◆第一話『前途多難』
「よーし、お前ら。森に行くぞ」
翌朝、担当教室にて。
ロアは開口一番に生徒たちへそう告げた。
きっと激しく抵抗されるだろう。
そう思っていたのだが、生徒たちの反応はまるで違った。
「予想していたとおりですね……」
「所詮は獣ですもの。考えることがわかりやすいですわ」
どうやらナナトリアを森に連れていった前例が、奇しくもほかの生徒たちに心の準備をさせたらしい。険しい顔を見せつつも、混乱している様子はなかった。
聞こえてくる悪態はともかくとして。
これは思っていたよりも上手く事を進められるかもしれない。
と、1人の生徒が手を挙げて問いかけてくる。
「あの、先生? 出発はいつ頃になるのでしょうか? もし行くとしても一度宿舎に戻りたいのですが。その、色々と準備もありますし」
「なに言ってんだ? いますぐに決まってるだろ」
瞬間、生徒たちが一気に動揺しはじめた。
目を絶望の色に染め、「そんな……っ」とこぼしている。
「ではどこでティーセットを用意すれば……」
「わたし、覚悟して焼き菓子を造っておきましたのに」
「それより森の中でどうやって寝るのかしら」
「枕を持っていくぐらいは構いませんよね?」
顔を見合わせ、不安を伝播させていく。
どうやら彼女らの〝心の準備〟はとてつもなく脆いようだった。
「全部却下だ却下。なんでもかんでも持ってったら意味ないだろ」
「意味はありますわ!」
「ええ、すべて必要なものです」
あちこちから飛んでくる抗議の声。
やはり最終的にはこうなるようだ。
「相変わらず騒がしい奴らだな……最悪、全裸で行ってもらってもいいんだぞ」
「な、なんて破廉恥な……っ」
「やはりわたくしたちの体が目当てだったんですわっ」
「野蛮人……これだから、男を入れるなんてっ」
どうやら脅しは逆効果だったようだ。
さらに抗議が激しくなった。
いや、これは抗議というより罵倒か。
「み、皆さん。慣れたら森生活もそんなに悪くありませんよっ」
そう声をあげたのはナナトリアだ。
森生活唯一の経験者とあってか。
ほかの生徒たちが揃って耳を傾けている。
「ベッドは草で造るから寝心地は悪いし、水浴びは壁もなくて恥ずかしいし冷たいし、どこにいても虫は目にするし。あと食糧のお肉を調達するとき、体に血がついてちょっと怖かったりするけど、すぐに気にならなくなると思いますっ」
端的だが、森生活がよくわかる内容だ。
おかげでほかの生徒たちもその日々を想像できたらしい。
揃ってとても嬉しそうに顔を歪めている。
「し、信じられません……っ」
「あぁ……わたし、眩暈がしてきましたわ……」
青ざめたり、吐き気を堪えようと口を押さえたり。
中には気を失う者まで出はじめていた。
そんな反応を目にしたナナトリアがあたふたとしはじめる。
「え、え? 大丈夫ですよっ。辛いのは最初だけで──」
「ナナトリアさん、あなた苦労していたのね」
「ちがっ、わたしはそんなつもりで言ったわけじゃっ。先生ぇ~、なんだか違う方向に話が……っ!」
しまいには同情され、憐れまれるナナトリア。
初めこそ虚を突かれたが、結局は想定内の展開だ。
全員を強引に森へ連れていくこともできなくはないが、それでは意味がない。
どうしたものかと解決策を考えていると、妙な視線を感じた。
最後列右端の席に座る、リシスだ。
いつもなら誰より先に抗議してきそうなものだが、今日の彼女はまだ一言も喋っていない。
「今日は大人しいんだな。具合でも悪いのか?」
「いいえ。ただ、状況を見守っているだけです」
昨日、決闘で敗北したことで落ち込んでいるのかと思いきや、そういうわけではないらしい。猜疑心にまみれた目でじっとこちらを見ている。
「まあいいか。普段の実技はどんなことをしてる?」
「……なんですか、いきなり」
「前任者を参考にしようと思ってな」
「今更とは思いますが、殊勝な心がけですね」
リシスにとっては予想外の回答だったらしい。
彼女は目をぱちくりとさせていた。
その後、「わかりました」と満足気な表情で説明を始める。
「まずは基礎体力の向上をはかる訓練を行い、それを終えれば武器を使っての訓練。姿勢や型等の確認ですね。最後に実戦を想定した模擬戦といった流れです」
「じゃ、いまからそれでもやっててくれ」
「……え、はい?」
リシスが話す際、ほかの生徒は決まって静かにする。
そうしたこともあってリシスがこぼした困惑の声は室内によく響いた。
ロアはそれに対し改めて答えることはしなかった。
教壇から離れ、そのまま教室をあとにする。
と、背後から扉の開く音がすぐに聞こえてきた。
「どこに行くのですかっ!?」
どうやらリシスが追いかけてきたらしい。
たっぷりと怒気のこもった声が飛んできた。
「ん? ああ、森に行くだけだ」
ロアは足を止め、振り返りながら答える。
途端、リシスがその綺麗な眉を逆立てた。
「あなたはまた……っ! 教師としての務めを放棄するのですかっ!?」
「赤ん坊じゃないんだ。大して複雑でもない訓練に俺が付き添う必要なんてないだろ」
「剣の振り方1つとっても細かく教えられることがあるでしょう」
「1発目から俺の授業を拒否した奴らが素直に聞くと思うか?」
「それは森に行くなんてバカげたことを仰るから──」
「じゃ、そういうことだから頼むな」
「お待ちなさい! ちょっとっ!」
背を向けてからも、しばらくリシスの声が聞こえてきていた。
昨日、〝おかしなことをしたら断罪する〟なんて言っていた彼女のことだ。剣の1本や2本ぐらいは飛んでくると思っていたのだが、結局、最後までなにもなかった。
「さて、どうしたもんかな」
静かになったところで虚空へと呟く。
正直、生徒たちの相手はわずらわしいと思う気持ちが大半だ。しかし、恩人であるヴラディスから頼まれた手前、投げ捨てるわけにはいかない。
それにヴラディスが生徒たちを〝切り札〟として見ているのなら、それに応える義務が〝この身〟にはある。
ロアはいま一度、大きなため息をついた。
そばの窓を開け放ち、外へと飛び下りる。
「ま、狩りでもしながらのんびり考えるか……!」




