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◆第一話『空っぽの教室』

 王立戦姫学園の学園長室にて。


 カイン・ロッグアードは学園長であるヴラディスにある報告をしていた。内容は、魔獣の大群が北西砦群を襲撃した先日の一件だ。


 砦の受けた被害。

 またその対応について。

 王都から国内の主な機関に向けられたものだ。


「──以上が王都からの報告となります」

「ありがとう、カイン。まあ、妥当なところでしょうね」

「今回の襲撃で北西砦が受けた被害は少なくありませんからね。戦姫も以前より多めに配されるそうです」


 戦姫が貴族の娘であることから、砦での常駐はあまり好まれていない。そんな中で人員を増やすというのだから、いかに逼迫した状態かを物語っている。


「それにしても……魔獣の動きが活発化してきたとは聞いていましたが、まさか実地訓練中に現れるなんて思いもしませんでした」

「ええ、本当に。生徒に被害が出なくてなによりでした」


 そう応じつつ、ヴラディスが執務机に両肘をついてあわせた手に顎を乗せた。そのさまからは言葉ほど安堵した様子は見られない。


 むしろ落ちつき払っている。

 そこに違和感を覚えて仕方なかった。


「あの、叔母様っ」

「カイン。ここは学園内ですよ」

「し、失礼しました。……学園長」

「そうでなくても気にしているのですから。それで、なにを言おうとしていたのですか?」


 ヴラディスに対して覚えた違和感。

 それに関わるのではと思う疑問が自身の中にはあった。


「……本当に第1北西砦の戦姫だけで、あのベヒモスを倒したのでしょうか?」

「報告ではそのように聞いていますが」

「彼女たちが優秀であることは知っています。ですが、それでも魔獣の大群と戦った直後に倒せるとは、とても思えません」


 報告では、第1北西砦に押し寄せた魔獣だけでも5千近いと聞いている。そもそも本来なら凌ぎ切れるかどうかもわからない数だ。


 仮に勝てたとしても満身創痍であることは確実。にもかかわらず、そのあとに魔獣最強のベヒモスを倒したという。……本当に信じられない話だ。


「巷では黒曜の騎士なんて奇特な方が噂になっているそうですよ。なんでも突然現れて、魔獣を倒してくれるそうです」

「ボクも聞いたことはありますが……今回もその黒曜の騎士が対応した、と?」

「あくまで可能性の話です。そのような噂をはめればあなたも納得できるのでは、と」

「ですが、黒曜の騎士は神聖魔装も使っていないと聞いています。そんな人間が魔獣の大群だけでなくベヒモスまで倒すなんて──」


 そう口にしてから、カインははっとなった。

 突然、ある人物の姿が頭に浮かんだのだ。


「まさかロアが……?」

「あら、どうしてそう思ったのかしら?」

「い、いえ。神聖魔装を使った生徒たちをあっさりと倒していたので。それに彼の力は底が知れない感じがして……」


 ロアの本当の実力は知らない。

 だが、彼ならばおかしくはない、と。

 そう思えてしまう不思議な力を感じるのも事実だった。


 予想外の回答だったのか。

 ヴラディスがなにやら目を瞬いたのち、嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「カイン、あなたがそんなにも彼を評価しているとは思いませんでした」

「べっ、べつにボクはそういう意味で言ったわけでは! あんな野蛮で粗暴で、なにを考えているかわからない男っ」

「わたしはただ彼の強さについて言ったのですが」

「……ふぇ?」


 思わず間抜けな声を出してしまった。

 いかに自身がおかしな勘違いをしたのか。

 気づいたときには顔が熱くてしかたなかった。


「ほ、本当に違いますから! 本当ですからねっ!?」

「そういうことにしておきましょう」

「がくえんちょぉ~~~……っ」


 いまが2人きりだったことになにより感謝した。


 こんな情けない姿、ほかの教師や生徒には見せられない。ましてや彼、ロアにだけは絶対に見られたくはなかった。


「ともかく、彼はただの教師ですよ」

「……あんなにも謎の多い人間が、ただの教師とは思えません」


 学園長の知人というだけで赴任した教師だ。

 その出自だけでなく経歴すらも明かされていない。

 これまで問題になっていないことが奇跡と言える。


「それにお言葉ですが、ただの教師は生徒たちに〝あんなこと〟をさせたりはしないと思います」

「たしかにその通りですね。わたしも、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったので驚いています」

「……あの子たちは大丈夫なのでしょうか」

「今回は生徒たちから言い出したと聞いていますから……見守ろうと思います」


 すべてロアが担当する教室の話だ。

 そして彼の生徒たちはいま1人として学園にいなかった。


 教室だけでなく学生寮にすらいない。

 今朝、訓練と称して出ていってしまったのだ。


 カインは近くの窓へと歩み寄った。

 学園を囲う森林地帯を眺めながら、ぼそりとこぼす。


「本当に前代未聞です。担当教室の全員を連れて、森で生活するなんて……」



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