◆第十四話『見せつけられる差』
紫色の血が四散する中、その場に立っていたのはナナトリアだった。
地面に深くめり込んだ大剣を手にしている。
どうやら先ほどの音は彼女がプレデターを地面に叩きつけた音だったようだ。
ナナトリアがゆらりと大剣を持ち上げながら、こちらを見上げてくる。その瞳は、獲物を狙う獰猛な獣を思わせるものだった。
先日、決闘で対峙したときと同じだ。
あのときのことを思い出し、リシスはとっさに身を硬直させてしまう。が、今回の彼女からは敵意をいっさい感じなかった。どうやら理性がきちんと残っているようだ。
「わたしも……守りたい気持ちは同じ、だから……っ!」
そう言い残すや、ナナトリアは咆哮をあげた。
以前に聞いたときよりも勇ましさが増していた。
魔獣を怯ますには至っていない。
だが、きっと関係ない。
きっと彼女自身を奮い立たせるものだったからだ。
ナナトリアは魔獣の群れの中を駆け巡りはじめた。その大剣が振られるたび、3体以上のハウンドが吹っ飛び、消滅していく。プレデターが現れても即座に接近し、粉砕する。
いま、彼女がこの戦場を支配している。
そう表してもおかしくないほどの戦いぶりだ。
「リシス様~、大丈夫かい? いま助けるよっ」
「シャルミンさん……お願いします」
神聖魔装を展開したシャルミンが救助に来てくれた。こちらを傷つけないよう剣で丁寧に糸を斬り裂いてくれる。
その最中、リシスはずっとナナトリアのことを目で追い続けていた。
「……すごい、ですね」
「うん、本当にすごいよね。っと、これでいいかな」
「ありがとうございます」
おかげでなんとか自由を取り戻せた。
ただ、鎧にはまだまだ糸が貼りついている。
それらを剥がしていると、シャルミンがしみじみと語りだした。
「ナナっちってさ。本当に優しい子なんだよ。だから、さっきも本当は誰よりも先に砦を守るために戦いたいって思ってたんじゃないかな」
リシスは胸が痛かった。
同時にひどく恥ずかしくなった。
この戦いに赴く前、ナナトリアに貴族であることの責任とあり方を説いたのだ。にもかかわらず、なにも出来ずに敗北。しまいには彼女に助けられてしまった。
無様としか言いようがない。
だが、ナナトリアはこちらを責めるようなことをいっさいしなかった。そればかりか、ただひたすらに魔獣を倒している。
その姿は、まさに自分がしなければならなかった行為だ。
兵士たちもナナトリアの奮戦に目を奪われているようだった。壁をよじ登ってくる魔獣が減ったのを機に、眼下の様子を窺っている。
「な、なんなんだ……あの子」
「学園の生徒、だろ……?」
「まだ学生の身で、あれだけ戦えるのか……?」
「と、ともかくこれで余裕が出来た! いまのうちに立て直すぞ!」
その後、ナナトリアのおかげで戦線は安定。大型弩が使用可能となったことでプレデターを即座に排除できるようになり、さらに殲滅速度が上がり──。
ついに魔獣の大群をさばききった。
まだちらほらとハウンドが現れるが、それも散発的。
もはや危機は去ったと言える状況だ。
「し、信じられない……俺たち生きてるのか!」
「ああ、生きてんだよ! 今日も酒が飲めるんだよ!」
「これも全部、あの嬢ちゃんのおかげだ!」
兵士たちからあがる歓声はすぐさまナナトリアへの称賛に変わった。壁上通路に戻ってきたばかりの彼女は、向けられる盛大な声におろおろしている。
「戦ったのはわたしだけじゃなくて、みんなが戦ったからで、えと……っ」
先ほどまで戦場を支配していた者とはとても思えない姿だ。リシスはくすりと笑みをこぼしたのち、ナナトリアへと歩み寄る。
「いいえ。今回の戦いは、あなたがいたからこその勝利です。誇ってください」
「……リシス様」
少しの間、きょとんとするナナトリア。
だが、次第に喜びが湧き上がってきたのか。
噛みしめるように「はい」と頷きつつ、満面の笑みを浮かべた。
そんな彼女の姿を前にしてか、リシスは胸中でくすぶっていた靄が晴れたような気がした。静かに深呼吸をしたのち、すっと頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。戦いの前、偉そうなことを言ってしまって」
「い、いえっ! 全然気にしていませんしっ、というか頭を上げてくださいっ」
促されるがまま顔を上げた。
そのおかげか、狼狽していたナナトリアが落ちつきを取り戻していた。
「リシス様のお考えは素敵ですし、わたしも、そんな風にありたいなって思っています、から。リシス様はなにも間違ってないのでっ! 謝って頂く必要なんてないですっ」
「ナナトリアさん……」
同級生とは当然ながら幼い頃からの付き合いだ。
ナナトリアのこともずっと前から知っている。
正直、いつもおどおどしている彼女が苦手だった。
自分が思い描く貴族から遠い存在だったからだ。
ゆえに、視界に入れないようにしてきた。
ただ、それが大きな間違いだったと気づかされた。
彼女なりにずっともがいていたのだ。
貴族であろうと。
……本当に、彼女には気づかされてばかりですね。
そう思いながら、リシスは見据えた。こちらへと眩しいほどに真っ直ぐな眼を向けてくる、ナナトリア・ウィンデンスのことを──。
「第1、第2ともに報告はいまだありません……!」
ふいに聞こえてきた切羽詰まった声。
見れば、クルドに1人の兵士が状況報告をしにきたようだった。
「ふむ、となると問題は第2か。援軍を送ろうにも状況がわからないと……」
「な、なぜ第1だけが……? たしかに第1の常駐戦姫は多いですが、あそこが1番多くの魔獣に襲われているはずでは」
「あ~……色々とあるんだよ。色々とな」
困惑する兵士を強引に誤魔化すクルド。
確証はないが、おそらく第1北西砦にロアが向かったからだろう。なぜそこまで確信が持てるかは不明だが……ロアとクルドのやり取りを見ていたから間違いない。
「わたくしが第2砦の様子を見てまいります」
リシスは歩み出ながら名乗りをあげた。
こちらを見るなり、クルドが困ったような表情を浮かべる。
「学生のあなたに任せるわけには……」
「このような事態です。学生であるかは関係ありません。……ご心配なさらずとも、もう先ほどのような無茶をするつもりはありません。あくまで様子を見にいくだけです。目的を果たしたあとは、すぐに戻ります」
「しかし──」
「あなたが頷かなくとも、わたくしは〝勝手に〟向かいます」
もしこの身になにかあれば、クルドの責任になってしまう。
そんな事態を避けるためにも、彼の了承を得るつもりはなかった。
早速とばかりに飛び立とうとした、そのとき。
待ってください、とナナトリアが駆け寄ってきた
「リシス様、わたしも一緒に行きます!」
「いえ、ナナトリアさんはここに残ってください。もしまたなにかあったときを考えれば、あなたがいたほうがいいでしょう」
「……リシス様」
「皆さんをお願いします。ナナトリアさん」
任されたことが嬉しいのか。
あるいは責任感から緊張しているのか。
ナナトリアはやや力んだ声で「は、はいっ」と答えた。
リシスは今度こそ飛翔した。
目的の第2北西砦へと向かいながら、わずかに下唇を噛む。
ただの偵察だ。
自分がする必要はまったくない。
この行為は、ただの自己満足から来るものだ。
しかし、いまの自分を抑えつけるには必要なことだった。
「わたくしはまだ、母のようにはなれないかもしれない。それでも……っ!」




