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◆第十一話『夜の語らい』

 壁上通路に等間隔で置かれた篝火。

 ぱちぱちと音を鳴らすそれらは力強く燃え盛り、辺りを明るく照らしている。


 おかげで夜でありながら目的の人物──。

 リシスを見つけるのにそう苦労しなかった。


 狭間胸壁の凹部分に両腕を乗せた格好で、彼女はなにかを見つめている。


「どこを見てるんだ?」

「夜空を眺めているだけです」


 そのわりに目線はあまり上向いていない。

 ただ、その点に言及するような〝野暮〟はしなかった。


「隣いいか?」

「嫌ですと言っても意味がないのでしょう?」

「よくわかってるじゃねえか」


 そう答えながら、ロアは隣の凸部分に飛び乗った。

 そのまま足を外側に投げ出す格好で座る。


「……意外でした」


 しばらく無言の間が続いたあとのことだ。

 リシスがこちらも見ずに、ぽつりとそう呟いた。


「なにがだ?」

「食堂での一件です」

「……見てたのか」

「てっきり囃し立てるものだと思っていました」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「野蛮で粗暴で、喧嘩っ早い人です」

「喧嘩っ早いってのは初対面で斬りかかってきた奴らには言われたくないな」

「それはあなたがっ! ……はぁ、もういいです」


 声を荒げたかと思えば、呆れたようにため息をつくリシス。


 夜であっても彼女の表情は容易に窺えた。

 篝火さまさまだ。


 こうして他愛ない話をするも悪くはない。

 だが、ここに来たのは話したいことがあったからだ。


「昼間の訓練、お前はあれでいいと思ってるのか?」

「なにも問題はないはずです。どのように倒せとも指示されていませんでしたから」


 口振りからして、なにを指摘されたか自覚はあるらしい。その上で言っているのだから本当に厄介な生徒だ。ロアは肩を竦めたのち、リシスの顔をじっと見る。


「どうしてそこまで急ぐ?」

「べつに急いでいるつもりはありません」

「目を見て言え」


 そう命じても、リシスは頑なに応じなかった。

 彼女は遥か先を見つめながら、わずかに眉根を寄せる。


「……わたくしは立派な戦姫にならなければならないのです。この国を守るため、命を賭して戦った母のように」


 強い意志のこもった声だった。

 ただ、同時に悲しさや悔しさといった感情も垣間見えた。


「システィナ・オルクレールか」

「……なぜ母のことを?」

「戦姫と言や、最初に名前が挙がる人なんだから知っててもおかしくないだろ。こんなに頑固な娘がいるとは知らなかったけどな」


 そんな軽口を付け足したからか。

 不快だとばかりに睨まれてしまった。

 だが、構わずに話を続ける。


「約6年前、第1北西砦に突如として現れたベヒモス相手に勇敢に戦い、救援が来るまで持ちこたえてみせた。ほかの戦姫が倒れた中、たった1人で」

「そこまで知っていながら、〝どこを見ていたのか〟なんて訊いてくるあたり、本当に意地の悪い人ですね」

「いまさらだろ」

「ええ、たしかにそのとおりでした」


 リシスが見ていたのは第1北西砦だ。

 とはいえ、ここからでは第1どころか第2北西砦も見えない。


 ただ、それでもリシスは見据えつづけた。

 母であるシスティナ・オルクレールの最期を迎えた場所だから、と。


「気持ちはわかる……と言いたいところだが、そういうのはそいつだけのもんだからな。わかるわけないよな」

「では、試しに話してみてはいかがですか?」

「それで俺を探ろうって魂胆なのは丸見えだぞ」

「野生の勘とは厄介なものですね」

「お前はわかりやすすぎるんだよ。良くも悪くもな」

「……あなたからそのように言われるのは、とても不愉快です」


 そう口にしたリシスの頬がほんの少しだけ膨らんでいた。


 ここまであどけない表情を見たのは、もしかすると初めてかもしれない。彼女に気づかれないよう、ロアはふっと笑みをこぼした。


「ま、べつに説教したいわけじゃないんだ。ただ、お前を見てると、どうしても放っておけなくてな。なんか昔の俺を見てるみたいでな」


 言いながら、ロアは夜空を彩る星々を見つめた。


 視線をそらしたからか、まるで入れ替わるように今度はリシスがこちらを見てきた。なにか言いたそうな空気だった。だが、それを待つことは出来なかった。


「あれは……戦姫か」


 夜空に紛れる形で映る人影。

 その背に見える翼から、戦姫であることがすぐにわかった。


