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◆第六話『馬車の中』

 迎えた2日後。

 目的地の第3北西砦へ向けて出発していた。


 移動手段は馬車だ。

 6人ずつの5班に分かれて乗っている。


 ロアはそのうちの1つ。

 ナナトリアとシャルミン班の馬車に同乗していた。


 幌付きの荷台の中、足を放りだして座っている。

 生徒たちは対面する席に腰かけた格好だ。


「なんにもありませんのね」

「このような場所で人が暮らせるのでしょうか」


 外の光景を目にしながら、生徒たちが顔を顰めていた。


 すでに目的の砦がある地。

 クードリット領に入っていた。


 国内では辺境に位置する場所とあって、華やかさとは無縁の光景が続いていた。代わりに映るのは緑豊かな森や平原。畑や放牧地。小さな集落がたびたび目に入るぐらいだ。


「……わたしのところは、こんな感じだよ」

「苦労してらっしゃるのね、ナナトリアさん」

「そ、そうでもないけどね。食べ物は美味しいし、のどかでいいところだよ」


 悪気のない級友の言葉に、苦笑しながら応じるナナトリア。


 個人的にもこの景色は嫌いではない。

 ただ、似たような光景ばかりで飽きてきたのが本音だ。


 ロアは足を外に投げ出したまま後ろに寝ころぶ。


「少し寝る」

「センセー、だらしなーい」


 言いながら、つんつんと頬をつついてくるシャルミン。

 そんな姿を見てか、ほかの生徒たちが恐る恐る疑問を口にする。


「シャルミンさん、さ、触って大丈夫ですの?」

「大丈夫大丈夫。噛まれたりしないよ」

「その、病気になったりとかは……」

「このセンセーだよ? 菌がついても逆に死滅してそうじゃん」

「……お前ら、俺をなんだと思ってるんだ」


 やり取りに思うところはある。

 だが、シャルミンの遠慮のない態度が他生徒の警戒心を薄めたようだ。


 こわばりつつも、人差し指でつんつんと腕や脇腹、太腿をついてきた。触るたびに「きゃっ」やら「ひっ」と小さな悲鳴をあげはじめる。


「わたくし、お父様以外の男性に初めて触れてしまいました……っ」

「お、思ったより硬いんですのね」

「腕なんて丸太みたいですわ……」

「男の方って、みんなこうなのかしら?」

「ないない。センセーがおかしいだけだよ」


 シャルミンがくすくすと笑いながら答える。

 たしかにほかの男よりも体を鍛えている自信はあるが、随分な言われようだった。


「なんだかこうしていると、あんまり怖くありませんわね」

「ええ。最初は近づいただけでも怖気が走りましたのに」


 徐々に好奇心が上回ってきたようだ。最初は指先しか使わなかった彼女たちだが、いまでは掌でぺたぺたと色んなところを触っている。


 髪の毛を摘んだり、引っ張ったり。

 胸板の厚さを測ったり。


 そのたびに興奮したような声をあげている。


 同じ人間であることを証明するためと少しは我慢するつもりだった。だが、遠慮がなくなってきたこともあり、次第に鬱陶しくなってきた。


「そろそろ終わりにしないと噛んでやるぞ」

「や、やっぱり獣ですわっ」


 悲鳴をあげて慌てて手を引っ込める生徒たち。

 そのさまを見て、シャルミンが盛大に笑っていたのは言うまでもない。


 お触り会が終了してから、少し経った頃。

 1人の生徒が難しい顔をしながらぽつりとこぼす。


「そう言えば砦ってお風呂はあるのかしら」

「さすがにあるでしょう。人が暮らしているのですし」

「あ、わたし香油を忘れてしまいましたわ。どうしましょう……っ」

「あたしの貸したげるー。ドルナ商会からもらったやつだから質は保証するよっ」

「ドルナ商会のって……とても手に入りにくかったはずでは」

「うちの商会と昔から付き合いがあるからねー。こっそり譲ってもらえるんだ」


 なんとも女性らしい会話だ。

 ただ、その緊張感のなさが少し気になった。


「お前ら、完全に旅行気分だな。目的を忘れるなよ」

「でも、実際は現地の兵士さんが付き添ってくれて、あたしたちはほとんど手を出さずに済むんだよね?」

「わたしもそう聞いてます。だから、見学に行くようなものだって」


 シャルミンに続いて、ナナトリアがそう言ってきた。


 ロアは思わず「マジかよ」と口にしてしまう。

 とはいえ、緊張感がない理由にも思い当たる節はある。


「まあ、たしかにあそこで見かける魔獣は最弱のハウンドだし、そんな感じになるのも仕方ないっちゃ仕方ないか……」

「もしかして先生、行ったことあるんですか?」


 そう訊いてきたのはナナトリアだ。

 ロアは「ああ」と頷いて話を続ける。


「昔に1度だけな。結構古いが、造りはしっかりしてるし、良い雰囲気のところだ。部屋数も多いし、たぶん全員個室をあてがわれるんじゃないか」

「……個室は当然ではなくて?」

「ええ。相部屋なんて考えられませんわ」

「本当に可愛くないな、お前ら」


 一介の兵士であれば4人以上が1部屋に詰められてもおかしくはない。自分たちがどれだけ恵まれているかを少しは自覚してもらいたいところだ。


「あ~、そうそう。思い出したが、あそこ浴室はあるが、水浴びできるぐらいで大した設備はないぞ。浴槽はおろか、湯も出なかったはずだ」

「そんな……っ!」


 ナナトリアやシャルミン以外の生徒たちが絶望していた。


 1人にいたっては「それではまるで家畜小屋ではありませんかっ」と口にしている始末。……彼女のような価値観を持つ者にこそ、森生活をぜひとも味わってもらいたいものだ。


「っと、ついたみたいだな」


 馬が緩やかに足を止めた。

 ロアは跳ね起きるようにして、そのまま外に出た。


 振り返って後ろ向きで歩きながら見上げる。


 視界一杯に映り込むのは大きな石造砦。


 城のように高く、横幅に至っては端が見えないほど。所々が風化したように欠け、年季を感じる外観だが、備える存在感はまるで失われていない。


 魔獣の棲み処と成り果てた北方の地。

 そこからアスフィール王国を守る重要拠点の1つ。


「ここが第3北西砦。今日と明日の2日間、お前たちが世話になる場所だ」



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