◆第十九話『アスフィール王』
決闘後、ロアは学園長室に向かっていた。
学園長のヴラディスから呼び出しを受けたのだ。
話の内容は間違いなく決闘の件だろう。
いったいどんな小言をいただけるのか楽しみだ。
そんな呑気なことを考えているうち、学園長室に到着した。
扉を小突いて声をかける。
「婆さん、俺だ」
「……お入りなさい」
促されるがまま中へと入る。
と、学園長席に座るヴラディスが柔和な笑みで迎えてくれた。
「急に呼び出してごめんなさい」
「気にしないでくれ。なんせ、いまの俺は雇われの身だからな」
「そんなこと言って手綱は握らせてもらってないのだけど」
「ま、そんなもんなくても婆さんの頼みなら可能な限り応えるから安心してくれ」
「あら、じゃあとびきりのお願いを考えておこうかしら」
「お手柔らかに頼むぜ」
互いにくすりと笑いあう。
ヴラディスとは会うなり軽口を叩くことも珍しくなかった。
このまま2人きりの会話を楽しみたいところだが、今回はそうもいかない。〝先客〟がいたからだ。
「いまの声は……おぉ、やはりロアか」
低い男の声が聞こえてくる。
当然ながらヴラディスのものではない。
学園長の執務机に置かれた角ばった拳大の赤い宝石。そこから浮かび上がる光の像からだ。像は立派な髭を蓄えた、精悍な顔つきの男を映し出している。
あれは通信具。魔装と同じく、アスフィール王国の魔導技師が開発したものだ。魔双石と呼ばれる稀少な鉱石を使用し、像と声を交わすことができる。
ただし、結合して生成される魔双石の片割れ同士でなければ通信はできない仕組みだ。ゆえに便利ではあるが、使い勝手は決していいとは言えなかった。
ロアは机に寄りかかりながら、軽く手をあげる。
「久しぶりだな、おっさん」
「こら、ロア。陛下になんて口の利き方を」
ヴラディスから即座に咎められた。
当然の反応だ。
通信相手の名は、グレシオ・スハ・アスフィール。
王族のみつけることを許された国の名。
そして国でもっとも勇敢であり、位の高い者に与えられる〝スハ〟。つまり、この男はアスフィール王国の王だ。
「構わん。ここは公の場でもないしな。それにワシとロアの仲だ。問題はない」
言いながら、通信相手の男──。
グレシオが気持ちのいい笑みを浮かべた。
威厳だけでなく貫禄もたっぷりと感じられる。
だが、尊大さはまったく感じられない。彼が稀代の王と称され、家臣だけでなく多くの民から信頼を得ている所以だろう。
「おっさんもこう言ってるし、いいだろ?」
「もう、どうしていつもいつも、あなたは……っ」
ヴラディスに思いきり呆れられてしまった。
そんな姿を見てか、グレシオがまた楽し気に笑う。
「相変わらず苦労しているようだな、ヴラディスよ」
「ええ、本当に。赴任早々、生徒と森で暮らしはじめる教師なんて初めてです」
「そんなことをしていたのか? ふははっ、さすがロアだ」
学園長や同僚、果ては生徒からも顰蹙を買った一件だったが、どうやら国王陛下にはお気に召してもらえたようだ。
「だろ。やっぱおっさんはわかってるな」
「だが、生徒に手を出すのは感心しないぞ」
「冗談はよしてくれ。相手はまだ乳臭い子供だぞ。女はヴラディスの婆さんぐらい色気がないとな」
「ちょっとロア、陛下の前でなにを言って──」
「たしかにヴラディスほどの女性はそうはおらんが」
「へ、陛下までっ」
あたふたとするヴラディスを、グレシオとともに笑いあう。とても一国の王を交えた会話とは思えないが、これがいつもの光景だった。
「しかし、お前が教師になるとはな」
「笑えるだろ」
「面白くはある。だが、向いてないとは思わん」
ありがたいことに高く評価してくれているようだ。
「どうだ、期待できる生徒はおったか?」
「現状じゃ、どいつも似たり寄ったりな感じだが、そうだな……しいてあげるならナナトリア・ウィンデンス。さっき話した森に連れてった奴だ」
「ほう、ウィンデンス家か」
「知ってるのか?」
「当主のほうをな。あまり気は強くなく、少し臆病なところがあったが、深いところではしっかりと自分を持った男だった。そうか、あの男の娘か」
そう語るグレシオの表情はどこか嬉しそうだ。
それにしても、いま耳にした印象はナナトリアに抱くものとよく似ている。さすがは親子といったところか。
「ほかにはおらんのか?」
「もう1人いる。リシス・オルクレールだ」
「ほう、リシスか!」
さすがに公爵家の娘とあって面識があるようだ。
身内の名が挙がったことに喜びをあらわにするグレシオ。対してヴラディスのほうは目を瞬かせていた。
「意外ですね……あなたの評価基準から1番遠いところにいる子だと思っていました」
「そういう意味じゃ、たしかに最低評価だが」
「今回の決闘の結果も、その……」
