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◆第五話『魔神大戦』

「──太古から存在する魔獣や魔人といった魔族たちは、この大陸では北部を主な生息地とし、たびたび南下しては人間に害をなしてきた。そして、いまから約15年前。それまで姿を現さなかった魔神が突如として出現。自ら魔族たちを率いて進軍を開始した」


 淀みなく、流暢な話し方だからか。

 聞こえてくる声が子守歌のように聞こえて仕方なかった。


 ロアは教室の隅で椅子に座り、担当教室の授業を見学していた。


 教壇に立っているのは同僚であり、男装教師のカインだ。


 教師となるにあたって座学は免除してもらっていた。知識はそれなりにあるが、教えられるほどの弁舌を持っていないからだ。


 ただ、今回に限っては学園長から直々に見学するよう命じられ、いまに至る。


 ちなみに今回の授業内容は、この世界の歴史。

 正直、子どもでも知っている内容だ。


 しかし、要所で深いところに着目しているからか。

 稀に興味深い解釈が聞けたりと得られるものはあった。


「これに対抗して動いたのは、当時もっとも近かったガルディアント王国だ。しかし、魔族軍はおよそ百万というとてつもない数を誇っていた。まともにやりあっては勝てないと判断したガルディアント軍は、少数精鋭での魔神討伐作戦を決行。これに成功した。俗に《血の行軍》と言われるものだね」


 ──血の行軍。


 魔族の流した血が、ガルディアントの首都から魔神まで一直線に伸びていたことが由来だ。当時、まさに川のように彩られた大地はひどく凄惨な光景だったと言われている。


「聞くところによると、その精鋭部隊は百人にも満たなかったという。対して魔族軍は数百万。本来であれば、ありえない話だ。しかし、ガルディアント王国にはそれを可能とする力があった。ミス・フリード、なにかわかるかな?」


 カインの指名を受け、シャルミンが「はーい」と立ち上がる。


「ガルディアント王家に伝わる秘術。《狂人化(ベルセルク)》です。王家の血を与えることで、相手はすごい力を得られるとか」

「そのとおりだ。座っていいよ。……さて、いま答えてくれた《狂人化》だが、とても恐ろしい力だったとされている。一度発動すれば、敵とみなしたものすべてを排除するか自らが死ぬまで止まらない、と」


 その代償を聞いた途端、生徒たちが息を呑む。

 無理もない。

 まさに名称どおりの狂人そのものだからだ。


「いずれにせよ、彼らのおかげで魔神討伐はなされた。だが、犠牲はあまりにも大きかった。その少数精鋭の部隊は全滅。そしてガルディアント王国の都市や街が魔族の残党に襲われ──ついにはガルディアントという国そのものがなくなってしまった」


 痛ましいとばかりに目を瞑るカイン。

 生徒たちも倣うように表情を陰らせる。

 まるで追悼しているかのような重い空気だ。


「本当に間抜けな国だよな」


 ロアはしみじみとそうこぼした。


 静寂の中とあって間違いなく全員の耳に届いたことだろう。その証拠に多くの者が信じられないとばかりに目を見開いていた。


「いまの発言、どういうおつもりですか?」


 そう詰問じみた声をあげたのはリシスだ。

 まるでいまから決闘に臨むかのような剣幕で睨んできている。


「どうもなにも思ったことを言っただけだが」

「撤回してください。ガルディアント王国が立ち向かってくれたからこそ、世界の平和は守られたのです。彼らに敬意こそ払っても、貶めるようなことは決してあってはなりません」


