直々に説明することではない。


 だが、いまは非常時。

 身分を笠に問いかけた形だ。


 ヴラディスもそれを察してか、静かに息を吐いたのちに応じてくれた。


「ここより北方の第2関所付近に魔獣の大群が出現。第2関所を陥落させたのち、南下を続けているようです」


 この戦姫学園からもっとも近い北西砦群。

 そこまでの間に関所が2箇所配されている。

 学園から近い側が第1、遠い側が第2と呼称されている。


「待ってください。第2関所って……砦の防衛はどうなっているのですか?」

「先にお話しした通り、敵は砦と第2関所の間に現れたそうです」


 本来であれば、魔獣はガルディアント王国のあった北方の地より駆けてくる。だが、今回はそうではなく、いきなり砦を越えて第2関所付近に現れたという。


「突然、魔獣が現れたってこと……ですか?」

「なにそれっ、そんなの反則じゃん……っ!」


 ナナトリアの言葉に、不公平とばかりに叫ぶシャルミン。

 言葉遣いはともかく気持ちを代弁してくれた格好だ。


 ただ、重要なのはこれからどうすべきか、だ。

 リシスは状況を把握せんと続けて学園長に問いかける。


「それで北西砦からの援軍は来られるのですか?」

「それが……さらに最悪な事態に陥っているようです。つい先ほど入った情報なのですが、すべての砦が魔獣の襲撃を受けている、と。それもかつてない規模だそうです」

「そんなっ」


 つまり砦からの救援は期待できないということだ。

 ただ、なにより大きな問題がある。


「第1関所の近くに、たしか町があったよね……」

「うん、クローネンっていう町が第1のすぐ後ろに」


 シャルミンの疑問に、ナナトリアが答える。


 先日、実地訓練で北西砦へ向かう道程で全員が馬車で通った町だ。


 農作を主な生業としており、のどかなところだった。町も、その周辺の光景も記憶に新しく、鮮明に思い出すことができる。


 あれらがすべて踏みにじられる。

 魔獣の手によって。


 そう考えると、いてもたってもいられなくなった。


「救援は……向かっているのですか?」

「おそらく王都から向かうと思いますが……」

「それでは間に合いません!」


 聞く限りでは第1関所が落ちるのもそう遠くない。つまり、クローネンの町に魔獣の群れが押し寄せるのは時間の問題ということだ。


 あの町には全員が乗れるほど馬車もないはずだ。いや、たとえ馬車があったとしても逃げられるとは思えない。それほどまでにハウンドは速く、そして獰猛だ。


「どこへ行くつもりですか!? ミス・オルクレール!」


 後ろから飛んでくるヴラディスの声。

 自分でも気づかぬうちに北方へと歩き出していた。

 リシスはぐっと両手に拳を作りながら、振り返ることなく答える。


「……行かねばならないのです。わたくしは戦姫である前に、オルクレール家の娘なのですから。どうかお見逃しを」

「なりません。たとえあなた1人が行ったところでどうにかなるものではない、とあなたもわかっているでしょう」

「それでもっ!」


 リシスは感情のまま大声を出してしまう。

 自分が自分であるために、これは譲れないことだ。


「民を見捨てて逃げてしまえば……わたくしはもう、誰かの前で胸を張って立つことが出来なくなってしまいます……っ」


 民に優しく、自分に厳しく。

 慈愛に満ちた母のような戦姫になりたい。

 その願いを捻じ曲げることだけはしたくなかった。


「──さすがリシスさん、このルヴィ・クリステリアの永遠のライバルとして見込んだだけのことはありますわね」


 そう声をあげたのは級友のルヴィだ。

 当然とばかりに後ろには取り巻き2人も控えている。


 まるで舞台に上がるかのように彼女らは優雅な足取りでそばまで来ると、真っ直ぐな瞳と微笑を向けてきた。


「リシスさん、ワタクシたちも行かせて頂きますわ」

「わたしたちはルヴィ様あるところに、ですから」

