◆第十三話『本物の戦場』
蠢くそれらの種別はハウンドばかり。
あまりに数が多く、まるで波のようにも映った。
押し寄せたハウンドたちは勢いのまま壁に激突。
仲間を踏み台に跳躍し、鉤爪をたてながら壁をよじ登ってくる。
壁上には大型弩が多く置かれている。
だが、接近を許したいま、もはや使う余裕はないようだ。
幾体かのハウンドがあちこちの狭間胸壁から顔を出していた。涎を垂らしながら大口を開け、「グァアッ」と近くの兵士に襲いかかっている。
「くそっ、このっ」
「落ちろ! 落ちろぉおおおっ!」
剣や槍を使って懸命に迎撃する兵士たち。
いまはまだなんとか撃退できている様子だ。
ただ、それは上がってくるハウンドの数がまだ少ないからに過ぎない。敵の勢いを見れば、いずれ崩壊するのは誰の目にも明らかだ。
「も、もうこんなに来ているなんて……」
「こんなの、耐えられるわけが……!」
級友たちが揃って恐怖で顔を歪めていた。
先ほどまでの勇ましい顔はもはやどこにもない。
「あはは……これはちょっと予想以上かも」
あの楽天家のシャルミンでさえ、足をすくませていた。
戦況を目の当たりにし、狼狽えてしまってから、まだほんのわずかな時間しか経っていない。にもかかわらず、すでに悪化の兆しが見えはじめていた。
壁際の防衛線を突破し、通路に足をつけるハウンドがそこかしこで現れはじめていた。そのたびにべつの場所から援護に回り、撃退。完全に騙しだましで持ちこたえている状況だ。
「衛生兵っ、負傷者が2人出た!」
「こっちも1人! 早く頼む!」
「だ、だめだ……追いつかない!」
ついには怪我人が出はじめた。
どこを見ても血が映り込む。そんな状況に多くの級友が目をそらしたり、口を押さえたりと痛まし気な表情を見せていた。
「グァアア──ッ!」
突如として、そばの狭間胸壁からハウンドが飛び出してきた。
近くにいた数人の級友が悲鳴をあげながら倒れ込む。
もはや食われるしかないといった中、両側から駆けてきた兵士たちが槍でハウンドを一刺し。動きが止まったところでさらに1人の兵士が首を斬り落とした。
あっという間の出来事だった。
助かった級友たちが呆けながら礼を口にする。
「あ、ありがとうござ──」
「なにしてんだ、あんたら! 邪魔なんだよ!」
突然の荒々しい声に級友たちが押し黙った。
そんな中、ルヴィがむっとしながら前に歩み出る。
「ワタクシたちはあなた方に協力して差し上げようと──」
「昼間の魔獣すらろくに倒せないくせになに言ってんだ!」
「こっちは命懸けで戦ってんだ! 観光気分のお嬢様たちはさっさとどっかにいってくれ!」
そう言い残すや、兵士たちは持ち場に急いで戻っていった。
言われ放題だったが、昼間に魔獣討伐を果たせなかったルヴィにはひどく効いたようだ。反論できず、顔を真っ赤にしながら頬を膨らませていた。
「なぜあなた方がここへ!?」
そう声をあげながら1人の男が駆け寄ってきた。
この砦の指揮官を務めるクルドだ。
「ロア殿から待機するよう指示を受けたはずでしょう!」
「この砦を守るため、わたくしたちも戦うと決めました」
そう決意を伝えた直後、クルドが目を見開いた。
やがて苦々しく顔を歪めると、悔し気に話しはじめる。
「……もはや、この砦はもちません。ですから──」
「逃げろと仰るのですか?」
その問いに対して、クルドが「はい」と答えた。
穏やかな笑みを浮かべながら、こちらを見据えてくる。
「どれだけ強い力を持っていようとも、たとえ貴族の出であろうとも、あなた方はまだ子どもです。責任を負う必要もなければ、命を落とす必要もありません」
こちらの胸中をすべて見透かされているような、そんな気分に陥ってしまう。……これだから年輩者は苦手だ。
クルドと話している間、右方の壁縁からハウンドが飛び出してきた。そのまま圧し掛かるような格好でクルドをひと呑みにする格好だ。
