◆第十一話『豪華な夕食』
「……もう無理かもしれません」
「折れるの早すぎだろ」
すでに空は真っ暗に染まっていた。
いまは2人で丸太に座って火を囲んでいるところだ。
傍らでは棒に縛りつけた肉をかざしている。
朝に仕留めておいた斑猪を血抜きし、処理したものだ。
斑猪とは、この森に生息する少し小柄な猪だ。
名前の通り斑模様の外皮を持つほか、鼻先からちょこんと生えた可愛い角が特徴的だ。また、臆病で足が速いこともあり、猟師でも仕留めるのは困難とされている。
ゆえに斑猪の肉は食用としてあまり出回らない珍しいものだった。
肉からは脂が滲み出てはぽとぽとと落ちている。
それが火に触れてまたいい音を出していた。
なんとも食欲をそそる光景だ。
「バテてるってわけじゃないだろ」
「それは、はい。……疲れとかはないです」
言葉どおり表情から疲れは見られない。
今日一日でわかったことだが、ナナトリアは体力には自信があるようだ。朝、闘気の訓練に加えて通常の戦闘訓練もみっちり行ったが、ねをあげることなくついてきた。
「ただ、む、虫が……ひゃっ、ま、また足にっ」
慌てて両脚をあげるナナトリア。
だが、それでも虫はついてきたようだ。
反射的に手で払い落としていた。
安堵するも、はっとなって自身の手を見ながら涙目になっている。どうやら触ってしまったことに落ち込んでいるらしい。本当に虫が苦手のようだ。
「そんなんじゃ寝るときどうすんだ」
「ね、寝る……こんな虫一杯のところでっ」
虫に体中を這われる姿でも想像したのか。
ナナトリアが顔を青ざめさせていた。
「そういや、いまの得物は好きで使ってるのか?」
ナナトリアの得物は正統的な長剣だった。
癖もなく、とても扱いやすいものだ。
「いえ、武器と言ったらこれかなって。あと使ってる人も多いから目立たないし……」
「つまり適当に選んだってことか」
「そ、そう言われると、ちょっと……ですけど……うん、はい」
否定しようとしたが、無駄だと悟ったらしい。
力なくではあるが、最後には頷いていた。
「はっきり言わせてもらうが、お前には向いてない」
「薄々そうじゃないかなって……思ってました」
「技術的に見ても、ほかの奴らと比べて数段劣ってるしな」
「うぅ、そこまで言わなくても」
はっきり言ってナナトリアは不器用だ。
リシスのような細かい剣技が使えない。
血の滲むような努力をすれば可能となるかもしれないが……。
その時間をほかのこと──。
例えばナナトリアの長所を伸ばすことに使ったほうがよっぽど有意義だ。
「でも、だからって向いてる武器があるとは思えませんし」
「少しじっとしてろ」
「……はい?」
ロアは立ち上がってナナトリアに近寄った。
そのまま彼女の二の腕をふにっと握る。
「ひゃっ、なっ、いきなりなにするんですか!?」
「なにってお前の肉を触ってるんだが。そのまま動くなよ」
手や肩、腰。太腿から足首まで。
すべての肉に指の腹を当て、弾力をたしかめていく。
ナナトリアは指示に従ってしかと硬直している。
ただ、触られることに抵抗があるようだ。
あうあうと口を動かしつつ、耳まで真っ赤に染めている。
「こ、こここっ、これってえっちなことで! だ、だっ、ダメなことですよ!」
「えっちって、お前な……第一、ホンモノはこんなんじゃすまないぞ」
「ホ、ホンモノ……っ」
ナナトリアは想像力が豊かなようだ。
ついには放心したように黙り込んでしまった。
「さっきの言葉に補足だ。お前はほかの奴らより技術で劣ってるが、ほかの奴らより特別にいい体をしてる」
「い、いい体って──」
「力ではたぶん、ほかの奴らには負けない」
また変な妄想をされる前に言い切った。
おかげでようやくやましさがないことを理解してくれたようだ。
ロアはため息をつきつつ、丸太に座りなおした。
「それ、一朝一夕で出来るもんじゃないな」
「……実はわたしの家ってかなり貧乏で。畑仕事ばかりしてたから、それでかもしれません」
ナナトリアが自嘲気味にそうこぼした。
