◆第七話『北方砦群の危機』
「で、話ってなんなんだ?」
ロアは学園長室に着くなり問いかけた。
ヴラディスはいつも通り執務机についている。
ただ、表情だけは普段と違って険しく歪んでいた。
「つい先ほど、北方砦が魔獣の大群に襲われたと報告が入りました。ベヒモスの出現はありませんでしたが、先日の北西砦襲撃と規模はほとんど変わらなかったそうです」
告げられた報告に、ロアは思わず眉をひそめてしまった。先日の一件と照らし合わせ、すぐさま被害状況を想像してしまったからだ。
「まだそんなに経ってないってのに、あちらさんは随分と働き者だな」
「幸いといっていいのか、先日の件で軍備を増強していましたから防衛には成功したようですが……」
「まあ、タダじゃ済まないだろうな」
「かなりの犠牲が出たそうです。王都から増援が向かうことになっていますが……」
「王都を手薄にするわけにもいかないし、まあ限度があるよな」
国の象徴たる王が殺されるわけにはいかない。そんな大そうな理由を笠に、貴族たちが自分の身可愛さに王都から戦姫を動かすことを渋っているのが真実だ。
また戦姫が貴族の娘であることも大きな理由でもある。可能な限り自分の娘たちを危険な場所に行かせないようにしている格好だ。
「懸念は……敵の次なる一手ですね」
「北西、北方と来たら残りの北東砦を警戒しちまうよな。ま、それを逆手にとってほかの砦って可能性も充分にありえるが」
「いずれにせよ敵側には知能のある魔人がいますから。王国もそれを警戒しているようです」
「それで俺が呼ばれたってわけか。了解だ。北方砦に居座って、どこの砦が襲われてもすぐ行けるようにしておく」
面倒だとはまったく思っていない。
だが、ヴラディスの顔は申し訳ないと言いたげだ。
「ごめんなさい。いつもいつもあなたを頼ってしまって」
「気にしないでくれ。俺にとってもこの国が滅びるのは困るしな。それに……婆さんの頼みだ。喜んで引き受けるぜ」
「……ロア」
こちらの想いを汲んでくれたか。
ヴラディスが気持ちを入れ替えるように静かに息を吐いていた。
「北方砦を立て直すまで頼む、とグレシオ陛下は仰っていました」
「もっと頼ってくれても構わないんだけどな」
「可能な限り国で対応すべきというのが陛下のお考えですから」
自国のことは自国で。
それがグレシオの信条だ。
頼るだけの関係は望んでいない。そんな彼が収める国だからこそ、心地よいと感じられるのだろう。本当に良い王と国だと改めて思い知らされる。
「せっかく生徒とも打ち解けられたというのに……」
「こればかりは仕方ない。ま、良いところなのは否定しないが」
「あちらのほうも順調だと聞いています」
「あくまで闘気は基礎でしかない。そこから先を求めるかどうかはあいつら次第だが……個人的にはあまり気乗りしないな」
この言葉の意味を理解できるのは、いま学園内でヴラディスだけだ。
「それでも求められたら、あなたは応じるのでしょう?」
「どうだろうな。ただ……最近わかったことがある。他人の成長を見るのも意外と悪くないってな」
そう思わせてくれたのは担当生徒たちだ。
まだまだ自分も学ぶことが多いのかもしれない、と。言葉に出すつもりはないが、この学園に来てから日々感じている。
そんなこちらの胸中を知ってか知らでか。
ヴラディスが優しい笑みを浮かべていた。
「生徒たちにはわたしから伝えましょうか」
「いや、俺から伝えておく。婆さんだと理由を訊かれて困るだろ」
「たしかにそうですね。ではあなたに任せます」
そのやり取りを最後に、ロアは学園長室をあとにした。
呼び出されてからまだあまり時間は経っていない。
生徒たちはまだ食堂にいるだろう。
そう思って再び顔を出したところ、なにやら騒ぎが起こっていた。
あちこちで生徒が表情をかげらせながら、口々に「どうなってしまうのかしら……」やら「ここは大丈夫ですよね……?」とこぼしている。
「なんだ、これは。なにかあったのか?」
「先生……っ!」
そう声をあげたのはナナトリアだ。
