◆第十四話『優雅な一時①』
含んだ茶を舌でこするように味わった。
わずかに残るほどよい渋み。
鼻から抜ける若々しい香り。
どちらも上品な爽やかさだ。
まるで穏やかな風が吹いたかのように、すっと気持ちを落ちつかせてくれる。
……やはりここの茶は美味しいですね。
そう思いながら、リシス・オルクレールはカップを静かに置いた。
ここは食堂とはべつに設けられた学園の憩い場。
舞踏会でも開けそうなほど大きな広間にテーブルが幾つも配されている。
1度に入れるのはおよそ100人。
給仕が常に控え、様々な要望に応えてくれる。
茶はもちろん、焼き菓子も用意してもらえる。
そんな環境とあって放課後は多くの生徒が集まる。
ただ、大人数が入れるとはいえ、生徒全員とはいかない。
ゆえに慣習で上級生が優先されていた。
いまも大半の席が高等部の生徒で埋まっている。
「──最近はお目にかかっていないと仰っていましたわ」
「やはり襲撃がないと現れてはくれないのですね……」
向かいの席には2人の生徒が座っていた。
同じ教室で学んでいる子たちだ。
「黒曜の騎士の話ですか? 相変わらず好きなのですね」
「はいっ。なんの見返りもなく、颯爽と現れては魔獣を倒していく。その姿がまるで物語に出てくる英雄のようで……っ」
「彼の前では普段は守る側の戦姫も守られる側となってしまう……そう、まるで本当のお姫様のように……っ」
憧れます、と揃って口にする級友たち。
黒曜の騎士は数年前から王国中で噂になっている人物だ。
戦姫でも対処困難な魔獣の襲撃に遭った際、決まって現れるという。そして圧倒的な力で魔獣を殲滅してしまう、と。
ただ、その正体はいっさい不明。
なんでも全身を黒い鎧で覆っているという。
黒曜の騎士という名も、そこから誰かが呼ぶようになったらしい。
「黒曜の騎士様。いったいどんなお方なのでしょうか」
「1度、お会いしてみたいですわ……っ」
閉鎖的な環境とあって、話題は自然と学内に関するものが多くなる。その反動ゆえか、外から流れてきた噂話には面白いほど食いついてしまう生徒が多い。
目の前の級友2人もその中に含まれていた。
個人的にも黒曜の騎士の正体には興味がある。
ただ、いまはそんなことよりも気になることがあった。
「ナナトリアさん、どうしているのかしら……」
リシスは思わずぼそりと呟いてしまった。
級友たちがそれを拾い上げ、話しはじめる。
「聞きましたわ、あの野蛮人に森へ連れていかれた、と」
「……ええ、大丈夫かしら」
彼女たちは他人の身を案じられる子だった。
ただ、そうでない者もいる。
こちらの話題に乗っかったのか。
そばのテーブルからひそひそと話し声が聞こえてきた。
3人組で全員が別教室の生徒たちだ。
「男女で2人きりなんて……想像しただけでも恐ろしいですわ」
「きっともう、傷物にされてしまったに違いありません」
「お気の毒ですね。ですが、逆に彼女でよかったと思います」
「そうですわね。なんといっても、ウィンデンス家でしょう? あの田舎貴族の」
「もとからここに相応しくありませんでしたし」
「いい機会だったのかもしれませんわ」
とてつもない嫌悪感が湧き上がってきた。
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「あ、あの、リシス様……?」
同じ席に座る級友たちが困惑していた。
彼女たちを困らせるつもりはなかった。
ただ、性分的に我慢ならなかった。
「口を慎みなさい、あなたたち」
気づけば席を立ち、窘めにいってしまった。
相手の3人組がいきなりのことに驚いている。
周囲からも何事かと注目されているが、構わずに発言する。
「ここへの入学は家柄あってのこと。ですが、入った以上、みな平等で然るべきです。にもかかわらず、あなたがたは家柄で他人を評価し、見下し、あまつさえ貶めようとしています。恥ずかしいとは思わないのですか?」
オルクレール家は、いまの学園に通っている生徒の中ではもっとも位が高い。そんな身分で口にしても説得力はないかもしれない。
だが、だからこその責務であり、見過ごすわけにはいかなかった。
「そのっ、わたしたち、そんなつもりでは……」
「お、お気に障ったのなら、謝り──」
「謝罪する気があるのは結構ですが、相手はわたくしではないでしょう?」
相手の言葉を遮る形で問いかけた。
半ば詰問に近かったからか、1人が涙を浮かべていた。
「い、行きましょうっ。あの、リシス様、失礼いたしますっ」
ついには逃げるように去ってしまった。
きっと恨まれてしまっただろう。
だが、発言を撤回する気はなかった。
しんと静まりかえる中、リシスは周囲を見回した。
途端、こちらに向けられていた視線が面白いようにすっと散った。
人知れずため息をついたのち、元の席に戻る。
「ごめんなさい、騒がせてしまって」
「いいえ、そんなこと。リシス様は正しいことをなさったまでです」
「はぁ……級友想いのリシス様、素敵です……っ」
目の前の2人は気にしていないようで安心した。
ただ、場の空気が悪くなってしまったことは事実だ。
最悪、ここから離れたほうがいいかもしれない。
そう思ったとき、入口のほうから黄色い声があがりだした。




