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◆第三話『学園一の愉快な美少女②』

 紹介を終えた女生徒──。

 シャルミンはやけに得意気だった。

 なにやら物欲し気な顔でちらちらとこちらの様子を窺ってくる。


「わかった。学園一の美少女だな」

「え、えっ。ちょっと真面目に返されると困るんだけど……そこはもっとこう、お前が学園一とか笑えるなとか、自分で言うなよとかあるじゃん?」

「いやいや、お前は正真正銘、学園一の美少女だ。自信を持っていい」

「ちょっとぉっ! もうやめてよっ! あたしが悪かったから~っ」

「お前面白いな。学園一の愉快な美少女ってことでどうだ?」

「……美少女は外してくれないんだ」

「だからそれに関しては自信を持てと──」

「もう学園一の愉快な美少女でいいです……」


 騒がしく声を荒げたかと思うや、しょんぼりしたりと忙しない生徒だ。表情もころころと変わるし、〝学園一の愉快な美少女〟の称号はしばらく安泰で間違いないだろう。


「シャルミンか……ってことはシャルだな」

「うぇっ、いきなり愛称とか……攻めてくるじゃん」

「長いのは面倒だからな」

「なんて淡泊。照れたのが恥ずかしくなるよ……」


 言いながら、盛大にため息を吐くシャルミン。

 そんな彼女にナナトリアが緊張気味に主張する。


「わ、わたしもいきなりだったよ。ナナって」

「ナナっちはナナっちって感じだしね」

「え、それも初めて呼ばれた気がするけど……」

「そうだっけ? じゃあ、今度からナナっちね」


 ナナトリアが「う、うん」と戸惑い気味に頷く。

 強引に押し切られた格好だが、なにやら嬉しそうだ。


 友達が少ないというナナトリアのことだ。

 親しそうに見えても、実際はあまり交流がない相手だったに違いない。


「にしてもお前、ほかの奴と違うな」

「あ、やっぱりわかっちゃうかな? この溢れ出る色気っていうか──」

「いや、そうじゃなくて」

「うぐっ、少しぐらいノってくれてもいいじゃん~っ」


 なんとも騒がしくて愉快な生徒だ。


「貴族らしくないってことだ」

「だって貴族じゃないし。あたし、商人の娘です」


 言って、自身を指差すシャルミン。

 どうやら貴族でないのは当たりだったようだ。


「フリード商会って知らないかな?」

「聞いたことあるな。たしか衣類全般を主に取り扱ってるところだろ? あとは王国兵の武具もたしかいくらか買い付けてたな」

「よく知ってるね」

「ま、そっち関係は少しな」


 たまに国王直々の依頼を受けて軍に協力している身だ。

 その辺りの話は少なからず耳にする機会があった。


「で、商人の娘がどうしてこんなところにいるんだ? 義務はないだろ」

「ねじ込まれました。お金で。爵位があると色々と商売もしやすくなるからねー」

「活躍して戴こうって考えか。けど、それならどっかの貴族に嫁入りでもしたほうが早い気もするが。っていうかフリード商会なら縁談なんて腐るほど来てるだろ」


 ナナトリアのウィンデンス家を見てもわかるとおり、貴族だからと金を持っているわけではない。


 フリード商会ほどの財力があれば、取り込もうと接触する貴族がいてもおかしくないはずだ。


「お察しのとおりなんだけど……うちの財産を根こそぎ奪おうって魂胆が丸見えの人ばっかりなんだよねー」

「だからって娘をここに入れるのもどうかと思うが」

「ま、ぶっちゃけて言うと、うちのお父さん、なんだかんだであたしのこと大好きだから結婚を先延ばしにする理由が欲しかったのかも」

「愛されてるんだな」


 結局は我が子可愛さか、と。

 そんなことをしみじみと思いながら、ロアはふっと笑みをこぼした。


 途端、シャルミンが感嘆したような声を漏らした。なにやら、ぽかんと口を開けながら目を瞬かせている。


「いまの……いまの顔! もっとみんなにも見せたほうがいいと思う! そしたらみんなもセンセーのこと、もっと受け入れてくれるはずだよ!」

「なんだ、いきなり……」

「ね、ナナっちもそう思うよね?」


 忙しなく矛先を変えるシャルミン。

 突然のことにナナトリアもたじたじになっている。


「え、えっ? うん。それはわたしもずっと思ってるよ。先生、言葉遣いも荒いし、ちょっと下品なところもあるけど……すごく優しいから。そういうところを見せればって」

「うわぁ……なんか説得力あるっていうか心がこもってるっていうか。もう顔が──」

「わ、わぁっ! わたしはただ、先生を尊敬してっ」


 ナイフとフォークを持ちながら、両手をぶんぶんと左右に振るナナトリア。間違いなく〝はしたない〟振る舞いだが、どうやらいまはそれが気にならないほど焦っているらしい。


「それで森に入る覚悟をさせられるなら安いが」

「それはまたべつの話でしょー」

「だったら無理にする必要はないな」

「ざーんねんっ」


 シャルミンが続けて「勿体ない」とこぼす。

 結局、適当な気持ちで森に入っても意味はない。