「当然、ついていきますわ」

「ルヴィさん……それにあなたたちも……」


 先日、北西砦で魔獣の襲撃があった際も同じような状況となった。


 だが、あのときの張り合うような形ではなく、ただ純粋に賛同してくれている。そう確信が持てるほどルヴィの気持ちが近くに感じられた。


「わ、わたしも行きます!」


 ナナトリアが半ば叫ぶように言った。

 両手に拳を作りながら、やる気に満ちた顔を向けてくる。


「ハウンド退治なら前の襲撃でもできましたし……ちょっとぐらいなら役に立てると思いますっ」

「ナナトリアさん……」


 彼女が来てくれるのなら本当に心強い。

 ただ、〝ちょっとぐらい役に立つ〟はさすがに謙遜しすぎだ。


「わたしもリシス様と想いは同じですわ!」

「え、ええ。怖いですけれど……た、民を、守るのはわたしたちの役目ですものっ」


 次々に級友たちが同調する声をあげはじめた。

 中には怯えを我慢しながら名乗り出る者もいる。

 それでも勇気を振り絞って表明してくれたことがなにより嬉しかった。


 気づけば級友全員が集まっていた。

 シャルミンが得意気な顔で両手を広げながら、ヴラディスへと問いかける。


「ってことで1人じゃなければいいんでしょ? がくえんちょ~っ?」

「あなたたち……」


 ヴラディスが呆気にとられていた。


 まさかこんなにも集まるとは思わなかったのだろう。ただ、それで流されてくれるほど甘くはなかった。ヴラディスが再び顔を険しくする。


「ですが、それでも行かせるわけには──」

「では、行ってまいります」

「お、お待ちなさいっ!」


 もはやどんな声をかえられても止まる気はない。

 リシスは神聖魔装を展開し、すかさず飛び立った。

 級友たちも続いて神聖魔装で空へと上がっていく。


 しばらくの間、学園長や他教師たちの叫ぶ声が聞こえていた。だが、距離が離れたからか、あるいは諦めたのか。ついに学園からはなにも聞こえなくなった。


 隣に並んできたナナトリアがちらりと学園のほうを見やる。


「なんだか意外とあっさりいけちゃいましたね」

「生徒の避難で忙しいでしょうから。わたくしたちを追いかける暇もないのでしょう」


 そう答える最中、反対側の隣にシャルミンが並んできた。

 彼女は芝居がかったようなセリフとともに、からかうような笑みを向けてくる。


「そこまで考えていらしたとは、さすがリシス様。あくどいですな~」

「わたくしはただ、自分の意志を押し通したまでです……っ」


 本当に緊張感のない人だ。

 ただ、いまはそれが少しありがたかった。


 学園長とのやり取りで熱くなっていたのは否めない。それもあって少し狭まっていた視界が一気にひらけていくのを感じられた。


「以前の……砦のときのような失態はもうしませんわ……!」

「ええ、あのときのわたしたちとは違いますもの!」

「あの野蛮人……いえ、ロア先生から教えて頂いた力がありますものっ」


 ルヴィのむき出しの感情に吊られる級友が多くいた。


 いつもはやかましい生徒の筆頭だが、今回ばかりは頼もしいことこのうえない。リシスはふっと笑みをこぼしたのち、級友たちを鼓舞せんと叫ぶ。


「敵は大群と聞いています。初めから全力で臨み、民を逃がす時間を稼ぎましょう!」

「「はいっ!」」


 神聖魔装の力だけでは足りない。

 ロアから授けられた闘気の力を駆使しなければ、この危機を乗り越えることはできないだろう。


 もはや迷うことはない。

 野獣と罵られようとも民を救えるのであれば──。


 遠くのほうに第1関所が見えはじめていた。

 黒く染まったその先も。


 リシスは映る景色を視界一杯に収めた。

 吹きつける風に負けないよう声を張り上げる。


「行きましょう、皆さん……っ」



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