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◆第二十一話『断罪の剣』

 かつかつと足音をたてながら、リシスは廊下を歩いていた。


 最悪の気分だった。

 それこそ、いままでに味わったことがないほどだ。


「わたくしが……あの野蛮人に……っ」


 この体がロアに抱きかかえられたという。

 考えただけでも身の毛がよだってしまう。


 だが、運んでもらった事実は変えられない。

 本当に嫌で嫌で仕方ないが、礼だけは言う必要がある。


 まもなくして目的の学園長室前に辿りついた。

 ロアが呼び出されていたという話をナナトリアから聞いたためだ。


 早速とばかりに扉を小突こうとする。

 が、そこではっとなった。


 学園長室に押しかけてまで言うことだろうか、と。

 そもそも学園長の前で伝える必要がない。


 頭に血がのぼっていたからか、完全に失念していた。


 ここはロアが出てくるまで待つのが懸命だ。

 そう判断し、立ち去ろうとしたとき。

 中から聞こえてきた楽しそうな話し声に、思わず足を止めてしまった。


「あの野蛮人と学園長。それに、この声は……」


 何度も聞いたことがあるので間違いない。

 アスフィールの国王グレシオのものだ。


 この場にいるはずがないので通信具を使っていることはわかる。だが、国王であるグレシオがロアと親し気に話していることが理解できなかった。


 あの男は本当にいったいなにものなのか。

 そんな疑問を抱きながら、さらに耳を傾ける。


 どうやらグレシオが期待できる生徒をロアから聞き出しているようだった。その答えとして、ロアが挙げたのはナナトリアだ。


 彼が唯一、教えた生徒だ。

 わかりきっていた答えだ。

 ……なにも悔しいことはない。


「もう1人いる。リシス・オルクレールだ」


 胸中がわずかな苛立ちを覚えた、瞬間。

 その言葉は聞こえてきた。リシスは思わず「わた、くし……?」と自身の耳を疑ってしまった。


「あんなにもわたくしのことをバカにしていたのに……あの野蛮人はいったいなにを考えて……」


 どうやらヴラディスも意外に思っていたようだ。

 その理由を訊いていたが、予想外のものが返ってきた。


「──可愛い子ほどってやつだ」


 頭が真っ白になった。

 なぜそんな理由が出てくるのか。

 まるで意味がわからなかった。


「わたっ、わたくしが……か、かわっ、可愛い……?」


 幼い頃はよく言われたことがある。

 ただ、学園に入る頃にはもう言われなくなった。


 いまでは贈られる称賛は〝美しい〟ばかり。

 そんな中、久しぶりに耳にした〝可愛い〟。


 そう、ただ意表を突かれただけだ。

 いまも動揺してしまっているのは、そのためだ。


「あ~、悪い。ちょっと待ってくれ」


 ふと会話が不自然に遮られた。

 間には扉があるのに視線も感じる。


 まさに野性を体現したかのようなロアのことだ。

 もしかすると、こちらの存在に気づいたのかもしれない。


 リシスは慌てて息を止め、音をたてないようその場を離れた。そのまま階段を下りたのち、近くの渡り廊下まで逃れた。


 恐る恐る振り返ってみる。

 が、誰も追いかけてきていなかった。

 どうやら気づかれずに済んだようだ。


 安堵から思わずふぅと息をついてしまう。

 ただ、落ちついたらまた先の言葉、〝可愛い〟が頭に浮かび上がってきた。


 生徒に対してそのような目を向けていた。

 だとすれば、許せるはずがない。


「や、やはりあの野蛮人は……」

「いい加減、お前も懲りない奴だな」


 ふと頭上から、そんな声が振ってきた。


 かと思うや、ロアが逆さまの状態で顔を出してきた。

 突然だったので思わず「ひっ」と声をあげてしまう。


「な、なんて所からっ」


 ロアはそのままくるりと回転し、渡り廊下の中へと体を投げ入れてきた。毎度ながら無作法極まりない男だ。すぐさま指摘しようと口を開けるが、機先を制されてしまった。


「お前、さっき学園長室に来てただろ」

「な、なんの話ですか? 誰かと勘違いされているのでは──」

「とぼけても無駄だ。廊下にお前のニオイが残ってたからな」

「……本当に獣のようですね」


 確信しきったロアの口振りから、とぼけることは無理だろうと察した。ただ、ロアは嘘をついたことを咎めてくるどころか、まるで気にしていないようだった。


「で、どうしたんだ? 婆さんになにか用があったんだろ? 俺との話なら終わったから、いまなら大丈夫だと思うぜ」

「い、いえ。用事があったのは学園長ではなくて……」

「もしかして俺にか?」


 きょとんとしながら訊いてくるロア。

 そんな彼の顔を見たせいか、ある言葉が脳裏に浮かんだ。


「か、かわっ」


 思わず口に出してしまった。

 当然ながら、思いきり怪訝な顔をされてしまう。


「……かわ?」

「い、いえ、なんでもありません」


 我ながらわけのわからない行動だ。

 恥ずかしさもあいまって顔が熱い。


 ただ、おかげで本来の目的を思い出せた。

 リシスは自尊心に無理矢理蓋をして、押し出すように言葉を紡いだ。


「……ありがとう、ございます」

「ん、いきなりどうした?」


 目を瞬かせながら首を傾げるロア。

 なにに対しての礼かを伝えていないのだから当然だ。


「その、わたくしを医務室まで運んでくださったと聞きました」

「あー。なんだそのことか。お前のことだから最悪だって怒ってくるかと思ってたぜ」

「わ、わたくしをなんだと思っているのですか? た、たしかに運び方に関しては思うところが山ほどありますが……っ! オルクレール家の者として受けた恩にはきちんとした礼で応じます!」

「悪い悪い。お前には怒鳴られてばっかだから、つい、な」


 そんな印象をもたれていたとは心外だ。

 ただ、思い当たる節があっただけに抗議できなかった。


 そんなこちらの心境を知ってか知らでか。

 ロアがふっと笑みをこぼし、語りかけてくる。


「お前たちが俺を信用できないってのはわかるけどな。俺ならお前たちを強くできる。ま、これに関しては身をもって知ってもらえたと思うが」


 他人を強くするという点に関しては、もはや認めざるを得ない。だが、こちらが問題にしているのはそこではない。あくまでこの学園の品格に相応しいかどうかだ。


 ただ、学園長が認めているうえ、彼は国王とも深い関係のようだった。となれば、もはや追い出すことは難しいだろう。ならば、こちらがとれる手段は1つ。


「わたくしはまだ、あなたを教師として認めたわけではありません。ですから──」


 リシスは魔装から剣を生成し、その切っ先をロアに向けた。


「今後、少しでもおかしなことをすればわたくしが断罪します。覚悟していてください」


 いま出来る精一杯の抵抗だ。

 ほかの誰が認めても自分だけは認めない。

 そう強い意志を込めて伝えたつもりだった。


「おう、かかってこい。いつでも相手になってやる」


 にもかかわらずロアからはなぜか嬉しそうな顔を返された。しかも彼は剣を押しのけて近づいてきたかと思うや──。


「な、なにをっ!」


 思いきり頭を撫でてきた。

 それも髪の毛がくしゃくしゃになるぐらいだ。


 こんなこと親にもされたことがない。


 押しのけようとしたときには、すでに手はどかされていた。そればかりかロアは背を向け、「じゃあな」と素っ気ない言葉を残して去っていく。


「……もうっ、なんなのですか、あの野蛮人は……っ」


 背後から睨んでも意味がないことはわかっている。

 だが、それでもリシスはロアの背を睨まずにはいられなかった。



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