◆第十八話『最弱対最強②』
ナナトリアが小さく息を吐いたのち、対戦相手であるリシスを見据えた。
穏やかだったその目が徐々に険を帯びはじめる。
一瞬にして変わった雰囲気に、リシスだけでなく観客が動揺しはじめた。
やがてナナトリアの体から赤い靄が漏れはじめた、直後。
「ァアアアア────ッ!」
ナナトリアが咆哮をあげた。
甲高く、あどけなさも残る声だが、空気が震え、肌もわずかにひりついた。
それは〝お嬢様〟には似つかわしくない野蛮な行為だ。ただ感情を爆発させただけの叫び。《裂気咆呵》とも呼べない。だが、リシスを委縮させることには成功していた。
ナナトリアはたったひと蹴りでリシスへと肉迫し、大剣を突き込まんとする。が、接触音はならなかった。直前でリシスが身を投げて回避したのだ。
しかし、ナナトリアは足を舞台に叩きつけて強引に急停止。そのまま身をよじる形で大剣を横一閃に繰り出した。
リシスがとっさに縦に構えた剣を割り込ませる。ガンッと響く衝突音。ただ、崩れた体勢のうえ、とてつもない威力が込められていたからか。
その場で踏みとどまることもできず、リシスは弾かれるようにして吹き飛んだ。凄まじい勢いで観客席下の壁へと激突する。
「ぐ……ぁっ」
壁に背を預けたまま、ずるずると座り込むリシス。
意識は保っているようですぐに立ち上がろうとするが、上手く体が動かないようだった。悔しさに顔を滲ませるが、その表情はすぐに恐怖へと変わる。
すぐそばに立っていたからだ。
大剣を振り上げたナナトリアが──。
「ぁ、ぁあ……ぁっ」
先の威力から骨ごと潰されると思ったか。
声にもならない呻き声を漏らすリシス。
しかし、そんな怯える姿などお構いなしにナナトリアの大剣は振り下ろされる──。
直前、ロアは瞬時に距離を詰め、ナナトリアの大剣を手の甲で小突いた。
わずかに軌道をずらした大剣がリシスのすぐそばの地面に直撃。地鳴りのごとく轟音を響き渡らせた。
深く抉れた地面を見てか、リシスが気を失ってしまった。しかし、それでもナナトリアはリシスを仕留めようと大剣を再び持ち上げようとする。
「そこまでだ」
言いながら、ロアはナナトリアの額を指先で突いた。
「いたっ……あれ? 先生?」
どうやら正気を取り戻したようだ。
ただ、状況をあまり理解できていないらしい。愛らしく首を傾げたかと思えば、倒れたリシスの姿を見て、「え、えっ!?」と困惑している。
このまま放置していたら収拾がつかなくなりそうだ。
ロアは舞台のそばでぽかんと口を開けている立会人──カインへと目を向ける。
「──カイン」
「あっ、そ、そこまで! 勝者、ナナトリア・ウィンデンス!」
正式な結果が口に出された。
だが、ナナトリアはいまだ信じられないらしい。
「わたし、本当に勝ったんですか?」
「ああ、お前の勝ちだ。それも圧倒して、な」
舞台から出た時点で勝敗は喫していた。
そのうえ、意識まで失わせたのだ。
どうみてもナナトリアの勝利で間違いない。
しばらく呆けていたナナトリアだったが、ついに受け入れることが出来たらしい。段々と顔を綻ばせ、ついには弾けるような笑みを浮かべた。
「や、やった……わたし、勝てたんだ……っ! あのリシス様にっ」
「そうだ。最弱だったお前が最強のリシスにな」
事実を突きつけるように告げた。
途端、ナナトリアが喜ぶのを抑えた。
俯きながら、目だけを上向けてくる。
「でも、先生のおかげです。……ぜんぶ」
「なに言ってんだ。お前が頑張ったからだ」
「わわっ、えへへ……っ」
頭を荒々しく撫でた。
嫌がられるかと思いきや、むしろ嬉しそうだった。
顔をふにゃっと崩しながら、されるがままになっている。
そんなやり取りをしている間、観客席は静まり返っていた。
いわゆる、〝ドン引き〟という状態だ。
おそらくとも言わず、ナナトリアの暴力的な戦い方を見たからだろう。
ただ、どんな戦い方であれ勝ちは勝ち。
勝者であるナナトリアは褒められて然るべきだ。
観客がそれをしないのであれば……。
その分だけ褒めてやるだけだ。
そう思いながら、ロアは改めて労いの言葉を贈った。
「よくやったな、ナナ」
「はいっ、先生……っ!」




