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◆第三話『匂い厳禁』

 森特訓2日目の夕刻。

 すでに幾人かの生徒は獲物を捕らえていた。

 ほかの生徒も感触を掴んだ者は少なくない様子だ。


 開始以降、可能な限りあちこちを回っている。


 健康状態が危険域に達した者がいれば、すぐに回収できるようにするためだ。ただ、この調子なら回収者が出る可能性はほとんどないだろう。


 ある1人の生徒を除いて──。


「こんなの、無理ですわっ」


 森の中にこだまする苛立ち混じりの声。

 それを頼りにロアは木を飛び移りながら移動。

 声の主──ルヴィのそばに下り立った。


 いきなりのことだったからか。

 ルヴィが「きゃっ」と悲鳴をあげて倒れた。

 そんな彼女を見下ろしながら、ロアは口の端を吊り上げる。


「なんだ、もう諦めるのか?」

「う~……諦め、ませんけれどもっ」

「ってか、今回はお前から言い出したことだろ」

「そうですけれど……近づくと、すぐに逃げてしまうんですもの。もうどうすればいいのかわかりませんわっ!」


 悲痛な叫びをあげるルヴィ。


 さらに腹が「きゅぅ」と可愛らしい音を鳴らしたことが拍車をかけたようだ。涙目になりながら顔を真っ赤にしている。


 最中、葉擦れの音が聞こえてきた。

 穏やかな風が森に吹き込んだようだ。


 誘われるように周囲の匂いが鼻に届いた。

 瞬間、ロアは思わず顔をしかめてしまう。


「……お前、香水つけてるな? しかもこれ今朝つけたもんだろ」

「それの、なにがいけないんですの……?」


 ぐすっと鼻を鳴らしながら、ルヴィがか細い声で問い返してきた。そのさまからは悪びれた様子がいっさい見えない。


「ダメに決まってんだろ。ったく、余計なもん持ってくるなっつったのに」

「だ、だって……その、水浴びぐらいしか出来ないと聞いていましたから……」

「動物は俺らよりも匂いに敏感なんだぞ。逃げられるのも当然だ」


 説教を受けて「うぅ……」と身を縮めるルヴィ。

 なにも追い詰めたくて叱っているわけではない。

 ただ、あと1つだけ言わなくてはならないことがあった。


「大体な、お前の香水、匂いがきつすぎるんだよ。甘ったるくて鼻がもげそうになる」

「な……っ! これはドルナ商会でもとくに高価なもので──」

「金の価値じゃなくて、良いか悪いかで判断したらどうだ?」


 言いながら、ロアは上向けた手を差し伸べた。

 ほら、と香水を差し出すよう促す。

 ルヴィが唇を尖らせながら、渋々と小瓶を渡してきた。


「帰ったら返してやるから安心しろ。……まあ、こういうときじゃなければなにも言うつもりはないけどな」


 言いながら、ロアはポーチに小瓶をしまった。


 最中、ゆっくりと立ち上がるルヴィ。なにか暴言でも吐いてくるかと思ったが、意外にも大人しい反応だ。そればかりか、しおらしささえ感じられる。


 彼女は尻についた土を丁寧に落としたのち、窺うような目を向けてくる。


「ち、ちなみにあなたはどんな匂いが好みですの……?」

「俺か? 俺はあんまきついもんじゃなければなんでもいい。まあ、強いて言うなら柑橘系ってーか、爽やかなもんだったらいいな。自然を感じるもんは好きだ」


 よく森にいるのもそれが大きな理由だ。

 自然の中で育ったこともあり、1番落ちつける空間と言える。


 そんな回答に対し、ルヴィが目をそらしていた。

 質問しておきながら、まるで興味がないといった反応だ。


「そう、ですの。1人の殿方の意見として参考にさせていただきますわ。いいですの、あくまで参考ですから勘違いしないでくださいまし」

「お、おう。なんの勘違いかはわからんが」


 ともあれ、先の意見を彼女が参考にすべきか疑問が残るところだ。我ながら一般的な男からかけ離れている自覚があるからだ。


 ……あの強烈な香水の匂いに関してはやめたほうがいいのは間違いないと思うが。


 そんなことを考えていたとき、ルヴィの背後にある茂みがガサガサと揺れた。何事かと思った直後、影が勢いよく飛び出してくる。


「センセー、見てみて! シャルちゃん、ついにお肉を獲得しましたっ!」


 影の正体はシャルミンだった。

 そして〝肉〟は二尾兎のことらしい。


 満面の笑みを浮かべながら、片手で二尾兎の両耳を掴んでいる。ぶらんぶらんと吊るされた二尾兎の腹からは、短剣と思しき刃の先が見えていた。どうやら背中からひと突きして仕留めたようだ。


「おー、よくやった」

「でしょーっ! えへへ、もっと褒めて褒めて!」


 照れつつも、得意気な笑みを見せるシャルミン。


 仕留めた二尾兎をもっと見てほしいという思いからか、ぐいと勢いよく突き出してきた。直後、兎の腹から血が飛び散った。


 びちゃり、と音をたててルヴィの制服にかかる。頬にも1滴だけついた格好だ。


「ひっ」

「あ、ごめん。ルヴィちん」


 果たしてシャルミンの謝罪は届いたのか。

 ルヴィはそのまま気を失ってしまった。

 後ろに倒れ込む彼女を、ロアは慌てて抱きかかえる。


「いまのはお前が悪いな、シャル」

「うぐ……どうしよ、先生」

「けどま、これで少しは匂いも和らぐだろ」

「え、どういうこと?」


 事情を知らないシャルミンは首を傾げるばかりだ。


 ともあれ、この一件が功を奏したのか。

 翌日にはルヴィも獲物を仕留めるに至った。


 また、ほかの遅れた生徒にも少し助言をして回ったからか、漏れなく全員が肉の調達に成功していた。


 順調に事は運んでいる。

 ただ、問題がないというわけではない。


 3日目の夕刻前。

 ロアは樹に飛びついたのち、目を凝らした。


 視界の中に映るのは、1日目の早い段階から獲物を仕留めていた唯一の生徒。


 リシス・オルクレールだ。



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