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◆第十五話『黒曜の騎士』

「ったく、次から次へと湧きやがって……っ!」


 第1北西砦前の荒野は、第3北西砦前よりもさらに広い。


 そんな場所がいまも魔獣でぎっしりと埋め尽くされていた。


 最初の報告では千を超える規模というものだったが……敵の数は増える一方。2千どころか、3千で収まる気配もない。


 そんな魔獣の大群をロアは文字通り引き裂いていた。


 得物は漆黒色で彩られた両刃の戦斧。

 魔装で生成したもので物心ついた頃から愛用している形態だ。


 1振りで屠れる魔獣は10から20体程度。

 さらに殲滅速度を上げることは可能だが……。


 これ以上となると大地を大幅に傷つけてしまう恐れがある。今後もこの地を防衛拠点として機能させるためにも、多少の手加減は欠かせなかった。


 敵の構成は大半がハウンド。

 その中にちらほらとプレデターが紛れている格好だ。

 そして──。


「ウボァアアアッ」


 戦場に響き渡る不快な咆哮。

 その声の主は、魔獣の大群の中にいても容易に見つけられるほど巨大だった。


 全長は成人のおよそ5倍相当。

 熊にも似た体格だが、頭部は人に近い。


 ただ目は腫れぼったく鼻は豚の形だ。

 腹もぽっこりと出て丸い。


 あれはギガント。

 現状、確認されている魔獣の中では2番目に危険度の高い種だ。


 ギガントは膂力の高さが特性の1つだ。


 その力は凄まじく砦の分厚い壁であっても破壊するほど。ゆえに、砦に接近する前に処理するのが最善だ。当然、いまも優先して処理しているため、壁破壊の危険はない。


 ただ、もう1つの特性が厄介なことこのうえなかった。


「ボォオオオオッ!」


 ギガントたちが周辺のハウンドを掴み、砦に向かって投擲しはじめた。


 飛行中の戦姫たちが迎撃するが、すべての空域をカバーできるわけではない。幾体ものハウンドがすり抜けていく。


 高度が足りずに壁に激突したり、あまりの勢いに落下と同時に消滅する個体もいる。だが、多くが壁上に着地と同時に動きだし、近くの兵士に襲いかかっている。


 戦姫は、それらの対応に追われている格好だ。


「まっ、最初からそのつもり、だったが──ッ!」


 ロアはたった1人で暴れつづけた。

 休むことなく魔獣を蹂躙し、その数を減らしていく。


 これまでもグレシオの要請により、救援として駆けつけることはあった。だが、これほどの数の敵を相手にしたのは初めてだ。


 それでも負ける気はまるでしなかった。

 こちらにとって脅威となる相手がまったく存在しなかったからだ。


「……ようやく落ちついたか」


 戦闘開始からまもなくして。

 ロアは周囲を見回しながら戦斧を肩に乗せた。


 まだ魔獣は北側から散発的に現れているが、この砦の戦姫で充分に対応できる数だ。もう放っておいても問題ないだろう。


「──まさか1人でほとんど倒してしまうなんて思いませんでしたわ。……ご助力、感謝いたします」


 上空から声が聞こえたかと思うや、そばに1人の戦姫が下りてきた。


 歳の頃は30前後か。

 いかにも貴族といった様子で、所作から育ちの良さが滲み出ている。


「わたくしはエルネラ・レジアード。この第1北西砦の戦姫部隊隊長を務めております。そちらは……噂の黒曜の騎士様でしょうか?」

「そう名乗ったことは1度もないんだけどな」


 グレシオから変装用にと渡された衣装が全身黒基調だったこともあり、そう呼ばれるようになってしまった。得物が黒いことも影響しているかもしれないが。


 ちなみに仮面も真っ黒だ。


「あなたのご活躍は知人の戦姫から耳にしておりますわ。まさか戦姫学園の教師だったとは思いませんでしたけれど」


 服を一瞥しつつ、エルネラが柔らかな笑みを浮かべた。


