◆第七話『砦の環境』
「ようこそ、戦姫学園の皆様方。第3北西砦はあなた方を歓迎いたします」
馬車から降りると、10人の駐屯兵に出迎えられた。
代表者の男は老獪さを垣間見せつつも柔らかな空気を纏っている。後方でぬくぬくと生活する将校とは違い、歴戦の強者といった面構えだ。
「自分はこの砦の指揮官、クルド・ジャノールです」
「担当教師のロアだ。よろしく頼む」
指揮官──クルドとロアは握手を交わした。
その間、互いに示し合わせて声を潜める。
「……まさかあなたが来られるとは」
「出来ればただの知人ってことで頼む」
「承知しました」
国王直々の命で協力者として訪れたことがある。
その際、この砦で唯一変装を解いて挨拶した間柄だった。
「にしても指揮官自ら出迎えとはな」
「相手が相手ですからな」
そう応じつつ、苦笑いすら見せないクルド。
面の厚さはさすがだが、声音から忙しさが滲み出ていた。
「では皆さん中へ。まずは部屋へご案内いたしましょう」
◆◆◆◆◆
砦の中へ入ったまではよかった。
だが、そこからの生徒たちの態度が最悪だった。
「ひっ、蜘蛛の巣がっ」
「もう少し片付けをなさったほうがよろしいのでは?」
「こんなところで人が生活しているなんて信じられませんわ……っ」
そう愚痴をこぼしまくる始末。
あまりに遠慮がないため、ほかの兵にも聞こえている。
当然、良い反応をされるはずもなく、鋭い眼で応戦されている。無言で済んでいるのは間違いなく生徒たちが貴族だからだ。
まもなくして、真っ直ぐに伸びた廊下に出た。
両側には短い間隔で木造扉がずらりと並んでいる。
「こちらが皆さんに寝泊まりして頂く部屋となります」
「ってことだ。好きなとこ使え」
廊下から選んだ部屋を覗き込む生徒たち。
と、あちこちから悲鳴が聞こえてきた。
「こ、これはさすがに狭くありませんこと?」
「すごく埃っぽいのですが……けほけほっ」
「それになんだかカビ臭いですわ!」
いくら甘やかされてきたとはいえ、そこまで言うのだ。
さぞかしひどい部屋なのだろう。
ロアは試しに近くの部屋を覗いてみる。
たしかに人が2人並んで寝られる程度と狭い。
その中に寝台が1つと、小さな机と椅子が1組置かれている。
清潔感に関しては最低限といったところか。
それでも雨風は凌げるし、彼女らが嫌う〝森生活〟よりは快適な場所だ。
「贅沢言うな。これでも砦ん中じゃ良いほうなんだからな」
「そうは仰いましても……うっ、なんですの、いますごく酸っぱいニオイが……!」
「それは外れかもしれんな」
前の使用者によって清潔感に多少の違いがあるかもしれない。
だが、先にも言ったとおり砦暮らしではマシなほうだ。むしろ個室であることをありがたがってもらいたいところだ。
しかし、そんな思いに反して聞こえてくる愚痴の声はまったくやむ気配がない。まるで怨念のように廊下が暗い声で満ちはじめた、そのとき。
リシスの凛とした声が廊下に響き渡る。
「みなさん、今日だけの辛抱と思って、この苦難をともに乗り越えましょう」
「リシス様がそう仰るなら……」
「え、ええ。なんとか堪えてみせますわ……」
さすが教室の親玉だ。
生徒たちを見事に一声で諌めてしまった。
さらにリシスは自らの言葉を体現せんと1つの部屋に率先して入っていった。
……のだが、すぐさま中から「む、虫!?」と慌てる声が聞こえてきた。さらに響く甲高い音。間違いなく魔装で剣を展開し、仕留めた音だ。
「みなさん、どうかなさったのですか?」
リシスが廊下の様子を窺いに戻ってきた。
その素振りは何事もなかったと言いたげだ。
当然、生徒の誰もが目をそらしながら沈黙で応じていた。
なにはともあれ、部屋に対する愚痴は収まった。
早速とばかりにロアは声を張り上げる。
「じゃー、お前ら。部屋に荷物を置いたら外に集合だ! いいな!?」
「そんな……ついたばかりではありませんか」
「わたくし、長旅で疲れてしまったのですけれど……っ」
幾人かの生徒からすかさず飛んでくる抗議の声。
ほかの生徒も多くが同じように目で訴えかけてきている。
「遊びに来たわけじゃないんだぞ。ほら、さっさと準備しろっ」
断固として応じない姿勢を見せたからか、どれだけ抗議をしても無駄と悟ったようだ。生徒たちが渋々といった様子でようやく部屋に入っていった。
「なかなか苦労なさっているようですね」
そばで静観していたクルドがそう口にした。
ロアはため息をつきつつ、肩を竦める。
「ま、それなりにはな。あんたには面倒をかけるかもしれない。ってもうかけてるか」
「自分は問題ないのですが……」
クルドが困ったように視線をわずかにそらした。
その先を辿ると、同行する駐屯兵たちの姿が映り込んだ。
彼らは総じてその瞳に怒気を宿している。
無理もない。
生徒たちが散々貶めた砦は、駐屯兵たちが暮らしている場所だ。しかももっと劣悪な部屋をあてがわれている。彼らからすれば生徒たちの言い分は我儘以外のなにものでもない。
さらに言えば、兵たちは魔獣を相手に日々戦っている。いわば、彼らによって生徒たちは守られているようなものだ。
身分の都合はあれど、そんな〝守ってあげている〟相手に尊大な態度をとられれば誰でもいい気はしない。
駐屯兵たちの感情は近いうちに爆発するだろう。
いま、そのわだかまりを抑えつけようと思えば出来なくはない。だが……。
──すべてはあいつらのためだ。
そう胸中で思いながら、ロアは駐屯兵たちの瞳をあえて見なかったことにした。




