◆第十五話『優雅な一時②』
リシスは何事かと見やる。
と、教師のカインが憩い場に顔を出していたようだった。
「ごきげんよう、皆さん」
「まあ、カイン先生がいらしたわっ」
「なんと珍しいこと。いつもはあまり顔を出されないのに」
「少し暇が出来てね。みんなの顔を見られればと思って」
「カイン先生がわたしの顔を見に……はぅ……」
うっとりと見惚れる生徒多数。
中には興奮のあまり気絶する者も出ていた。
相変わらず大人気のようだ。
ともあれ、無理もない。
男でありながら不潔感がいっさいない。
そのうえ見目麗しく人当たりもよい。
どこかの不審者とは大違いだ。
そのまま挨拶を交わしながら、色んなテーブルを回りはじめるカイン。やがて、こちらのテーブルにもやってきたのを機に、リシスはカインを呼び止めた。
「カイン先生、ナナトリアさんは……?」
「以前にも話したとおりまだ森にいるみたいだよ」
「やはり、あの野蛮人──男と……ですか?」
「ロア先生ね。うん、10日間って言ってたし、そろそろ戻ってくると思うんだけど」
森で暮らしてなんの意味があるのか。
まるで理解できない行動だ。
「なぜそのような暴挙に出たのでしょうか」
「さあ、彼の考えはボクにもさっぱりでね」
「学園長はお止めにならないのですね」
「困ってはいたけどね。でも、好きにさせるようにって」
ロアが学園長公認の教師と聞いたとき、なんの冗談かと思った。だが、それは真実で、しかも生徒を森に連れていくなんて暴挙も許されている。
これはどう考えてもありえないことだ。
「あの男はいったい何者なのですか? カイン先生は学園長の関係者でもありますし、なにかお聞きになっていたりは……」
「申し訳ないけど、まったく聞かされてないんだ。むしろボクが聞きたいぐらいでね」
「そう、ですか」
貴族令嬢がたくさんいる中で好き勝手に動ける。
これはもう大きな力が働いているとしか思えない。
ただ、ほかにも気になることはあった。
それはあの絶対的な強さだ。
「あの男の強さは異常です。神聖魔装を使ってもまるで歯が立ちませんでした。あんな人、見たことがありません。なにか……なにか絶対に秘密があるはずです……っ」
王国の近衛級の兵であれば、神聖魔装に太刀打ちできるかもしれない。だが、それなら顔は見たことがあるはずだ。
もしやアスフィール王族が抱える隠密部隊か。
いや、それならなおさら表舞台に出てくるとは考えにくい。
「随分と気にしているね。彼のこと」
「……はい? わたくしが……あの男を、ですか?」
そう聞き返すと、こくりと頷き返された。
言われている意味があまり理解できなかった。
実際、カインにも深い意味はなかったのだろう。
だが、会話のやり取りからべつの意味を連想してしまった。それは〝異性〟として意識しているのでは、ともとれるからだ。
一気に顔が熱くなった。
周りの生徒に話を聞かれている可能性は大いにある。
すべてが誤解であるといますぐに伝えなければならない。
リシスは慌てて立ち上がった。
胸元に右手を当てながら釈明する。
「そ、そんなことはありません! わたくしはただ、あの男の正体を暴き、学園に相応しくないことを証明したいだけです! あんなっ、無作法でっ、失礼な男……っ、一刻も早く学園から追い出さなければ──」
そう必死に訴えかけていたとき。
どこからか覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい! お前らー! 聞こえるかー!?」
何事かと生徒たちが声の聞こえたほう──。
前庭側の窓へと向かいはじめた。
リシスもカインや友人を伴って窓から顔を出してみる。
と、思わず目を見開いてしまった。
またもわずかに髭を生やしたロアと、制服のあちこちを汚したナナトリアが立っていたのだ。
「あれってナナトリアさんよね」
「ボロボロではないですか。なんてひどいことを……」
「お可哀想に。いったいどんな仕打ちを受けたのかしら……っ」
ほかの生徒たちが信じられないとばかりに手で口を押さえている。
多くの批難の目や声。それらを一身に浴びるロアだが、まるで意に介していないようだった。そればかりか、得意気な顔で叫びはじめる。
「お前ら、さっさと下りてこーい!」
本当になにを考えているのか。
リシスはそばに立つカインに目を向ける。
「あの男はいったいなにを……?」
「さっきも言ったけどボクはなにも聞いてないよ。というより、いやな予感がしてこの先を知りたくないぐらいだ」
カインは頭が痛いとばかりにそう答えた。
どうやら本当になにも知らされていないようだ。
このまま放置しておきたいところだが、ナナトリアを見捨てるわけにもいかない。ロアに応じて外に出るのは癪だが、また抗議をするしかない。
そう意を決して階段に向かおうとしたときだった。
次に聞こえてきたロアの声──いや、宣言に耳を疑ってしまった。
「いまから面白いものを見せてやる! この最弱生徒──ナナトリア・ウィンデンスが、リシス・オルクレールをぶっ倒すところをな!」