彼女は級友とともに駆け寄ってくると、不安に満ちた顔を向けていた。
「北方砦が魔獣の襲撃に遭ったって聞いて、それで……っ」
「どこからその話を……?」
「リシス様とかルヴィちんとか通信具を持ってるからね。ほかにも持ってる人いるし、それでもう広まってる感じ」
シャルミンが代わりにそう答えた。通信具は高価なものだが、ここにいるのは貴族令嬢ばかりだ。所有者がいてもなにもおかしくはない。
「北方砦は無事だ。王都からも増援が向かってるようだし、お前たちが心配することはなにもない。だから安心しろ」
先日と同規模の襲撃だったこと。
かなりの犠牲が出たこと。
それらをわざわざ伝える必要はない。
ひとまず危機は去ったと知ってか。
生徒たちが揃ってほっとしていた。
「それでいきなりなんだが、しばらく学園を出ることになった」
「……え?」
あまりに突拍子もない発言だったからか。
間抜けな声があちこちから聞こえてきた。
「って、急にもほどがあるでしょセンセー!」
「本当ですわ。あなたはワタクシたちの担任なのですから、その責務をしかと果たして頂ければ困りますわっ」
シャルミンとルヴィがずいと詰め寄ってきた。
ほかの生徒らも同調するように頷いている。
ついこの間まで二言目には来るな寄るなと拒絶されていたのが嘘のようだ。
「もしかして……今回の北方砦の襲撃と関係があるんですか?」
ナナトリアが恐る恐るといった様子で訊いてきた。
その目は窺うようでありながら、確信めいたものを抱いているようだ。そんなナナトリアに触発されてか、ほかの生徒たちが疑問を口にしはじめる。
「そういえば先日の襲撃のときも……」
「ええ、突然いなくなってしまわれて……」
「今更ですけど、先生って謎が多すぎですよね……」
改めて向けられる疑いの目。
問い詰めるようなものではない。
だが、〝知りたい〟という欲求が純粋に見て取れた。
「あなたの生徒であるわたくしたちには知る権利があると思います。詳しく話して頂けませんか? ……先生」
そう言ってきたのはリシスだ。
彼女は〝黒曜の騎士〟としての活動を知っている。そのうえでの発言なのだから、まったくもって意地が悪い。
しかも向けられた彼女の目は逃がさないとばかりにじっと見てきている。きっと黒曜の騎士以外のことも話せと言っているのだ。
彼女らが強さを求め続けるのであれば、今後、否応なく教えることになる。
問題は彼女たちがどう受け止めるか、だ。
不安は残るが……。
きっと問題はない。
彼女たちの信頼に応えるためにも、すべてを話すべきだろう。
「……わかった。帰ったら色々と話す。帰ったらな」
そう伝えた途端、生徒たちが喜びをあらわにした。
完全に予想外の反応だった。
まさかここまで知りたいと思われていたとは。
と、ナナトリアがやけに真剣な眼差しを向けてきた。
「先生……約束ですよ?」
「ああ。てか破ったら後ろから剣で刺してきそうな奴がいるからな」
「いったい誰のことでしょうか」
「お前だ、リシス」
そう指摘したところ、ついっと顔をそらされてしまった。気難しいところは相変わらずのようだ。
「ってことだから、お前ら良い子にして待ってろよ」
「子どもじゃないんだから。ってか、先生に言われたくないよねー」
そんなシャルミンの問いかけに同調する多くの生徒たち。相変わらずこういうときの連携だけは文句のつけようがない。
「……お前らな」
いつからか、こんなやり取りが心地よく感じていた。
きっと彼女らも同じなのだろう。
その証拠に多くの生徒たちが笑顔を向けてくれている。
ロアは思わずふっと笑みをこぼしてしまった。
まさか自分がこんな風に誰かを導く立場になるとは思いもしなかったからだ。そしてそんないまの時間が悪くないと感じることも。
だからか、以前よりも魔獣を倒さなければならないという使命感は強くなっていた。彼女たちを守るために必要なことだからだ。
ロアは改めて生徒たちの顔を見回したのち、告げる。
「──じゃあ、行ってくる」