「──神聖魔装、展開」
リシスは即座に神聖魔装を展開し、飛翔。
生成したばかりの剣を、すれ違うハウンドの口へと添える。
重い抵抗感。だが、昼間の実践で両断できることはわかっている。柄を持つ両手に力を込め、思いきり振り抜いた。
2つに割れたハウンドの身体が落下しながら消滅していく。眼下では残った血を浴びてクルドが紫色に染まっていた。
そんな彼を見下ろしながら、リシスは砦のすべてに響き渡るよう宣言する。
「それでも……それでもわたくしは戦いますっ!」
リシスは砦の外側へと翔けた。
眼下ではいまも数えきれないほどのハウンドが砦に押し寄せてきている。壁をよじ登っている個体も多く、もはや真っ黒だ。
いくら神聖魔装を展開していても、突出すれば呑み込まれるのは必至。ここは壁に取りついたハウンドを中心に迎撃していくしかない。
壁上に顔を出すハウンドの数が減れば、兵士たちにも余裕が生まれる。そうすれば大型弩による攻撃も可能となり、殲滅速度も上がるはずだ。
そう決めるやいなや、リシスは壁面に取りついたハウンドを攻撃しはじめる。
敵に跳躍力はあっても飛行能力はない。
ゆえに圧倒的有利な状況で攻撃をしかけられた。
とはいえ、壁を蹴って飛び掛かってくる個体もいる。だが、やはり相手は空中制動が出来ない身。直線的な攻撃ばかりとあって対応はたやすかった。
「さすがリシス様だわ……っ」
「ええ、わたしたちの誇りですわっ」
「わ、わたしたちも続きましょう!」
「そうですわ! そのために来たんですものっ」
ようやく級友たちも戦意を取り戻したらしい。
あちこちで神聖魔装を展開する光が輝きだす。
1人ではとても処理しきれない数だ。
これで少しは余裕ができるかもしれない。
「──リシス様、危ないッ!」
聞こえてきた、危険を報せる声。
ハウンドの対応で壁側を向いていた。
慌てて振り向いた先、視界を覆い尽くすナニカが映り込む。無数の黒糸で編まれた球のようなものだ。
反射的に回避へと体は動きはじめるが、間に合わなかった。
全身に走る重たい衝撃。ぐわんと視界が揺れる。さらに映るものすべてが線を引くように流れ──背中に再び衝撃が走った。
「くぁっ」
思わず呻いてしまう。
どうやら壁に叩きつけられたようだ。
しかも先の糸球が広がり、壁に貼りつけられている。
顔は出ているが、首より下が捕まった状態だ。
粘着質でいくらもがいても外れそうにない。
「プレ、デター……ッ」
先の糸球による攻撃。
学園で習った情報と一致する。
これはプレデターによるものだ。
見れば、荒野の中にハウンドに紛れて茸型の魔獣が接近してきていた。その姿も資料の絵と一致する。
ただ、だとすればこのあとに待っているのは最悪な未来だ。プレデターの攻撃方法は、その傘の頭頂部を開いて糸球を発射。対象を拘束したのち──。
猛烈な勢いで飛び掛かってくる。
「キシャァアアッ!」
プレデターが眼前に迫っていた。
しぼみ、膨張したのち、弾かれたように跳躍。まるで放たれた矢のごとく空に弧を描いて向かってきたのだ。
開かれた傘の頭頂部の縁には、ギザギザの歯がぎっしりと並んでいる。涎のカーテンを垂らした口内は先が見えないほど暗闇が続いている。
食われる。
死ぬ。
母のように立派な戦姫になると誓ったのに。
まだなにも成し遂げられていない。
……こんなところで終わるなんて。
そう悔しさを胸に抱きながら、まぶたを落としていく。
やがて視界が完全に黒で覆われる──。
直前、がんっと鈍い音がした。
すぐそこまで迫っていたプレデターの醜悪な姿がない。
何事かとその視線を巡らせる中、下方からとてつもない轟音が聞こえてきた。慌てて眼下に目を向けると、プレデターが弾けるように消滅する瞬間が映り込んだ。
「……ナナトリア、さん?」




