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◆第四話『1人の時間』

「本当に信じられません……っ」


 リシス・オルクレールはそう苛立ちを吐きだした。


 ここは中庭の隅。

 低木で区切られ、ほかの場所から死角となっている場所だ。


 人目につきにくいこともあり、1人になりたいときに訪れていた。


「あんな……あんな恥辱を受けるなんて……っ」


 つい先ほど食堂でからかわれたところだった。

 頬についてもいないパンくずがついている、と。


 思わず手で触ってたしかめてしまった。

 ほかの生徒からはさぞ滑稽に映ったことだろう。

 それもこれもすべてあの野蛮人教師のせいだ。


 先日の件だって忘れていない。

 頭を撫でられたときのことだ。


 リシスは頭にそっと右手を置いた。

 無遠慮で、ひどく荒い撫で方だった。

 それこそ整えた髪がぐしゃぐしゃになるほどに。


「……それに、あんな子ども扱いっ」


 そう口にしてはっとなった。


 ただ、相手を辱めることしか考えていないあの男に憤りを感じているだけだ。決して子ども扱いをされて怒ったわけではない。これではまるで──。


 これ以上、あの男のことを考えるのはよそう。

 そう自身に言い聞かせたものの、ある疑問が頭から離れなかった。


 先日、決闘後に訪れた学園長室でのことだ。

 偶然にも聞こえてきたロアと国王グレシオの親密な会話。


 あのロアという男は、学園長だけでなくグレシオとも深い関係にあるようだった。あの桁外れの強さはもちろん、やはりなにか秘密があるのは間違いない。


 ただ、秘密を探るにしても国王から聞き出すことは難しい。身内とはいえ、そう易々と話せるような相手ではないからだ。


 となれば、やはり学園長から聞き出すのがもっとも現実的か。


「見ていらっしゃい。すぐに尻尾を掴んでみせますから……っ」

「──それって俺のことか?」


 ふいに頭上から声が聞こえたかと思うや、目の前に人が降ってきた。


 リシスは思わず「きゃっ」と声を出して後ろに倒れ込んでしまう。尻をつきながら見上げた先、そこに立っていたのは予想どおりの人物──野蛮人教師のロアだった。


「あ、あなたはどうしていつもそう……っ」

「悪い悪い。脅かすつもりはなかったんだが」


 言いながら、手を差し出してくる。


 思わず借りてしまいそうになったが、手を引っ込めた。自分だけの力で立ち上がり、尻についてしまった汚れを軽く叩き落す。


 一方、ロアは行き場を失くした手を残念がることもなく、あっさり引いていた。


 こちらの些細な抵抗をまるで気にしていない様子だ。大人の余裕というものをふんだんに感じ、余計に腹立たしさが湧き上がってくる。


 そんなこちらの心情なんて知らないとばかりに、ロアが話を切り出してきた。


「さっき怒っていっちまっただろ。だから謝ろうと思ってな」

「……どういう風の吹き回しですか? 言っておきますが、わたくしはナナトリアさんやシャルミンさんのように懐柔されたりはしませんから」

「頑固なのも面白いが、そう眉間に皺寄せてばっかだと疲れるぞ」

「誰のせいだと思っているのですか……っ」


 これまで学園で怒ることはそうなかった。

 だが、この男の前ではいつもこの調子だ。

 平穏だった日々を返してほしい。


「いまは忙しいので邪魔をしないでいただけるかしら」

「1人でぶつぶつと喋ってるだけなのにか?」

「それはっ」


 やけにタイミングよく現れたと思ったが……。

 どうやらずっと見られていたらしい。


 顔が焼けるように熱い。

 こんなに恥ずかしい想いをしたのは初めてだ。


「わ、わたくし、これから行くところがありますので……失礼致します」

「ヴラディスの婆さんならいまいないぞ」

「うぐっ」

「お、当たったか。言ってみるもんだな」


 すでに背を向けているため、彼の顔は見えない。

 ただ、その表情を想像するのはひどく簡単だった。


「大方、俺がどうして国王と仲がいいのかを訊こうとしてたんだろ?」

「どうしてそれを……」


 思わず振り返ってしまう。

 慌てて口を噤んだが、もう遅かった。

 ロアがにやりと意地悪く口の端を吊り上げる。


「やっぱあのとき結構聞いてたんだな」

「た、たまたま聞こえてしまっただけで、そんなつもりは……っ」

「べつにいいけどな」


 なにもやましいことはないと言いたげだ。

 ただ、こちらの追及の目を前にしてか。

 ため息をついたのち、ロアが話しはじめる。


「おっさんとはたまたま知り合ってたまたま意気投合しただけだ。お前が探してるような面白いネタはなんもないぞ」

「そんな話で納得しろと仰るのですか?」

「いまはそれだけで我慢しろ」

「いずれ話してくださる、と?」

「お前が強さを求め続けるのならな。俺としちゃ、やめとけってのが本音だが」


 言っている意味がまったくわからない。

 ただ、それをいますぐに理解する機会は与えられなかった。


「たしか次はカインの授業を見学……だったな。んじゃ、俺は先に戻ってるぜ」

「待ってください。まだ話は──」


 終わっていない、と。

 そう言い終える前にロアは目の前から消えた。


 その場で彼が跳躍したのだと気づけたのは頭上から聞こえてきた「きゃあっ」という悲鳴のおかげだ。


 見上げた先、3階の窓から校舎内に入っていくロアの姿を捉えられた。先の悲鳴は、いきなり現れたロアに驚いた生徒のものだろう。


 何度見ても獣のような動きだ。

 本当にいったい何者なのだろうか。

 謎に包まれてばかりでまるで想像がつかない。


 ただ、この胸中の疑問を晴らすためにも。

 この学園から追い出すためにも。

 彼の正体を暴くことをやめるつもりはいっさいなかった。


 リシスはぐっと両手に拳を作りながら、人知れず宣言する。


「絶対に突き止めてみせますから……っ」



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