◆第八話『魔獣』
砦の外側はしばらく荒野が続いている。
元は森林だったが、北部が魔獣の棲み処となって以降、少しずつアスフィール王国の兵士が伐採した。すべては魔獣の侵攻を視認しやすくするためだ。
ただ、森林の名残があるうえ、小さな丘陵もそこかしこに見られる。そのため、完全に視界が晴れているわけではなかった。
「しかし、例年とは大幅に内容を変更していますが、良かったのですか?」
「問題ない。学園長から好きにやっていいって許可はもらってるからな」
ロアは指揮官のクルドと砦の外側に出ていた
生徒たちも集合し終え、後ろで待機中だ。
「って、来たみたいだな」
正面から5人の兵士たちが姿を現した。
彼らの手には鎖が握られ、その先では真っ黒な4足の獣が繋がれている。
外見的には狼がもっとも近いか。紫色の目を光らせながら、獰猛な牙を覗かせた口から涎をぼとぼとと垂らしている。
首以外に4足を鎖で繋がれた格好とあってか、獣はほぼ引きずられた格好だ。そんな扱いに憤慨するように、獣は「グルル……ッ」と呻き声をあげている。
「ほとんど傷つけずに持ってきたのか。やるな」
「第3とはいえ、日々相手にしていますからね」
自身の部下を褒められたからか。
クルドが誇らしげにそう答えた。
「ど、どうして魔獣が……っ」
「わたし、初めて目にしましたわ……」
後ろで待機中の生徒たちから怯える声があがっていた。
彼女たちが言うとおり、あの獣は魔獣と呼ばれるもので間違いなかった。今回の実地訓練に際して、まずは直に目にしながら魔獣について話そうと考えたのだ。
「あの、事前に聞いていた話と違うようですけれど……」
「実物を前にしたほうがよく覚えられるだろ?」
生徒にそう答えると、魔獣が威嚇するように咆えはじめた。このままでは騒がしくて話が出来ない。
ロアは魔獣に近寄ったのち、その首を上から右手で掴み、押しつけた。どんっと響く鈍い音。頭部を強く叩きつけられたからか、魔獣は呻きつつも大人しくなった。
「少し黙ってろ。さて始めるぞー」
何事もなかったかのように淡々と声をあげる。
それが異様な光景に映ったのか、生徒だけでなく居合わせた駐屯兵も唖然としていた。少し居心地は悪いが、気を遣う必要もないので構わずに話を始める。
「魔獣は大まかに4つに分類されていることは知っているな? ナナ」
「は、はい。危険度の低い順からハウンド、プレデター、ギガント……ベヒモスです」
「正解だ。じゃあ、これはなんだ?」
「ハ、ハウンドですっ」
「そう。そしてこの第3北西砦で対応することになるのは大半がこのハウンドだ。その理由については……誰か答えられるか?」
そう問いかけながら、生徒たちの顔を見回す。
簡単な問題にもかかわらず、誰も答えようとしない。
どうやらまだ魔獣を前にしてこわばっているようだ。
と、思いきやシャルミンが「はいはーい!」と
「ここよりも北部に位置する第1、第2砦がほとんど処理しちゃうからです。こう、扇形に段々になってるんですよね」
「そのとおりだ。ただ、いまシャルが言ったように処理できるのはほとんどですべてじゃない。当然ながら漏れも出てくる。それに第1、第2砦の視認範囲を外れる形で大周りしてくる個体もいたりする」
死角になっている場所は少なくない。
砦の監視が見逃すのも無理はない状況だ。
「だから、必ずしもハウンドしか来ないってわけじゃない。当然、ここにもプレデターやギガントが来る可能性は充分にある」
いまもこの場に来る可能性を示唆したからか。
生徒たちの幾人かが顔をこわばらせた。
「ま、プレデターはまだしもギガントなんてそうそう出てこないし、ベヒモスに至っては何年も現れてないみたいだけどな」
「そうですね。第1のほうでも6年前に見かけたきりだったはずです」
クルドが思い出しながら相槌を打ってくる。
ほとんど現れないことを直に聞いたからか。
先ほど怯えていた生徒たちが揃ってほっとしていた。
「じゃ、魔獣と砦の基本的な知識を話したところで……次は魔獣の殺し方について話すぞ。どうすれば効率よく殺せるか。誰か答えられる奴はいるか?」
これも簡単な問題だ。
誰か答えないかと視線を巡らせたところ、1人が恐る恐る口を開いた。
「く、首を斬り落とすのが1番だと以前に習いましたわ」
「正解だ。じゃあ、やってみろ」
「……え」
生徒が戸惑ったようにきょとんとする。
最中、ロアは魔獣の首から手をどかした。
「どうした、早くしろ」
「でも…………きゃっ」
再び咆えだした魔獣を前に、先の生徒が驚いて後ろに倒れ込んでしまった。
周りの兵たちが鎖をさらに強く引っ張るが、それでも魔獣は暴れつづける。そんなさまを前に、先の生徒は完全に恐怖に呑まれてしまっていた。