「あれは仕方ない。なにしろあいつは〝準備〟がまだ出来てない状態だからな」
ヴラディスからの疑問に応えていく。
最中、グレシオがひとり首を傾げていた。
「決闘? どういうことだ?」
「さっきのナナトリアがリシスと闘って、ぼっこぼこにした。それだけだ」
簡潔だが、これ以上ないほど伝わったようだ。
グレシオが複雑そうにまなじりを下げていた。
「……リシスは落ち込んだのではないか?」
「さあな、ま、気位の高い奴だから相当へこんでるだろうな」
他人事のように言ったからか。
ヴラディスから少し責めるような目を向けられた。
「言っとくが、べつに嫌がらせだけであいつを選んだわけじゃないからな」
「その言い方だと、少しはあったんじゃないですか」
「でもま、可愛い子ほどってやつだ」
面倒な奴だと思ったことは幾度もある。
だが、だからといって嫌いというわけではない。
むしろ、反骨心のある人間は好きなほうだ。
「ワシとしては思うところはある。が……これも、あの子のためになるのだろう」
「俺に出来るのはあいつの……あいつらの力を強くすることだけだ。ほかのことは知らないからな」
「期待しておるぞ、ロアよ」
「だから知らないって言ってるだろ。ったく」
グレシオだけでなく、ヴラディスから向けられる柔らかな笑み。年輩者の特権とばかりに余裕を含んだものだ。まったくもって居心地が悪い。
「で、こんな話をするために呼び出したわけじゃないんだろ?」
「おお、そうだった。お前たちはワシが気を抜いて話せる数少ない者たちだからな。つい時間を忘れて話し込んでしまった。ごほんっ。では、本題に入ろうか──」
「あ~、悪い。ちょっと待ってくれ」
ロアは続きを遮る形で話を止めた。
扉のほうへ目を向けながら耳を済ませる。
「……誰かいたような気がしたんだが、気のせいだったみたいだ」
「そうか、ならいいのだが。なにしろ、あまり広く聞かせられる話ではないからな」
グレシオが改めて咳払いをしたのち、重々しい声で話を継ぐ。
「北のほうで魔獣たちの動きが活発化している」
「やっぱりか」
「なんだ、知っていたのか?」
「いや、婆さんからルーカンサスの湖が濁ったって聞いてたんだ。だから、近いうちにそうなるだろうなって話を、な」
そう応えながら、ロアはヴラディスと顔を見合わせた。
やはり予想していた最悪の事態に陥っているようだ。
グレシオも事態を重く見ているようで表情を一層険しくしている。
「もしかするとお前に頼むかもしれん」
「構わないが、魔獣程度なら警備隊だけで持ちこたられるんじゃないか? それに現地にはアスフィールご自慢の戦姫も配置してるだろ」
「人型を見たという報告も出ている」
「……なるほどな。そういうことか」
魔神の配下である魔族は大きく2つに分かれる。
魔獣と魔人だ。
魔獣は文字通り獣型であり、形状も強さもばらつきがある。異常な強さを持つ個体も存在するが、多くが一介の兵士たちで対応可能だ。
対して魔人は人型であり角や翼を持つこと以外、人間の見た目とそう変わらない。
ただ、そんな外見ながら、魔獣とは比べものにならないほどの戦闘能力を持っている。それこそ戦乙女たちが何十人と集まって、ようやく倒せるほどだ。
そんな災害といっても過言ではない魔人が現れたかもしれないという。一国の王であるグレシオが民を守るために警戒するのは当然のことだった。
「ま、そんときは婆さんにでも言ってくれ。すぐに飛んでいく」
「お前にはいつも苦労をかける」
「べつにいいさ。俺のほうが世話になってるしな」
ヴラディスだけではない。
グレシオにも幼い頃から色々と面倒を見てもらっていた。
公ではないにしろ、この2人が後見人のようなものだ。彼らの頼みであれば、可能な限り協力したいと思っている。
「今度、久しぶりに食事でもせぬか」
「遠慮しておく。俺みたいのが城に出入りしたらおっさんの周りが卒倒するだろうしな」
軽口交じりにやんわりと断りを入れた。
ただ、期待に反して笑ってはもらえなかった。
グレシオが寂しそうな顔で、じっと見つめてくる。
「お前さえよければワシはいますぐにでも──」
「厚意はありがたいが、それじゃダメなんだ」
「……すまん、ワシとしたことが余計なことを言った」
「謝らないでくれ。俺のためを想ってのことだしな」
この場に居合わせた3人だけがわかる会話。
この話をすると、決まってしんみりとした空気になる。そうした理由もあって個人的には出来れば避けたい話題だ。
しかし、グレシオはそう思ってはいないようだった。
「ただ、これだけは覚えていてくれ、ロアよ」
王としてではなく1人の男として。
彼は、その力強い瞳を真っ直ぐに向けてきた。
「ワシはお前の味方である、と」




