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◆第十話『身分と立場』

 いったいなにがあったのか。

 少し先ではシャルミンとナナトリアが驚いて足を止めている。


 ロアは彼女らを追い越し、食堂へと踏み入った。


 砦の規模からして当然だが、とにかく広い。

 おそらく100人が同時に入れるほどだ。


 夕食時とあって、いまも食事中の者は多かったが、騒ぎの中心を見つけるのはたやすかった。誰もがその場所に目を向けていたからだ。


「いま、なんと仰いましたの?」

「べつになにも言っていませんが。もしなにか聞こえたというのなら気のせいではありませんか、お嬢様」

「こちらも見ずに、なんて態度……無礼とは思いませんの!?」


 座って食事中の兵士に向かって金切声をあげる1人の生徒。


 生徒の名はルヴィ・クリステリア。

 いつも甘ったるい香水の匂いをふりまいているため、いやでも名前を覚えてしまった。


 ほかには深紅のリボンつきカチューシャや、それで髪を留めてあらわにした額。シャルミンほどでないが低めの身長が特徴的だ。


 彼女は伯爵家の娘で教室内でもとくに気位が高い。またリシスに次ぐ影響力もあり、いまもそばには2人の生徒を侍らせている。


 先ほどから彼女たちはルヴィの声に「そうですわ!」とたびたび同調しては騒がしくしている。


 ロアはため息をつきつつ、騒ぎの場へと顔を出した。


「なにがあった?」

「この男がワタクシに酷いことを……!」

「パンが硬いだの、果物はないだの。味がついてないだの。しまいには家畜のような食事なんて言い出したから、〝なら食べるな〟って言っただけだ」


 この会話だけですべてを察してしまった。


 間違いない。

 悪いのはルヴィのほうだ。


「ワタクシはただ思ったことを口にしたまでですのに、そのようなことを言われるなんて……」

「そうですわ!」

「ルヴィ様はなにも悪くありません!」


 憤慨するルヴィに、取り巻き2人がまたもや大げさに同調する。彼女らは声をあげるたび、居合わせた駐屯兵から睨まれていることに気づいていないのか。


 大物なのか。

 ただのバカなのか。


 そんなことを考えているうち、事態は予想していたとおりになってしまった。1人の女兵士がガンッと食器を机に叩きつけたのち、弾かれるようにして立ち上がった。


「あたしらはそれを食って日々生きてんだよ! なのに、あんなにけなされて……怒るなってのが無理があるだろ!」


 怒りに満ちた顔で大声をあげはじめる。

 その剣幕に圧倒され、唖然とするルヴィ。

 だが、すぐさまはっとしたのちに眉を吊り上げる


「なんて口の利き方っ! あなた、ワタクシの家をご存じでして!?」

「知らないね! どこぞの有名な貴族だとしても、あんたのことなんてなにも知らないよ! なんだよ、権力を振りかざして罰するのか!? じゃあ殺しなよ! 剣を貸してやるからさ、ほらっ!」