「大丈夫ですかっ、ああ、お可哀想に」
「ひどいですわ、あんないきなり……っ」
「これだから野蛮人の考えは理解できないのよ……」
怯える生徒にほかの生徒たちが寄り添って慰めはじめる。連動して多くの生徒から責めるような目と声が、こちらに幾つも向けられた。
「いや、お前ら戦姫になるんだろ? これぐらい出来ないとダメだろ」
ただの娘相手ならまだしも、彼女らは戦うことを選んだ、あるいは選ばされた身だ。
いずれ魔獣とは必ず戦う。
ならば、いまのうちに殺し方を学ぶことはなにより重要だ。
「わたくしが代わりに実践します」
そう声をあげたのはリシスだ。
すでに魔獣の前に立ち、やる気満々といった様子だ。
本当は無理矢理にでも先の生徒にさせたかったが……。
これ以上、反感を買うと今後に響くかもしれない。
ロアは大きくため息をつく。
「まあいいか。んじゃ、やってみろ」
「……はい」
そう返事をしてから、リシスの動きはまるで無駄がなかった。
魔装から剣を生成し、魔獣を見下ろす。
その冷徹な目を前に魔獣も自身の最期を察したようだ。
必死に抵抗せんと咆え続ける。
だが、リシスは躊躇することなく剣を振り下ろした。
すっと剣が振り抜かれてからまもなく──。
とん、と静かな音を鳴らして魔獣の頭部が落ちた。
切断部から紫色の血を垂らしながら、ころんと転がる。
生気が失われたように目は白くなっている。
また騒がしかった咆哮も聞こえてこない。
しまいには身体がぼやけ、煙のように消えていく。
残ったのは魔獣が流した紫色の血のみ。
いま、この瞬間に魔獣が死んだのだ。
──リシスの剣によって。
「さすがだな。下がっていいぞ」
そう伝えても、リシスはすぐには振り返らなかった。
さすがに思うところがあったのか。
魔獣を屠った剣を一瞬だけ見つめていた。
わずかに手も震えているようだ。ただ、彼女は感情を打ち消すように剣を消し、ほかの生徒たちが並ぶ列へと戻っていった。
生徒たちは初めて魔獣の死に立ち会ったからか。
あるいは、その凄惨な姿に恐怖しているのか。
いまだ放心気味だったが、ロアは構わずに話を続ける。
「ちなみに、ほかの部位でも多くの傷を負わせれば殺せる。だが、攻撃回数が増えるってことは接近する回数も増えるってことだ。つまりその分だけこっちが危険にさらされる。いいか、死にたくなけりゃ首を狙え。未熟なお前らは特にな」
そう教えたのだが、多くの生徒には届いていないようだった。彼女らの意識はまだ死んだ魔獣のほうへ向いているらしい。
「ってことで今日は日暮れ前まで6人1組の班で魔獣退治の実戦を行ってもらう。分け方は……ちょうどいいし、馬車に乗った奴らで組め」
その言葉でようやく正気に戻ったようだ。
生徒たちが困惑した様子で慌てはじめる。
「実戦って聞いてないんですけど」
「俺が見学だけで済ませると思ったか?」
生徒たちが揃って押し黙った。
どうやらある点においては、とても信用されているようだ。
「心配するな。お前たちだけじゃ心配だからな。彼らにも協力を頼んでる。班ごとに3人ずつついてもらうぞ。ってことで、よろしく頼む」
「「はっ」」
協力してくれる兵たちがびしっと敬礼する。
こちらは一介の教師だというのに、やけに従順で思わず困惑してしまった。間違いなく指揮官のクルドの指示だろう。その証拠にクルドの口元がわずかに歪んでいた。
ただ、兵たちが守るべき相手。
生徒たちの反応は最悪極まりなかった。
「ですが、兵の方々って神聖魔装もないのでしょう?」
「……ついてこられるのかしら?」
「お前らな……」
たしかに基本的な戦闘能力は神聖魔装を使える生徒たちのほうが遥かに上だろう。だが、ここの駐屯兵のほうが魔獣相手の戦闘は慣れている。
現時点では連携面も含め、圧倒的に駐屯兵のほうが優秀だ。
「協力者の言うことはちゃんと聞けよ! いいか? これは命令だ! 違反した奴は帰ったら俺と2人っきりの楽しい森生活に連れていくからな!」
「そ、それだけは絶対にいやですわ……っ」
「あの野蛮人と2人きりで過ごしたとお父様に知られたら……もう生きていけませんわ」
この世の終わりだとばかりに絶望しはじめる多くの生徒たち。そんな中、ナナトリアがひとり苦笑していた。
「あはは……えと、わたし、それをこなしてきたんだけど……」
「強く生きな、ナナっち」
なにはともあれ、予想以上に効果があったらしい。
個人的に思うところはあるが……。
これで勝手な真似をする生徒はいなくなるはずだ。
ロアは全員の顔を見回したのち、荒々しく叫ぶ。
「それじゃ行ってこい!」




