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◆第五話『一皮むけた生徒たち』

 迎えた最終日の10日後。

 ロアは朝から生徒たちの熱い視線を一身に浴びていた。


 樹の上や茂みの中。

 岩陰といったあちこちから覗く気配。


 今回の訓練では殺意を消すことを教えていない。

 だだもれの殺意が彼女らの居場所を余すことなく教えてくれている。


 背後から2つの気配が近づいてきた。

 肉迫の直前を見計らって、すっと身を横にずらす。


 と、すぐそばを2人の生徒が剣を振り、駆け抜けていった。避けられると思っていなかったのか、「なっ」と彼女らは驚いている。


 今度は頭上から迫る気配を察知し、ロアはさらに横に飛び退いた。


 直後、先ほどまで立っていた箇所にハンマーが激突する。人1人潰せる程度の大きさなうえ、凄まじい勢いで激突したこともあってか、地面が半球形に大きく抉れた。


 持ち手はルヴィだ。


 もともと彼女は長剣使いだった。だが、闘気の力を持て余しているようだったので、予備のハンマーを渡したところ大喜びで使うようになったのだ。


「き、決まったと思いましたのに……っ」

「何度も言ってるだろ。1撃に全力を込めるのは構わないが、離脱までの動きも頭の中にしっかり描いておけ。でないと死ぬぞ」


 忠告しながら、ロアはハンマーを蹴り上げた。


 持ち主であるルヴィごと宙に浮いたそれを、さらに蹴りつける。と、最初に攻撃をしかけてきた2人を巻き込んで吹っ飛んでいった。


 いまの戦闘が総攻撃の合図となったようだ。

 あちこちから生徒たちが飛び掛かってきた。


 神聖魔装に闘気の力も加わり、どの攻撃も凄まじい威力を秘めている。それこそ空振りに終わっても辺りに衝撃波を飛ばすほどだ。おかげであちこちで激しい葉擦れの音が響いていた。


 それらをいなしていると、ひと際鋭い攻撃が背後から迫ってきた。ナナトリアだ。迫る大剣は脳天をかち割る軌道。


 ロアは最小限の動きで躱すが、それを見越したようにナナトリアは刃ではなく腹で地面を叩きつけた。跳ねた大剣をそのまま強引に切り返し、振ってくる。


「……へぇ、そうくるか」


 ロアは迫る大剣を躱しつつ、ナナトリアに接近。背後に回り込み、彼女の襟首を掴んだ。うぐ、と聞こえる呻き声を無視して遠くへ放り投げる。


 そのまま進路上の樹に衝突するかと思いきや、直前で意識を取り戻したようだ。体勢を立て直し、彼女は上手く着地していた。


「いまのは悪くなかったぞ、ナナ! 次はもっと速さを意識してみろ!」

「は、はい……!」


 全員が闘気を自覚し終えたのは訓練開始から5日目。


 そこから個別指導も加え、全員の進行具合を調整。

 基本的な戦闘技術も教えつつ、闘気の練度を高める方向で指導を進めた。


 そして8日目から始めた実戦形式の訓練。

 こちら1人に対し、相手は生徒全員。


 神聖魔装だけでなく闘気の使用も許可。

 さらに寝込みの襲撃も可となんでもありの形式だ。


 そんな実戦を3日間、続けたかいあってか。

 生徒たちも随分と戦い慣れてきていた。


 ふいに視界の右端で銀閃が煌めいた。

 迫りくるのは湾曲した刃──大鎌だ。


 ロアはすぐさましゃがみ込み、地面に這わせる格好で回し蹴りを繰り出した。後方で「うぁっ!」と間抜けな声に続いて、どすんと音が鳴る。振り返った先、仰向けで倒れていたのはシャルミンだ。