 ロアはため息をつきつつ、頭をかく。


「ま、やっぱバレるよな」

「さすがに教師服で、なおかつ徽章もついていますもの」

「あまりに急すぎてな。いつもの衣装で来られなかったんだ」

「残念ですわ。わたくし、まだ見たことがありませんでしたから」

「最近、敵さんの動きが活発化してるからな。そのうちまた機会があるだろうさ」

「そのときは仮面の下を見せてくださるのかしら?」

「さあな。っても学園にいるって知られたいま、意味はないけどな」


 たしかに、とエルネラがくすりと笑みをこぼした。


「……色々と事情があってな。これまで通り秘密ってことで頼む」

「承知しました。ほかの戦姫にも言い聞かせておきますわ。……あなた様はこれからどうなさるおつもりで?」

「第2の様子を窺いつつ、第3に戻るつもりだ。一応、これでも教師だからな」


 大半は第1砦で処理したはずが、少なくない数が第2砦や第3砦にも流れている。


 砦が危なければ逃げろとは伝えたし、仮に生徒たちが襲われるようなことがあったとしても闘気を使えるナナトリアがいれば撃退は容易なはずだ。


 とはいえ──。

 無事な姿を見るまでは安心できないのが正直なところだった。


「大事にされているのね。わたくしも、あなた様のような方に教えていただきたかったですわ」

「生徒からは不評だぜ。野蛮人って言われてるぐらいだ」

「あら、見る目がない子ばかりですのね。わたくしは好みでしてよ?」

「じゃあ編入してみるこったな」

「もうっ、無理だとわかって仰っているでしょう……っ」


 わずかに恥ずかしそうに身じろぐエルネラ。

 どうやら彼女は年齢を気にしているようだ。


 こちらは本気で言ったのだが、軽口ととられてしまったらしい。とはいえ、その点に言及するほど野暮でもない。


 ロアは戦斧の魔装を一旦解除しつつ、エルネラに背を向ける。


「さてと、そろそろ行くとするか。じゃ、あとはそっちで頑張ってくれ」

「はい。……今回助けて頂いたこと、改めて感謝いたします」


 ロアは手をあげて応じつつ、第2北西砦に向かって駆けだした。


 距離を縮める最中、空高く飛び上がった際に遠くの戦況を把握せんと目を凝らす。


 第3砦までは距離があるため、さすがに見えない。ただ、第2砦のほうはかすかに窺うことができた。


 すでに戦闘は収まりかけているようだ。

 砦前の荒野に魔獣の群れはあまり見えない。


 こちらが援軍に現れた途端、エルネラが第1砦から第2砦のほうへ戦姫を救援に向かわせていた。おそらくそれが功を奏したのだろう。


 さすが花形の第1砦の戦姫部隊長をしているだけある。食えない女だ。


 ともあれ、この様子なら第3砦も無事だろう。

 仮にまだ戦闘中だったとしても、第2から戦姫の増援が向かうはずだ。


「ひとまずこれで一安心か」


 そう呟きながら、ほっと息をついた。

 瞬間──。


 視界の中で赤黒い柱が地上から迸った。

 第2砦前の荒野だ。


 柱は見る間に太さを増し、ついには巨大な城をも呑み込むほどの極太の柱へと変貌する。そのまま柱はまるで弾けるように消滅するが、そこには巨大なナニカが残っていた。


 形状的にもっとも近いのは猪か。


 ただ、こちらの尻尾はかなり長い。ほかにも瞳が紫色に光っていたり、そり返るほどに立派な角を生やしていたりと異なる点はある。


 なにより大きく違うのは背中の表皮だ。紫色の角ばった結晶体が頭部から臀部に向かって、幾本もの筋を描くように埋め込まれている。


「おいおい、まさかこんなときに現れるのかよ……!」


 ロアは思わず苦笑いを浮かべてしまった。


 最後に出現したのは6年前と言われている。

 現状、もっとも危険度が高いとされる魔獣。


 ベヒモスだ。



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