 本当に真っ直ぐな目だ。

 だからこそ、危うさが際立って見えて仕方なかった。


「大戦の前、対魔神を見据えた会議が行われたことは知ってるな?」

「アスフィール王国、ガルディアント王国、スィラン神聖王国と魔神の脅威に近い国々が集まって行われた3国会議のことですね」

「そう。だが、その場での交渉は決裂した。なぜかはわかるか?」

「各国が己の保身に走り、兵や物資を出し惜しみしようとしたからであると──」

「違う」


 ロアは短くそう遮った。

 リシスだけでなく、ほかの生徒たちもざわめいている。


 教えられてきたことを否定されたのだ。

 無理もない反応だろう。


 生徒たちがいまだ動揺している中、ロアは構うことなく話を継ぐ。


「自分たちなら勝てる、と。当時のガルディアント王……ゾア・レグルス・ガルディアントが差し出された手を払いのけたからだ」

「……そのような話、聞いたことがありません」

「ここには書いてないみたいだからな。ま、仕方ないだろ」


 ロアは膝の上に置いていた書物を手の甲で小突きながら言った。


 横目でカインの様子を窺ったが、わずかにばつの悪そうな顔をしていた。


 彼女はヴラディスの親戚だ。

 おそらくは知っていたのだろう。

 それでも話していないとなれば国ぐるみで秘匿しているのか。


「ですが、国の存亡がかかっているのに、そのようなことをするはずが……」

「するんだよ。なにしろガルディアントの戦士は脳みそまで筋肉な奴らだからな」


 偉くなりたいなら。

 女にモテたいなら。

 金持ちになりたいなら。


 なによりも肉体を鍛えることが近道となる。

 ──力こそがすべての世界最強の軍事国家。


 ガルディアント王国とは、そんな国だ。


「で、結果は知ってのとおり。王の誇りとやらのせいで民は死に、国は滅んだ。これが〝間抜け〟以外のなんだって言うんだ? 協力してれば国民だけでも死なずに済んだかもしれないってのにな」


 ガルディアント王国は、並の人間では1日で登れないほど高い霊峰ルーカンサスを背にしている。そんな環境とあって魔族軍の強襲から逃れる術はなかった。生き残りがほとんどいないのも、そうした理由があってのことだ。


「……仮にその話が本当だったとしても、アスフィール王国がガルディアント王国に守られたことは事実です。アスフィールの国民として先の発言を見過ごすわけにはいきません」


 変わらず抗議の目を向けてくるリシス。

 ただ、最初よりもその瞳は揺れていた。

 先の〝事実〟を聞いたことで、いくらか心に迷いが生じたようだ。


「相変わらず貴族様は矜持を守ることに必死なようで」

「わたくしは、そのようなつもりで言ったわけでは──」

「お、落ちつくんだ、きみたち! 議論をするならあくまで冷静にっ」


 カインが大声をあげて割って入ってきた。

 気づけば生徒の多くが呆気にとられてしまっている。

 ロアは息を吐きながら肩をすくめた。


「俺たちはいたって冷静だぜ。なあ、ミス・オルクレール?」

「……ええ、そのとおりです。カイン先生、ご心配をおかけいたしました」

「な、ならいいんだけど……」


 腑に落ちない様子で視線を往来させるカイン。


 先の議論に熱が入っていたのは事実だ。


 しかし、リシスが〝停戦交渉〟を受け入れてくれたおかげで事なきを得られた。やはり優等生とあって大事にするのはよしとしないようだ。


「相変わらず仲良しだねえ、おふたりさんは」


 シャルミンがぼそりと呟いた。

 かなり小さい声だったが、リシスにしっかりと届いたようだ。


「なにか仰いましたか、シャルミンさん?」

「い、いえなにもっ!? ねー、ナナっち」

「えっ、ど、どうしてわたしに振るのっ? え、えと……喧嘩するほど仲が良いって聞いたことがあります……」


 悪意のないナナトリアの言葉は、いまのリシスにはひどく突き刺さったようだ。なんとも言えない顔で耳まで赤く染めている。


 しまいにはなぜかこちらを睨んできたので、「らしいぞ?」とからかうと、いままでにないほどの鋭い眼を向けられた。


 瞬間、授業終了を報せる鐘が鳴った。

 収拾がつかなくなってきたこともあってか。

 カインが助かったとばかりに安堵していた。


「ちょ、ちょうどいい頃合いだったね。そうそう、以前から話していたとは思うけど、実地訓練の時期がやってきました。この教室の出発は2日後だから各自準備を怠らないようにね」


 その言葉に生徒たちは揃って騒ぎはじめた。

 聞こえてくる声からは不安や期待と様々な感情が見て取れる。


 では、と言い残して教壇をあとにするカイン。

 そのまま廊下に出ようとする彼女を呼び止め、問いかける。


「さっき話してた実地訓練ってなんだ?」

「あ~、そういえばきみにはまだ話していなかったね。この時期の最上級生が決まって行ってるんだけど……第3北西砦で実戦を経験してもらうんだ」

「実戦ってことは、まさか」


 現在、アスフィール王国は他国と戦争状態にない。

 つまり実戦となれば、対象となる相手は1つ。


 カインが「そう」と頷いたのち、真剣な顔で告げてくる。


「──相手は魔獣だ」



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