「そら、防御しろよ」

「うぇ、ちょっ」


 拳を突き込むが、すんでのところで回避されてしまう。さらに追撃を繰り出すが、今度は引き寄せた大鎌で上手く防がれた。


 彼女にも余った武器──。

 大鎌を譲ったのだが、どうやら上手く使いこなしているようだ。


 ただ、このまま防がれたままというのも面白くない。ロアはほんの少し力を込め、大鎌ごとシャルミンを突き飛ばした。


 直後、ひと際強い殺気を感じた。

 左後方から迫りくるそれは、これまでどの生徒から向けられたものより強い。


 誘われるがまま振り返る。

 と、すでにそれは間近まで迫っていた。


 鈍色に光る刃の切っ先。

 辿った先に映るのはリシス・オルクレール。


 放たれた矢を遥かに上回る鋭い突きだ。ロアは口の端を吊り上げつつ、右手甲で剣の腹を叩いた。がんっと響く衝突音。腕ごと外側に弾かれたリシスが体勢を崩した。


 その機を逃さず彼女の腹へと左拳を突き込んだ。かはっと呻きながら、地面を跳ね転がるリシス。その勢いが止まるよりも早く、ロアは追いついて上空から拳を突き込んだ。


 しかし、捉えたのは地面のみ。

 直前でリシスが身を転がして回避したのだ。


 すかさず起き上がって反撃を繰り出そうとしてくるが、それよりも先にロアは拳を突き出した。リシスが慌てて剣を割り込ませるが、衝撃を殺しきれずに大きく吹き飛んでいく。


 あまりに激しいやり取りだからか、ほかの生徒は呆気に取られている様子だった。


 そんな中、リシスがゆらりと立ち上がる。

 だが、膝にきているのか、がくっと体勢を崩していた。


「どうしたリシス、お前だけ先に終わるか?」

「だ、誰がそんなことを……口にしまし、た、か……っ」

「……いい眼だ」


 相手にする生徒によって反撃する力を調節していた。


 リシス相手には誰よりも激しくしている。彼女の実力からしてそれが妥当だと判断したからだ。また彼女もそれを望んでいる。ゆえに、容赦をする気はなかった。


 その後も生徒たちと戯れ──。

 戦闘訓練を続け、陽が中天に差し掛かる頃。


「よーし、これで終わりだ! 休憩していいぞー!」


 ロアは森に響き渡るよう、大声で叫んだ。


 その場に崩れるように寝転ぶ生徒たち。制服が汚れるだの、虫がくるだのと文句を言いまくっていた初日の彼女たちからは考えられない光景だ。


「や、やっと終わったの……」

「本気で死ぬかと思いましたわ……」

「む、むしろもう死んでいますわ……」


 あちこちから聞こえてくるのは安堵の声ばかり。

 歓声があがると思っていただけに意外だった。


 とはいえ、無理もない反応だろう。なにしろこれまで彼女たちが送ってきた優雅な生活とは、正反対とも言える過酷な日々だったからだ。


「いくらなんでもありだからといっても……さすがに毎晩5回以上も夜襲を仕掛けてくるなんて……あなたには礼儀というものがないのかしら……っ」

「本当ですわ……おかげでずっと寝不足で……くか~」

「って、こんなところで寝るなんてはしたないですわよっ」


 ルヴィと取り巻き生徒の間抜けなやり取りはともかくとして──その内容にはほかの生徒も共感したようだった。


「わたしたちがそんな感じだったのに、先生はぴんぴんしてるし……不公平です」

「俺のことを警戒しすぎるがあまり、お前らからの夜襲はほとんどなかったからな。隙を見て、ぐっすり眠らせてもらってたぜ」


 嫌味たっぷりに言ったからか、生徒たちから恨みがましい目を向けられてしまった。


 生徒たちはまだ気配を上手く探ることができないため、一方的に嫌がらせができた格好だ。楽しかった、というのが正直な感想だ。


「ていうかセンセー、リシス様を狙うときだけ容赦なかったよね」

「うんうん、その……ちょっとやり過ぎだった気が……」


 シャルミンの言葉に、悲痛な顔で頷くナナトリア。

 その点については誰かから指摘されるだろうとは思っていた。


「そうか? ちゃんと手加減はしてたぞ。それに当の本人もあれぐらい余裕だって顔してたぜ。なあ、リシス?」


 ずっと静観していたリシスへと問いかけた。

 当の彼女は樹によりかかってぐったりしている。


 生徒の誰しも制服を汚したり、怪我をしたりしている。

 だが、その中でもリシスはとくにひどい。

 まさに満身創痍といった様子だ。


「え、ええ……あれぐらい……なんてこと、ありません……っ」

「ほらな。次の機会があれば、もっときつくても大丈夫だよな?」

「望む、ところです……っ」


 リシスが弱音を吐かないことを承知の上での発言だ。

 案の定、彼女は負けないとばかりに見つめ返してきた。


 融通の効かないところは多々ある。

 だが、生徒としては誰よりも優秀だ。


 ロアはそんなことを考えながら、改めて全員を見回した。


「さてと、ひとまず闘気の扱いに関しては少しは出来るようになったな。ほかにも闘気を使って出来る技は幾つもあるが、それはもう少し練度を上げてからだ」


 闘気を完全に会得するまでの道のりは遠い。

 だが、彼女たちの成長ぶりなら辿りつけるはずだ。


「ともあれ、楽しい森生活もとい特別訓練は終わりだ。よく頑張ったな、お前ら」


 労いの言葉を待っていたわけではないだろう。


 ただ、それを聞いた途端、ようやく訓練の終わりを実感できたようだ。生徒たちが顔を見合わせ、喜びを爆発させていた。


「そんじゃまあ、学園に戻るとするか!」



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