◆第十三話『特訓・狩猟生活②』
すでに辺りは薄暗くなっていた。
これ以上暗くなれば動物を見つけるのは困難になる。
この機を逃せば、もうあとはない。
何度か闘気を使ってわかったことがある。
それは殺意から発動するからか、敵に察知されやすいということだ。
きっと危険を本能で感じ取っているのだろう。
──ぎりぎりまで闘気を使わずに近づかないと……!
ナナトリアは音を出さないよう呼吸をし、心音を抑えた。幾度も動物を襲ったことで慣れが生まれ、気づけば落ちつけるようになっていた。
もう大丈夫。
あとは仕留めるだけだ。
……お肉を食べたいから殺す。お肉を食べたいから、殺す……殺す、殺す殺す殺す──。
視界に赤い光がちらついたのを認めた瞬間、飛び出した。
体だけでなく、大剣も軽い。
間違いなく闘気が発動している証拠だ。
──これならいける。
そう思いながら斑猪へと大剣を振り下ろす。
ドォンと重く鈍い音が鳴った。
どう聞いても肉を斬った音ではなかった。
見れば、紙一重のところで外していた。
斑猪のすぐそばの地面が大きく抉れている。
斑猪はというと、慌てて土を蹴って走り出していた。
失敗したことに放心してしまったが、まだ終わりではない。急いであとを追いかけながら大剣を振りつづける。そのたびに、ぶんぶんと虚空を叩く音が鳴る。
「どうしてっ、当たってっ! お願いだから!」
木々や雑草に上手く隠れつつ、斑猪が蛇行する。
おかげで追いつけても上手く大剣を当てられなかった。
これまでならもう諦めていた。
だが、今回は仕留めるまで追いかける。
そう決意し、一心不乱になって追いかけていた。
そのとき、視界の端で動く茶色いなにかを捉えた。
二尾兎だ。
気づけば思いきり地を蹴り、方向転換していた。
向かう先は二尾兎。
相手はすでに逃げはじめている。
だが、差は一瞬で縮まっていた。
ただただ無言で振り下ろしていた。
ぐちゃっという生々しい音が響く。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
眼下で二尾兎が倒れていた。
頭部から臀部までを両断した格好だ。
いや、押しつぶしたと言えるかもしれない。
血が荒々しく辺りに飛び散っている。
一瞬の出来事だった。
呻き声すらなかった。
いままでに見たことがないほど凄惨な光景だ。
ただ、思いのほか恐怖心は覚えなかった。
湧き上がってきた感情はたった1つ。
達成感だ。
「や、やったぁ……」
その場にぺたりと座り込む。
ずっと気を張っていたからか。
目的を達成して一気に体から力が抜けてしまった。
「──ようやく仕留めたか」
この声はロアのものだ。
いったいどこから聞こえてきたのだろう。
そう思っていたら、そばの樹の上から彼は飛び降りてきた。
「先生……? もしかして見てたんですか?」
「お前のための特訓なんだから当然だろ」
食糧調達の時間が始まると、ロアは決まって姿を消していた。その理不尽さにわずかながら苛立ちを抱いてしまっていたが……どうやらずっと見守ってくれていたらしい。
食糧調達のみになったこの2日間。
孤独感に苛まれることは何度もあったが……。
そんな自分が少しだけ恥ずかしくなった。
「にしても二尾兎か」
「はい、お肉です」
「罠なしで仕留めるのは意外と難しいんだぜ、こいつ」
大剣をどかして二尾兎の半身を持ち上げるロア。
いまだ血は止まらず、ぽたぽたと落ちている。
「そう、なんですね。本当に夢中で……そ、それより先生、お肉です」
「ん、ああ。肉だな。ぐっちゃぐちゃだけど」
「でも、お肉はお肉だと思います」
なにかおかしなことでも言ってしまったのか。
ロアからまじまじと見られた。
首を傾げて応じると、ふっと笑われてしまった。
「いまから処理の仕方を教えてやる。それが終わったら少し水浴びしてこい」
「でも、すぐにお肉……」
「調理の時間もあるだろ。それとお前、いますごい顔だぞ」
「え……?」
促されるがまま顔に手を当ててみる。
と、べちょりとなにかが付着した。
とてつもなくいやな予感がした。
恐る恐る掌を確認してみる。
と、暗がりでもわかるほどの真っ赤な血がついていた。
間違いなく先ほど仕留めた兎の血だ。
「ひっ」
途中から食べ物としか思っていなかった。
ただ、こうして血をまざまざと見せつけられると、否応なく感じてしまう。
生き物を殺したのだ、と。
瞬間、ふっと全身から力が抜けてしまった。
視界が白くなり、周りの音も遠くなっていく。
きっと気を失ってしまうのだろう。
そう自覚してから意識が途切れるまでの、ほんのわずかな間。
「……よくやったぞ、ナナ」
とても柔らかくて温かい。
そんな声が聞こえたような気がした。




