◆第十七話『生徒たちの決意』
「まさかベヒモスが現れるとは……ロア殿がいなければどうなっていたことか」
「まあ、昔から運みたいのはあったからな。それが上手く働いてくれたみたいだ」
第3北西砦内の通路にて。
ロアは、いましがたクルドへの戦闘報告を終えたところだった。
クルドがそばの会議室のほうへ目を向ける。
その扉の先にいるのは学園の生徒たちだ。
「彼女たちのおかげでこの砦は落ちずに済みました。あまり叱らないであげてください」
「わかってる」
クルドと別れたのち、ロアは会議室に入る。
中では、生徒たちが不安な様子で待機していた。
こちらを見るなり、全員が弾かれるように立ち上がった。
1人の生徒がおそるおそるといった様子で問いかけてくる。
「先生っ、ベヒモスが出現したと耳にしたのですが、本当なのでしょうか?」
「本当だ。まっ、運よく第1砦の戦姫が間に合って上手く処理したらしいから心配する必要はない。第2砦は半壊状態だが……人的被害も意外と少ないみたいだ」
そう伝えると、生徒たちが揃って安堵していた。
ただ1人の生徒──リシスを除いて。
彼女はずっとこちらを観察するような目を向けてきていた。
先のベヒモス戦の最中、リシスには狂人化した姿を見られてしまっていた。
あのあと、一応口止めはしたが……。
驚くばかりであまり納得していないようだった。
とはいえ、リシスのことだ。
不用意に誰かに話すようなことはしないだろう。
「さて……お前ら、なんで呼び出されたかわかってるな?」
互いの顔を見合わせはじめる生徒たち。
どうやら全員に後ろめたい気持ちがあるようだ。
誰が言いだすのかと牽制しあっている。
「先生の指示、破ったことだよね?」
誰より先に声をあげたのはシャルミンだった。
ただ、彼女らしからぬしおらしい声色だ。
「俺は待機と命じたはずだ。砦が危ないときは逃げろ、とも。なのにどうして戦闘に参加した?」
教師と認められていなくとも、この詰問には少なくない効果があったようだ。多くの生徒たちがばつが悪そうに目をそらしていた。
ただ、その中でも真っ直ぐな目を向けてくる者がいた。
「すべてはワタクシの責任ですわ」
名乗り出たのはルヴィ・クリステリアだった。
予想外の人物だっただけに、ロアは思わず目を瞬いてしまった。そんなこちらの反応を見てか、ルヴィが自身に陶酔するように話を続ける。
「ワタクシがあまりにも勇ましい姿をお見せしてしまったものだから、それに皆さんが焚きつけられてしまい──」
「なにを仰っているのですか、ルヴィさん。皆さんを焚きつけたのはわたくしです。ですから、責任はわたくしにあります」
なにやら今度はリシスが名乗り出てきた。
いったいなにがどうなっているのか。
ルヴィが顎をくいとあげ、ふふんと小馬鹿にしたように笑う。
「あら? そちらこそなにを仰っているのやら。あなたの演説では誰もついてこなかったところを、このルヴィ・クリステリアがいち早く声をあげたことで皆さんが戦う気になったのでしょう?」
「いま、あなた自身の口でわたくしが先であると明言されましたね」
「うぐっ……たしかにあなたの言葉がきっかけにはなったようですが、最後にはワタクシに皆さんが感化されて──」
頭をこすりつけそうなほど近づきながら睨みあうリシスとルヴィ。放っておいたら取っ組み合いでも始めそうな剣幕だ。
「そこ張り合うところなのかよ」
「まあまあ、2人には深い事情があるんだよ、センセー」
訳知り顔でそう口にするシャルミン。
庇いあっているといった雰囲気とも違う。
やはり張り合っているといったほうが正しそうだ。
「とりあえず誰が言いだしたかなんて問題じゃない。結局、全員が自分の意志で戦場に出たんだから一緒だ」
「いえ、ナナトリアさんだけは最後まで反対なさっていました」
リシスがそう異を唱えてきた。
当のナナトリアは目を瞬かせながらあたふたしている。
「リ、リシス様……? あの、先生違います! わたしも、わたし自身の考えで参加しました。だから──」
「わかってる。お前も悪い」
駆け寄って抗議してくるナナトリアを、そう両断して追い返した。その対応が気に食わなかったのか、リシスが眉根を寄せていた。
「……第3砦が陥落せずに済んだのはナナトリアさんのおかげです」
「こいつが頑張ったことはわかってる。だが、それとは話は別だ。お前らには等しく罰を受けてもらう」
無情な審判にリシスは納得しないだろう。
いや、彼女だけではないか。
気づけばほかの生徒からも抗議の目を向けられていた。
どうやら思っていた以上に、ナナトリアの貢献度は大きかったようだ。
ロアは思わずふっと笑ってしまった。
嬉しさもあるが、これ以上は我慢できなかったのだ。
「と、思ってたんだけどな。よくよく考えりゃ、俺がお前らを放っていっちまったのがそもそもの原因だからな。よって今回の件は不問とする」
あまりに急な転換とあってか。
生徒のほとんどがすぐには意味が理解できていないようだった。
シャルミンに至っては「え、どういうこと?」と思いきり首を傾げている。
「だから、お前らはなにも悪くない。悪いのは俺だってことだ。……本当は罰として森生活だって言ってやろうと思ったんだけどな。ま、それは次回のお楽しみにしといてやる」
そんな冗談を補足すれば、きっと一瞬にして生徒たちが息を吹き返すだろう。そう思っていたのだが、待っていたのは予想外の展開だった。
「……次回じゃ遅すぎますわ」
ぽつりとそうこぼしたルヴィ。
両手に拳を作ったさまからは悔しさが見て取れる。
「ワタクシたち、今回の戦いでなにも出来ませんでした。それどころか邪魔者扱いされて……あのような想い、2度としたくありませんわ」
「ルヴィ様の言う通りです。わたしも悔しくて、悔しくて……っ」
「ええ、わたしもこのままでは終われませんわ……っ!」
ルヴィの声に次々と同調する生徒たち。
あのお気楽なシャルミンでさえ、想いを同じくしている。
参加していないのはリシスとナナトリアぐらいだ。
嬉しい兆候だし、望んでいたことでもある。
ただ、あまりにも急で予想外な展開だ。
「え……どうしたんだお前ら? 大嫌いな森生活だぞ? 虫出るぞ? あったかい風呂もないし、飯も自分で用意するんだぞ? ちなみに素材は肉限定な? 獲物、自分で殺して血だらけになるぞ? いいのか?」
いつもなら悲鳴まじりの抗議が飛んでくる。
だが、今回はいっさいなかった。生々しい場面を連想して幾人かが青ざめていたが、引き下がる気配はない。それどころか決意に満ちた表情を返してきている。
「どこへなりともお連れになってください。ですから、その代わりにワタクシたちもナナトリアさんのように──」
ルヴィを筆頭に歩み寄ってくる生徒たち。
ベヒモスに匹敵するのではないか。
そう思うほど、いまだかつて感じたことのない圧だ。
ロアは困惑しつつ、1歩後退する。
だが、逃がさないとばかりに詰められた。
さらに生徒たちはぐいっと顔を寄せてくると、揃って声を張り上げた。
「「強くしてくださいっ!」」




