◆第十六話『いざ決闘の舞台へ』
「おー、思ったよりも集まったな」
「せ、先生があんなこと言うから……!」
ロアはナナトリアとともに学園の闘技場を訪れていた。
いまは舞台のそばで対戦相手であるリシスを待っているところだ。
外から幾度か目にしていた闘技場だが、中から見るとより大きく感じられた。
円形構造で観客収容数は約千人という話だ。
いまもぐるりと見回せば、多くの生徒たちの姿を確認できる。
「なんだ自信がないのか?」
「だって1番強いリシス様が相手ですよ……?」
「たしかにあいつの実力は頭抜けてる。だが、いまならお前のほうが強い。あいつを倒した俺が言うんだから間違いない」
気休めではなく事実を言ったまでだ。
ただ、〝最弱〟の席に長く座っていたからか。
なかなか不安な気持ちは拭えないようだった。
ふいに観客席が騒がしくなった。
どうやらリシスが到着したようだ。
「あぁ、今日もなんてお美しいのかしらっ」
「まさかリシス様の剣技を見られるなんて……」
「ええ、なんて幸運な日なのでしょうっ」
相変わらず大人気のようだ。
リシスもリシスで慣れたものなのか。
声援を一身に浴びながら、眉ひとつ動かさずに近づいてきた。
「逃げずによく来たな」
「……どういうつもりか説明していただけますか?」
早速とばかりに睨んでくるリシス。
そこらの人間を立たせたら卒倒しそうな威圧感だ。
「俺が他人を強くできるってことを証明しにきた。ただそれだけだ」
「彼女とわたくしを闘わせて、ですか」
「そうだ。聞けばナナは学年でもずば抜けて弱いらしいからな」
大きな声で、あっけらかんと言い放った。
そのせいでナナトリアは「……そんなに強調しなくても。そうですけど」と拗ねてしまったが、気にするつもりはない。
いまは違うと断言できるからこその売り言葉だからだ。
「そんなナナが学年最強のお前に勝てば、俺の教えが優れてるってのを証明できるだろ」
「本気で仰っているのですか?」
リシスの瞳はまったく揺れていない。
自身の勝利をまるで疑っていない様子だ。
「本気だ。負けたらお前の望みどおり学園を去ってやる」
「……今度はなにを賭けろと仰るのですか?」
「なにも。どうせ従えって言っても聞きゃしないからな。ま、強いて言うなら……勝てば俺は教師としての信用を得られる」
仮に勝利してもすぐに信用を得られるわけではないだろう。
だが、少なくとも〝最弱が最強を倒した〟という事実は残る。それは教師として活動するにあたって大きな足がかりとなるはずだ。
「いいでしょう。そのお話、お受けします」
相手に不利益はいっさいない。
受けるのはわかりきっていた。
「神聖魔装はどうする? 使いたいか?」
「どちらでも」
「んじゃ、なんでもありにするか。──ってことで頼むぜ、カイン」
ロアは声を張り上げながら隅に目をやる。
と、カインが腕を組んだ格好で事態を見守っていた。
リシスに挑戦状を叩きつけた、あのあと。
実は真っ先に駆けつけてきたのがカインだった。
そこから「また騒ぎを起こして!」と詰め寄られたが、生徒のためと口にしたら手伝ってくれることになった。ちなみにこの闘技場の使用許可をとってくれたのもカインだ。
「きみはボクのことをなんだと思ってるのかな」
「頼りがいのある優しい同僚だ」
「心がこもってないよ」
「ま、なにかあったら俺のせいにしてくれ」
「最初からそのつもりだ」
はぁ、とため息をつきつつ、舞台に上がるカイン。
なんだかんだと手伝ってくれるあたり、本当に〝頼りがいがあって優しい同僚〟だ。
「これよりリシス・オルクレールとナナトリア・ウィンデンスの決闘を執り行う! 双方、舞台へ!」
カインの指示に従い、対峙する階段へと向かうナナトリアとリシス。開始間近とあってか、観客の熱が一気に高まっていく。
「あぁ、どのような美しい剣技を魅せてくださるのかしら」
「ですが、すぐに終わってしまいそうです。それこそ瞬きをする間もなく」
「では、瞬きをしないようしっかり目を開けていないといけませんわね」
聞こえてくる声は、リシスの勝利を確信したものばかり。対戦相手であるナナトリアのことなど誰も気に留めていない。まったくもって異様な空気だ。
「うぁ……」
ナナトリアが完全に委縮してしまっていた。
敵地と言ってもおかしくない雰囲気だ。
無理もない。
これでは勝てるものも勝てなくなる。
ロアは声援に負けないぐらいの大声で「ナナッ!」と叫んだ。
階段で足を止め、振り返ったナナトリアが首を傾げる。
「……先生?」
「大丈夫だ。お前なら勝てる」
その言葉にどれだけの効果があったかはわからない。
ただ、少なくともナナトリアの目にわずかな火を灯すことはできたようだ。
「は、はいっ」
両手に拳を作って、遠慮がちに応じてみせるナナトリア。
きっともう大丈夫だ。
あとは実力を出せるかどうか。
いましがたのやり取りを見てか。
リシスが見るからに不快感をあらわにしていた。
勝てると思われていることがよほど気に食わないようだ。
やがて双方が舞台に上がり、得物を展開する。
と、ナナトリアの大剣を目にしたリシスが怪訝な顔をみせた。
「あなたの得物……長剣だったはずでは」
「せ、先生からこれのほうが向いてるって言われたんです」
言われるがまま受け入れた。
そんな口振りが気に入らなかったのか。
リシスがさらに眉根を寄せていた。
「あなたは、わたくしと闘うことをちゃんと受け入れているのですか? あの男に無理矢理従わされたのではなくて? だとすれば引きなさい。いまなら、あの男のせいにしてすべてをなかったことにして差し上げます」
「えと、あの……」
リシスなりに気遣ってのことだろう。
だが、いまのナナトリアには聞き入れる理由がなかったようだ。
「たしかに最初は強引でしたけど……でもっ、強くしてもらったのは本当で。出来るなら試してみたいって思ってるのは……本当です。だから──」
話している間、ずっと目をそらし続けていた。
そんなナナトリアがリシスのことを見据えたのち、勢いよく頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします!」
響き渡るナナトリアの声。
奇しくもそれは宣戦布告となったようだ。
「そう、ですか……。わかりました。ではもう、遠慮は致しません」
リシスが目から完全に甘さを消した。
それを機に両者が同時に神聖魔装を展開する。
その身を包む白銀の鎧。
背から解き放たれるように生成される青い光翼。
何度見てもこの世のものとは思えないほどに神々しい。
また少女たちが真剣に対峙する姿もあいまってか。
舞台は不可侵の領域であるかのように特別な空気に包まれていた。
「双方、準備はいいか?」
神聖魔装の展開を終えたのを見計らい、カインが声をあげる。
ナナトリアとリシスが揃って頷いた。
それを機にカインが右手を高々と掲げ、叫ぶ。
「──始め!」