 なにやらこちらに向かって飛んできている。


「……アイラ先輩?」

「知ってるのか?」

「え、ええ。一昨年、首席で卒業された方です。常駐戦姫として第1北西砦に配属されていたはずですが……」

「様子がおかしいな──って」


 急に戦姫──アイラの飛行がふらつき始めた。

 そのまま壁上通路へと急降下してくる。


 ロアは立ち上がって急いで落下地点へと走った。そのまま落下してくるアイラを抱きとめ、すぐに寝かせる。


 あちこちから血が流れている。

 呼吸も頼りない。

 深刻な状態であることは間違いなさそうだ。


「おい、そこの! すぐに衛生兵を呼んでくれ! それからクルドも!」


 近くの兵士にそう叫ぶと、すぐさま応じてくれた。クルドを呼んだのは最悪の事態を想定してのことだ。


 少し遅れてリシスが駆け寄ってきた。

 そのまま近くに屈みこむなり、悲痛な顔でアイラに声をかける。


「アイラ先輩!」

「第3に、うちの生徒が……来ているとは聞いていたけど……まさかあなたと会えるなんて、ね……うっ」


 傷のせいか、訥々としか話せないようだった。

 そんな姿を前に、リシスが痛々しいとばかりに首を振る。


「いったいどうして、こんな……っ」

「い、いきなり魔獣がたくさん現れて……それで1番若いわたしが、伝令にって……」


 言い終えるなり、アイラが大きく呻いた。

 息もか細く、いまにも気を失いそうだ。

 だが、まだ終われないと口を動かそうとしている。


「先輩、もう喋らないほうがっ」

「……確認、しただけでも……千を超える、規模……プレデターも、ギガントも、多数……かく、にん……っ」


 言い終えるや、目を閉じるアイラ。

 そこから荒々しく胸を上下させるだけになった。


「よく報せてくれた。お前は立派な戦士だ。あとは任せてくれ」


 その声が届いたかはわからない。

 ただ、わずかに呼吸が穏やかになったような気がした。


「ロア殿!」


 この声は指揮官のクルドの声だ。

 どうやら衛生兵も一緒のようだった。


「第1砦に大量の魔物が現れたらしい! 確認済みの数でおよそ千! プレデター、ギガントも確認したそうだ! 規模からして第2に流れていてもおかしくない! おそらく遠くないうちにこっちにも流れてくる! すぐに対応を頼む!」


 状況を報せている間に、クルドたちが近くまで辿りついた。


 衛生兵が手際よくアイラの容体を確認したのち、医務室へと運んでいく。最中、肩で息をするクルドが問いかけてくる。


「あ、あなたはどうなされるのですか?」

「救援に向かう。第1の戦力ならそう簡単に落とされないとは思うが、敵の増援がないとも限らないからな」


 了解しました、と頷くクルド。


 いましがたのやり取りを見てか、そばのリシスから「どうしてあなたが?」といったような目を向けられていた。


 無理もない。

 教師としての領分をあまりに逸脱しているからだ。


 しかし、それに答えている暇はない。

 ロアはリシスへと強めの語調で告げる。


「お前たちは待機だ。ただ、危なくなったら砦からすぐに逃げろ。いいな?」

「なぜです!? わたくしは戦姫です。いま、戦わずしていつ戦うというのですかっ」


 その心意気は立派だ。

 しかし、忘れてはならないことがある。


「お前はまだ戦姫じゃない。ひよっこは戦わなくていいんだよ」

「ですが──」

「ほかの奴にも言っとけ。いいか、勝手な真似はするなよ」


 抗議の目を向けてくるリシス。

 納得していないことがありありと伝わってくる。

 だが、いまは丁寧に説得している時間はない。


「クルド、こいつらのことを頼む」

「わ、わかりました」

「それじゃ、行ってくる」


 言うや、ロアは駆け出した。


 最後までもの言いたげなリシスの目が脳裏に焼き付いていたが、振り切るように跳躍した。そのまま壁上から飛び下り、砦の外に着地。目的の第1北西砦へ向かってひた走る。


「ったく、こんな格好じゃ変装もくそもないな……だがっ」


 腰に提げたポーチからイヤリングを取り出した。それを走りながら取りつけたのち、指先で弾く。


 キンッと響く甲高い音。

 応じて顔が仮面で覆われる。


 魔装の一種で、王からの要請で動く際につけていたものだった。


 ただ、今回は教師服姿だ。

 学園のものとあって見る者が見れば1発でわかる。


 だが、敵の数が数だ。

 ここで参戦しないわけにはいかない。


「やるしかないだろ……っ!」



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