 鞘から剣を抜き、眼前に放り捨てる。

 からん、と音をたててわずかに跳ねる剣。

 それを前にして、ルヴィがわずかに動揺する。


「ワ、ワタクシはべつにそこまでは……っ」

「出来ないよな!? 魔獣討伐すらろくに出来ないお嬢様にはね!」

「……どこまでもワタクシを愚弄してっ」


 昼間の訓練中、ルヴィ班が討伐した魔獣の数は3。

 誰が倒したかは正確に把握していないが……。

 おそらくルヴィは1体も倒していないのだろう。


 相手の女兵士もそれを知ったうでの挑発だったようだ。おかげでルヴィも下唇を噛みながら、わなわなと震えることしか出来ないようだった。


「そこまでだ」


 軽い殴り合い程度の喧嘩なら見逃すつもりだったが、目の前で行われているのはあまり気分のいいものではない。ロアは間に割って入ったのち、剣を拾って女兵士に返す。


「よ、ようやくワタクシの正しさを理解したのですね。さあ、先生。戦姫学園の教師として、この方々に身分の違いというものを教えて差し上げ──」


 なにやらルヴィは自身の加勢に入ったと勘違いしているようだった。だが、あいにくとそんなつもりはない。むしろ立場的には逆だ。


 ロアは女兵士に向かって深めに頭を下げる。


「俺の生徒が悪いことをした。すまない」

「な、なにをしているんですの……?」


 後ろから聞こえてくるルヴィの驚いた声。

 だが、構わずにロアは頭を下げたまま話を続ける。


「こいつらには俺から言って聞かせる。だから、俺の顔に免じて許してくれ」

「あ、ああ……」


 こちらの態度には相手の女兵士も面食らっているようだった。困惑したまま、周囲の兵士とともにそばから離れていく。


 それにあわせて騒ぎで収まっていた喧噪が蘇りはじめた。途端、はっとなったルヴィがこちらを睨みつけてくる。


「どうして謝るのですかっ!? 悪いのはあちらで──きゃっ!」

「ちょっと来い」


 ロアはルヴィの手首を掴み、強引に食堂の外へと連れ出す。


 途中、取り巻きから「ルヴィ様をどこに連れていくつもりですか!?」やら「放しなさい、野蛮人!」と罵声のごとく抗議されたが、ひと睨みして黙らせた。


 ひと気のない場所まで連れ出したのち、解放する。と、ルヴィが先ほどまで掴まれていた手首をさすりながら、ぎりっと睨んでくる。


「こ、こんなところに連れ出して、いったいなんのつもりですのっ……!?」


 自覚がないとはなんと恐ろしいことか。

 こうなったのは彼女だけの責任ではない。

 だが、それでも言わずにはいられなかった。


「お前たちが持ってる立場ってのは、お前たち自身が勝ち得たもんじゃないだろ。そんなもんで偉ぶってもなんの説得力もないってことをお前はよく知る必要がある」

「……なにを仰っているのか、よくわかりませんわ」

「仮に正しい立場だったとしても忘れちゃならないことがある。それはお前らが彼らに〝守ってもらってる〟ってことだ。……最低限の敬意は示せ」


 いずれ立派な戦姫となれたなら、多くの者を守る側となる。


 だが、ルヴィたち生徒はまだ戦姫ではない。

 兵士たちのおかげで平和を享受している身。

 ゆえに、相応の敬意や感謝をもって接するべきだ。


 しかし、その考えはまるで伝わっていないようだった。

 ルヴィが自身の胸元に手を当てながら、眉をひそめる。


「敬意と仰られても……ワタクシは伯爵家であるクリステリアの娘です。彼らよりも身分は上で──」

「いいな?」

「は、はい……」


 ルヴィが気圧された様子で、こくりと頷いた。


 一種の脅迫だ。


 こんなもの、教育でもなんでもない。

 だが、それでも命を賭けて国を守ろうとする者たちを貶めるような考えを持ってほしくはなかった。


 無理矢理だったとはいえ、最後には頷いてくれた。

 そのことに関しては正当に評価しなくてはならない。


 ルヴィの頭にぽんと掌を乗せたのち、ロアは無言でその場をあとにした。


 あんな騒ぎのあとだ。一緒に来たナナトリアたちには悪いが、食堂に戻るのは少し時間を置いてからがいいだろう。


「ったく、こんなしょうもない話は今回だけにしてくれよ」


 そう愚痴りながら、廊下を歩いているとき。

 階段を上がっていく1人の生徒の姿を見かけた。


 ──あれは……リシスか?


 生徒の部屋はここより上階にはない。

 いったいなにをしにいったのか。


 監督責任という名目を振りかざしつつ……。

 ロアは好奇心に突き動かされるがまま、彼女のあとを追うことにした。



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