◆第六話『大穴と大盛』
「あれはどういうことか説明してくれるかい?」
学園の食堂にて。
ロアは、ともに食堂へと訪れたカインから詰め寄られていた。
いまは配膳場で料理を選んでいるところだ。
ずらりと並んだ料理はコースを想定して置かれている。
欲しいものがあれば給仕に伝えて取り分けてもらうといった流れが基本的だ。
前菜は適当にどかっと盛ってもらい、あとは肉で済ませる。最近は鹿肉のローストされたものを気に入っている。
ただ、薄目に切られているので30枚ほど一気に詰んでもらっていた。そのせいか、給仕から毎回「き、来たっ」と大歓迎を受けている。
このほかにもお任せで運んでもらうことも出来るらしいが、あまりそれを選ぶ者はいない。生徒曰く、〝気分で選ぶほうが楽しい〟らしい。
「──きみの生徒たちが使ったあとの訓練場は穴だらけ。それはもう魔獣が暴れたあとのような荒れ具合だ。それだけじゃない。教室同士の模擬戦で、ほかの教室の生徒たちがひどく怯えてしまって……大変だったんだぞ、あとのこととか」
「全部、あいつらが強くなった結果だ。なにも悪くないだろ?」
森での特別訓練終了からすでに3日が経っていた。
帰還した担当教室の生徒らは、それはもう他教室の生徒から憐憫の目を集めに集めていた。だが、精神的にも強くなった彼女たちはそれらを完全に無視。むしろ成長した力をまざまざと見せつけたのだ。
おかげで彼女たちを憐れむ目は完全に消えた。
入れ替わるように恐怖の目が向けられた格好だが。
「ボクが言いたいのはそうじゃなくて……その、戦い方が戦姫らしくないというかっ」
「戦姫らしい戦い方ってなんだ? 仮にそんなもんがあったとして……実力を発揮できる戦い方があるのにそれをしないってのはおかしくないか? 生死をかけた戦いじゃそういうのは命取りになるんだぞ。そんな理由で、あいつらが死んでもいいってのか?」
威圧するように問いかけた。
意地が悪いとは思いつつも、口にせずにはいられなかった。当のカインはというと、案の定、いきなりの重い質問に戸惑っている。
「そ、そうは言ってないけど……」
「──ってのは極論だ。悪いな。あいつらには手加減するよう言っておく。訓練場の穴も俺が埋めとくから許してくれ」
口論を望んだわけではない。
またこちらに落ち度があるのも事実。
ロアは早々に詫びて話題を終わらせた。
カインも少し難しい顔をしていたが、ぶり返すようなことはしてこなかった。
「でもま、日常では貴族の娘らしくしていいって伝えてるからいいだろ」
「それは当然のことだ。分別はしっかりしてもらわないとね」
「最初はそんなもんどうでもいいって思ってたんだけどな。最初に教えた生徒……ナナを見て思い直した。あいつらには戦い以外のことも考えてやらないとなって」
「きみも教師として成長しているのはわかった。ただ、その……」
料理を選び終え、ともに振り返る。
あちこちで行儀よく食事をする、多くの生徒たち。その中に異色といっていいほど目立つ集団が目に入った。
言わずもがな、担当教室の生徒たちだ。
彼女らは他教室の生徒たちとは明らかに違う量──山盛りの食事をとっていた。
カインが彼女らを見ながら困惑気味に言う。
「果たしてあれが貴族の娘として正しい姿なのかどうか……改めて問いたいね」
「たくさん食べるのはいいことだろ?」
「限度があると思う」
そんなやり取りをしたせいか、どちらからともなく彼女らのほうへと足を運んだ。近くの席についた途端、カインが不安そうに生徒たちへと問いかける。
「きみたち、そんなたくさん食べて大丈夫なのかい?」
「は、恥ずかしいお話なのですが、最近なんだかすぐにお腹がすいてしまって……」
「わたしもです。森でたくさん食べていたからでしょうか。これでも足りるかどうか」
闘気は強大な力だ。
消費する体力も相応に多いため、栄養をとろうと食欲が高まるのも無理はなかった。
だが、そんな事情を知らないカインは疑念が増すばかりのようだ。人一倍多くの食事をパクパクと口に運ぶナナトリアへと、真剣な顔を向ける。
「彼になにか脅されていたりしないかい?」
「大丈夫です。とても優しくしてもらっていますよ。ね、シャルちゃん」
「意外とねー。ま、ボコボコにはされてるけど」
「やっぱり脅されてるんじゃないかっ」
違います違います、と必死に訂正しようとするナナトリアに対し、シャルミンはしたり顔で笑っている。面白がった発言なのは明らかだ。
「ですが、先生のおかげで強くなったのは事実ですわ」
「ええ、他教室の方々も驚いていましたものね」
「わたしなんて以前は手も足も出なかった方に圧勝できてしまいましたの。本当に信じられませんわ」