 仮に入ったところで、なんの成果も得られずに終わるのがオチだ。


「そういえばセンセーってどこ出身なの? 喋りとか雰囲気からしてアスフィールのだいぶ上っぽいけど」

「わ、わたしも気になりますっ」


 シャルミンの質問に、ナナトリアも食いついてくる。

 本来は出身地なんて隠す必要もないことだが……。

 いまのところ望み通りに答えるつもりはなかった。


「推察どおりだ。ここよりは上から来た」

「うわ~、思いきりぼかされた。じゃあじゃあ、学園長のツテで来たっていうけどどういう関係? ストーカーじゃないってことは理解したけど」


 話題の飛ばし方もあっちこっちと忙しない。

 ただ、賑やかなのは嫌いではなかった。

 ロアは骨周りの肉を豪快にかっくらったあと、勿体ぶるように答える。


「そうだな……少なくともお前たちが思ってるよりは深い関係だ」

「ひぁ~~~ッ!」


 直後、興奮したような声をあげるシャルミン。

 ただ、彼女だけとは思えないほどそれは大きかった。


 気づけば、多くの生徒たちが周囲に集まっていた。相変わらず一定の距離は置かれているが、話の内容は気になるらしい。ほぼ全員が聞き耳をたてている状態だ。


 そんな彼女らの代表者としてシャルミンは間違いなく適任だった。恐れ知らずの彼女は身を乗りだしながら、さらに好奇心丸出しの目を向けてくる。


「それって歳の差恋愛って奴!? でも、さすがに離れすぎじゃ──」

「いい女だったら年齢なんて関係ないだろ?」


 その瞬間、悲鳴にも似た声があちこちからあがった。ナナトリアだけは俯いて「年齢なんて関係ない……!」と呟いていたが、多くは興奮している様子だ。


 あれだけ野蛮人と罵っていた相手の話だというのに、こうも盛り上がれるとは。やはり年頃の女にとって、こういった類の話は大好物らしい。


 周囲に集まる生徒の数は、いまも増え続けていた。

 ただ、その膨張は一瞬にして収まった。


 ある生徒──。

 リシス・オルクレールの来訪によって。


「これはいったいなんの騒ぎですか?」


 あまりに透き通った声質だからか。

 それは広い食堂中に響き渡った。


 リシスがテーブルのそばまで来ると、無言で睨みを利かしてきた。シャルミンとナナトリアが重い空気に耐えかねてか、恐る恐るといった様子で口を開く。


「えと……これは、その~」

「わたしたちは食事をしていただけで……」

「それだけで、このような騒ぎになると仰るのですか?」


 言うや、リシスが周囲に視線を巡らせる。


 相変わらずほかの生徒から一目置かれているというか、畏怖されているようだ。集まった生徒たちが目をそらしながらそそくさと散っていく。


 そんな光景を他人事のように観察していると、今度はリシスの鋭い眼光がこちらへと向けられた。


「仮にも生徒を導く立場にあるあなたが、率先して規範を乱すような行為をしてどうするのですか」

「お、ついにお前も俺を教師だって認めてくれたか」

「仮にも、が聞こえませんでしたか?」


 どうやら完全に認めてもらえたわけではないらしい。

 と、リシスの視線が再びシャルミンとナナトリアに向けられる。


「あなた方も、この学園の生徒としての自覚を持ってください」

「は、はい……」

「……ごめんなさい」


 素直に謝罪する2人。

 そんな彼女らを前に、リシスが人知れず小さなため息をこぼしていた。


 誰かを怒るなんて嫌われる役回りだ。

 それを彼女は率先して行っている。

 おそらくは自身が公爵家の娘であるという責任からだろう。


「なあ、真剣に話してるところ悪いが、1ついいか?」

「……なんですか?」


 きょとんとするリシスに、ロアは自身の右頬を指でさし示しながら伝える。


「お前、頬にパンくずついてるぞ」

「えっ」


 慌てて手を頬に持っていく彼女。

 だが、なかなか見つからず次第に焦りはじめる。

 そんな彼女に向かって、ロアは一言。


「冗談だ」

「────ッ!」


 リシスが身を硬直させながら顔を真っ赤に染めた。

 さらに眉根を寄せながら思いきり口を開く。


 そのまま激しく罵倒してくるかと思いきや、堪えるように口を閉じた。ただ、代わりに人でも射殺せるのではと思うほどの目を向けてきた。


 最後に一睨みしてきたあと、彼女は背を向けて去っていく。


 相変わらず姿勢正しく足音も律動的だ。

 ただ、不思議と怒気がありありと伝わってきた。


「あちゃ~、あれは完全に嫌われたね」

「……先生ってやっぱり意地悪だよね」


 担当生徒の中でも数少ない懐いてくれた2人──ナナトリアとシャルミン。そんな彼女たちから、思いきり呆れられてしまった。


 個人的にも最悪のタイミングだったとは思う。

 ただ、あのときは空気を変えるべきだ、と。


 本能的にそう感じてしまったのだ。


 ──仕方ない、か。

 そう胸中で折り合いをつけ、ロアは立ち上がった。



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