◆第二十話『お姫様抱っこ』
気づいたときにはまぶたを持ち上げていた。
どうやらいまは寝台で横になっているらしい。
視界には、どこかの部屋の天井だけが映り込んでいる。
おぼろげながら記憶の中を辿ると、ここが学園の医務室であることを思い出せた。ただ、ここに至るまでの経緯がまるで思い出せない。
「わたくしは……どうして……」
リシス・オルクレールは疑問を呟いた。
もっと周りを見たい。
そんな本能的な考えから半身を起こそうとする。
と、横合いから伸ばされた手に押さえられた。
「まだ寝ていたほうがいいですよ、リシス様」
聞こえてくる柔らかな声。
寝台そばの椅子に1人の女生徒──。
ナナトリアが座っていた。
「なぜ、あなたがここに……?」
彼女を見た瞬間にすべてを思い出した。
闘技場で決闘を行い、敗北してしまったことを。
それだけでなく無様に気を失ってしまったことも。
思い出すだけでも、ひどく惨めな気持ちに陥ってしまう。
「……わたくしを笑いにきたのですか?」
「そんなことっ。わたしはただリシス様が心配で……っ」
彼女の顔を見るのが怖くて、気づけば俯いてしまっていた。ただ、聞こえてくる必死な声に誘われ、ちらりと視線だけを向けてしまう。
と、純粋な目に迎えられた。
彼女から悪意はいっさい感じられない。
ただただ心の底から身を案じてくれている。
そんな彼女の想いを感じられたからか。
いかに自身の考えが浅はかで、愚かだったかを思い知らされた。
「ごめんなさい。わたくしとしたことが、とんだ非礼をしてしまいました」
「いえ、リシス様は全然悪くないです。その、リシス様の気持ちも考えずに、ここに来てしまったわたしが悪いんです……っ」
たしかに敗者としては惨めな状況だ。
ただ、勝者であるナナトリアに、こちらを貶めるつもりがないことを理解できたからか、居心地の悪さはもう感じられなくなっていた。
「わたくしは……負けたのですね」
絶対に勝てると思っていた。
完全なる慢心だ。
しかし、敗北はそれが原因ではない。
実力で劣っていた。
ただ、それだけだ。
いまもどこか夢心地のような感覚なのは、きっと負けた相手がナナトリアであることを受け入れられていないからだ。
学園のあらゆる成績において、ずっと最下位だった彼女に負けるはずがない、と。
だが、敗北したのは紛れもない事実だ。
無理矢理にでも受け入れるしかない。
「その、結果は……そうなりましたけど。でも、わたしだけの力じゃなくて。間違いなく先生の教えてもらったからで……」
敗北した相手がナナトリアであることは事実だ。
ただ、そんな結果となった要因の1つとして、あのロアという野蛮人の存在があったことは間違いない。だからこそ、訊かずにはいられなかった。
「……あなたは、あの男のことをどう思っているのですか?」
「えと、そう、ですね……」
森で生活させられた日々を思い出しているのか。
ナナトリアが顎に人差し指を当てながら、うーんと唸りはじめる。
「初めは、がさつで乱暴でちょっと下品で、言葉遣いも荒くて……正直、苦手な感じの人だなって思ってました。でも、教えられたことをちゃんと実践して、成功したら褒めてくれるんです。よくやったなって」
「それは当たり前のことでは」
「はい。でも、なんと言えばいいのか……こう、すごく温かくて」
そう語るナナトリアの顔はひどく明るかった。
とても取り繕っているとは思えない様子だ。
「とにかく色々言っちゃいましたけど、悪い人じゃないことだけはたしかだと思います」
「……それでも、あの男がこの学園に相応しくないことは間違いありません」
この王立戦姫学園は由緒ある場所だ。
長きに渡って培われた格を貶めるような存在を許すわけにはいかない。
リシスは倦怠感を押しのけて体を起こした。
そのまま寝台から足を出し、立ち上がる。
「まだ寝ていたほうが──」
「もう大丈夫です。ナナトリアさん、付き添ってくださってありがとうございました。その、わたくしをここまで運んでくださったのは……」
「い、いえ。わたしじゃないですっ」
ぶんぶんと首を振って否定するナナトリア。
たしかに彼女1人で運んでいる姿はあまり想像できない。
「では、どなたかご存じですか? お礼を言わなくてはいけませんので」
「あ、はい。ロア先生です」
「……………………いま、なんと仰いました?」
「ロア先生です。リシス様が気絶されたあと、すぐに抱きあげて……えと、あれですっ。お姫様抱っこですっ!」