貴族だからといって裕福なわけではない。
その例外の家で彼女は育ったようだ。
「戦姫を目指してるのも金が理由か」
「うっ……はい。戦功をあげるだけでも、すごいお金がもらえるって聞いて。両親からは向いてないって言われたんですけど、でも、わたしに出来るならって」
ナナトリアが体を縮こまらせた。
あわせた両手をぐっと握りしめながら、ぼそりと呟く。
「い、卑しい……ですよね」
「べつにいいだろ。っていうかそれのなにが悪いんだ?」
「でも、お金のためなんて人はほとんどいなくて。みんな名誉のためで……リシス様なんて民を守るためにって」
「あいつはあいつ。お前はお前だ。てか、他人のために動くなんて余裕がある奴に任せとけばいい。そうじゃない奴は、余裕が出来るまで自分のことだけ考えてりゃいいんだ」
余裕がないにもかかわらず、他人のために動いていたらそれこそ自滅するだけだ。もちろん、それを美しいとする見方があることも理解している。
だが、個人的には断固として反対だ。
ましてや子どもにそれを求めるなんてことはしたくない。
「ほら、これをやる」
ロアは腰に携えていたポーチからブレスレットを取り出し、放り投げた。ナナトリアがあたふたとしつつも落とさずに受け取る。
「これって……魔装ですか?」
「俺の予備武器の1つだ。最近は使ってないから、やる。たぶん、お前にはこっちのほうが合ってるはずだ。出してみろ」
ナナトリアが立ち上がると、指示に従って魔装を展開する。と、彼女の背丈ほどもある両刃の大剣が生成された。
「うわっ、お、おもっ、い……っ」
ずしんと音をたてて地面に剣先がめり込んだ。
「こんな重いの、扱えません……っ」
「闘気を使えるようになれば問題ない。まあ、まずは使わなくて振れるようになるのがいいんだけどな」
「で、出来る気がしないです」
「弱音を吐くな。って話してるうちに出来たな」
肉が充分に焼けたようだ。
香ばしい匂いが漂ってきていた。
吊るす用の紐を解き、刺していた棒を手に取った。手前に運ぶ間にも落ちていくわずかな脂。勿体ないので慌ててかぶりつく。
「やっぱこの森の奴らはいい肉してんな」
斑猪の肉は基本的に脂が少ない。
だが、今回の斑猪はかなり肥え太っていた。
おかげで部分的ではあるが脂もしっかり乗っている。その上で赤身の旨味もぎっしり詰まっているため、ひと噛みひと噛みたまらない満足感を得られる。
そのまま一心不乱になって肉を頬張りつづける。
と、ナナトリアから物欲しそうな目を向けられた。
「あ、あの……先生?」
「だめだ、やらん」
処理した肉はまだまだ残っている。
だが、それも1つとして渡すつもりはない。
「でも、わたし朝からなにも食べてなくて……」
「言ったはずだ。食糧は自分で調達しろってな」
朝の訓練後、彼女にはそう伝えていた。
だが、彼女はなにもとってこなかった。
初めてということで多めに時間を配したうえでの結果だ。
諦めてもらうしかない。
ナナトリアが恨めし気な目を向けてきた。
さらに頬を膨らませながら小声で抗議してくる。
「あ、あんなに残ってるのに……先生の意地悪……あ、あと…………えっち」
「聞こえてるぞ」
「あぅっ……」
恥ずかしいのなら言わなければいいのに。
そう思ったが、彼女にとっては些細な反抗だったのだろう。
客観的に見ればひどい扱いだとは思う。
だが、これも訓練のうちだ。
より具体的に言えば闘気を発動させるために必要なことだ。
「……仕方ないな。明日から戦闘訓練は一旦お預けだ。先に食糧を調達しろ。ただし、条件をつけさせてもらう」
この森には多くの山菜が自生している。
それだけで飢えを凌ぐどころか、豪華な食事さえ可能だ。
しかし、今回の特訓においてその手段を選ばせるつもりはない。
ロアは口周りが汚れるのも厭わず思いきり肉にかぶりついた。肉をふんだんに頬張ったのち、あえて大きな音をたてて呑み込む。
「──神聖魔装の使用禁止。そして食糧は肉限定。つまり狩りのみだ」