うふふ、と山盛り料理を前にしながら、淑やかに会話をする生徒たち。その異様な光景はともかく、彼女らが嫌がっていないことは伝わったようだ。
カインがその瞳からようやく疑念の色を消してくれた。
「……彼女たちが納得しているのなら、ボクがとやかく言うべきじゃないね。でも、きみたちが戦姫であり、立場ある者であることだけは忘れないように頼むよ」
「その点に関しては誰より承知しておりますわ。クリステリア伯爵家の長女である、このワタクシがっ!」
勇ましい声をあげながら立ち上がるルヴィ。
いつものごとく注目されることで悦に浸っているらしい。ただ、いまだけはやめるべきだった。その理由を伝えんと、ロアは自身の頬を指差す。
「おい、ルヴィ。頬にパンくずついてるぞ」
「ふふん、知っていましてよ。あなたが以前、そう仰ってリシスさんをからかっていたことを」
「いや、今度は本当だ」
そう伝えてもルヴィは動かなかった。
ただ、もしやという思いが脳裏によぎったのか。
ルヴィの顔にほんのりと赤みがにじみはじめる。
「ま、またまたなにを仰って──」
「ルヴィ様、いま拭いますので、じっとしていてくださいっ」
「では、失礼して。……フキフキ」
ついには取り巻き2人に汚れをふき取ってもらっていた。救われたルヴィはそのまま何事もなかったかのように座りなおしたのち、俯いてしまう。
「……感謝いたしますわ」
耳まで真っ赤にしながら、ぼそりと呟くルヴィ。
あんな反応をされては誰も弄ることはできないだろう。そう思っていた矢先、近くのテーブルで食事をとっていたリシスが話しはじめた。
「彼女はともかくとして、わたくしたちは相応しい品格を保っています」
隅に置かれたルヴィが途中で声を荒げていたが、もはやリシスの耳には届いていないようだった。彼女は口元を拭ったのち、話を続ける。
「それに……わたくしたちの担任は言動も行動も野蛮で粗暴で、どうしようもないほどに最悪な方ですが……強さを学ぶという点においてはこれ以上ない適任者と言えます。ですから、ご心配はいりません」
あまりに予想外の発言だったからか。
カインだけでなく、ほかの生徒たちも唖然としていた。
「あのリシス様がセンセーを擁護するなんて……」
「明日は大雨どころか、雪が振るかも、だね……」
「いいえ、魔獣が振ってくるかもしれませんわ……」
「……あ、あなたたち。わたくしをいったいなんだと思って──」
シャルミン、ナナトリアに続いて、ルヴィまでもが驚愕の声をこぼし、揃ってリシスに睨まれていた。
しかし、彼女たちの気持ちもわからなくはない。なにしろ学園に踏み込んで以来、誰よりもこちらを敵視していた人物だからだ。
リシスと目が合ったが、ついっとそらされてしまった。照れ隠しなのかはわからないが、どうやら教師として認めてはもらえたようだ。
「あ、あの……ロア先生は……いらっしゃいますか? 学園長が呼んでいて……」
ふいに、か細い声が聞こえてきた。
どうやら呼んだのは中等部の生徒のようだ。
「ん? 俺ならここだ」
「ひっ」
視線が交差した瞬間、思いきり怯えられてしまった。
そのさまを見て、担当生徒たちが共感したように話しはじめる。
「我らが担任教師はまだまだ恐れられてますな~」
「当然ですわ、野蛮ですし」
「いまでこそ慣れてしまいましたけど……」
「昔のわたしなら近づくのも無理でしたわ」
「……お前ら相変わらず言いたい放題だな」
担当生徒たちの敬意のなさはともかくとして。
どうやらまだまだ他生徒たちからは恐怖の対象として見られているようだ。
涙目になっている中等部の生徒へとシャルミンとナナトリアが歩みよる。
「はーい、大丈夫だよ。あの人、怖そうに見えるけど意外とそうでもないから。ま、本気出したら魔獣とか比じゃないぐらいやばいけど。がぶっと食べたりねー。なんちゃって」
「シャ、シャルちゃん、余計に怯えちゃってるよ」
「え、あっ、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
あたふたとするシャルミンとともに、中等部の生徒を慰めるナナトリア。落ちつくのを待っても構わないが、内容が内容だ。
「あ~、学園長室でいいんだよな?」
可能な限り柔らかい声音で問いかける。
と、中等部の生徒がこくりと頷いた。
それだけわかれば充分だ。
「ってことだから行ってくる。あ、カイン。俺の分、食べててもいいぞ」
「いや、こんな量、無理に決まってるだろうっ」
当然ながら盛った料理の量は担当生徒を遥かに超える。きっとカインも言葉とは裏腹に喜んでくれているはずだ。
そんなことを思いながら、ロアは学園長室へと向かった。




