◆第十話『闘気練成』
学園を取り囲む広大な森林地帯。
その中へとロアはナナトリアを連れ込んでいた。
もう振り返っても学園は見えない。
それどころか周りには建造物がいっさい存在しなかった。
「よし、この辺りが広くてちょうどいいな」
まもなくして辿りついたのは開けた場所だ。
近くには天辺が見えないほどの高さを持つ大樹が1本。周りは低木や草花ばかりで、ほかの場所と比べても見晴らしが特別によかった。
「あ、あの……先生? こんなところでなにを……」
ナナトリアが辺りを見回しながら不安げに言った。
彼女はいまだに状況を理解していないようだ。
いや、状況を理解したくないといったほうが正しいか。
「さっき言っただろ。お前にはこの森で10日間、暮らしてもらう」
「暮らすって……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。ここで訓練をしながら寝て食って生活する。当然だが、期間中は森から出るのは禁止だ」
その生活を具体的に想像したのか。
ナナトリアの顔が一気に青ざめた。
「そ、そんなことできるわけがっ」
「なんでもするんじゃなかったのか?」
「それは……でも、こんなことするなんて思ってなくて」
「つまり、あのときのお前の決意は嘘だったってことか」
卑怯な詰問であることは理解している。
だが、話を進めるにはこれが手っ取り早い。
ナナトリアが俯いたまま動かなくなった。
このまま先の発言を撤回して帰るならそれまでだが──。
彼女は両手に拳を作ると、ゆっくりと顔をあげた。
「わ、わかりました。でも、一旦寮に戻らせてください。その、着替え用の服とか、タオルとか。あと、なにか食べ物とかも持ってくるので……」
「必要ない」
「でも、ここなにもないですし──」
「なにもない? 面白い冗談だな」
ロアは思わずふっと笑ってしまった。
ナナトリアはというと、わけがわからない様子だ。
「だ、だって食べ物とかベッドとか。あとお風呂もないですし……」
「食い物は狩りをすればいい。ベッドが欲しいなら葉っぱでも敷き詰めりゃいい。風呂は近くに湖がある」
「そ、そんな……狩りなんてしたことないですし、葉っぱのベッドなんて……む、虫とか来たらどうすれば……っ。それに湖で水浴びって、は、はだ、裸じゃ──」
「全部なんとかなる。そんじゃ早速、訓練を始めるぞ」
「え、あのっ、先生!? まだ話は終わって──」
「ほら、さっさと準備しろ」
強引に話を断ち切った。
付き合っていたらいつまでも終わらないと思ったからだ。
ナナトリアはまだなにか言いたげだった。
だが、なにを言っても無駄だとわかったのか。
諦めた様子で姿勢を正していた。
ロアはナナトリアと対峙しつつ、話を始める。
「普通の訓練もする予定だが……その前に、まずお前には闘気を会得してもらう」
「それって……ガルディアント王国の技術ですよね?」
「そう、あの国の戦士がよく使っていたものだ」
どうやら最低限の知識はあるようだ。
これなら話は早い。
「アスフィールの神聖魔装と、ガルディアントの闘気。どちらも身体能力を大きく向上させる技だが、利用する力の源が違う。わかるか?」
「えと……大気に満ちるマナを利用して行使するのが神聖魔装。体の内にある力を利用して行使するのが闘気、ですよね」
「そのとおりだ。優秀だな」
「これ、初等部で習う問題です」
「……そうか。まあ、復習は大事だからな」
予想以上に常識問題だったらしい。
褒めたのが台無しだ。
「でも、闘気っていまではあまり使われてないって教わりました。伝える人が、その、いなくなっちゃって……」
「その通り。だが、完全にいなくなったわけじゃない」
そう補足した瞬間、ナナトリアがまぶたを跳ね上げた。
もとより闘気を教えると伝えていたからだろう。
すぐさま〝使える人物〟に思い至ったようだ。
「……まさか、先生が?」
「ああ、俺が使える。昔、ガルディアントで使い手にちょっと教わってな」
ガルディアント出身であることはなるべく秘密にしておきたかった。ゆえに、そう補足して誤魔化したのだが、どうやら必要がなかったらしい。
ナナトリアが「すごい……っ」と感動していた。
向けられる目も輝いていて、むず痒いと感じるほどだ。
「大体、よく考えればわかることだろ。生身の人間が神聖魔装を展開した相手に勝てると思うか?」
「た、たしかに……そうかも、です」
納得したように頷くナナトリア。
実際は《裂気咆呵》以外はほとんど闘気を使っていないのだが……いまは彼女を乗せるためにも黙っておくことにした。
「いずれにせよ、闘気を扱えるようになればお前はいまより強くなれる。これは間違いない事実だ」
神聖魔装と闘気。
この2つをあわせることで新たな力を生み出す。
おそらくヴラディスもこれを求めていたのだろう。
「でも、わたしにできるんでしょうか……」
教わる前だというのにナナトリアが弱音を吐きだした。
彼女は教室で1番弱いと言っていた。
そんな環境で過ごしていたからか、自信を失ってしまったのだろう。
「そんな難しい技術じゃないから心配するな。簡単に言えば、精神を昂揚させるだけの技だ」
「はぁ……精神の昂揚、ですか」
言いながら、首を傾げるナナトリア。
あまりピンときていないようだ。
「なんでもいいから強い気持ちを抱けばいい」
「誰かを守りたいとかでもいいんですか?」
「構わない。ただ、もっと具体的に考えてみろ。誰かを守りたいってことは、その誰かはナニカに狙われてるんだよな。だったら、どうする?」
うーんと唸りはじめるナナトリア。
「……倒す?」
「倒すだけでいいのか? また起き上がって襲ってくるかもしれないぞ」
「こ、拘束して……牢屋に入ってもらう、とか」
「もし脱獄したらどうする? 恨みから襲われるかもしれないぞ。直接、お前を狙わずに家族を狙ってくるかもしれない」
「そ、そんな……でも、ほかにどうしたら」
「1つあるだろ。簡単な方法が」
ロアは無表情かつ淡々と答えを告げる。
「相手を殺せばいい」
「──っ! そ、そんなこと、わたしには……っ」
首を振りながら、体を震わせるナナトリア。
闘気を学ばなかったとしても、彼女は戦姫を目指している身だ。遠からず〝死〟に関係する出来事と遭遇する。
だとすれば、この心構えは早めに学んでおいて損はない。
「ま、闘気においては実際に殺すか殺さないかは重要じゃない。殺したいと思うほどに気持ちを高められれば問題ない」
敵意において殺しは1つの到達点だ。
ゆえにガルディアント王国でも、殺意を発動条件とするのが基本となっていた。それがもっとも効率がよく簡単だからだ。
「実際にみせたほうが早いな」
「お、お願いします。あの、わたしは立ってるだけでいいんですか?」
「ああ。ただ、気をたしかに持つようにな」
そう忠告しながら、ロアは静かに息を吸った。
数えきれないほどの訓練で、反射的に感情を昂ぶらせることはできる。だが、今回は教えることが目的だ。本来の方法──殺意をきっかけに闘気を練成する。
「……いくぞ」
殺したい相手はナナトリア。
そう意識し、摘まみ上げた憎悪という感情を膨張させる。
血肉が蠢くような感覚に見舞われたのも一瞬。体内でくすぶっていた感情がまるで溢れるように爆発する。ほぼ同時、周囲の草木が揺れ、ざわめいた。
気づけば体の表面が赤い靄に覆われている。
この赤い靄こそが闘気の発動に成功した証だ。
瞬きすらも必要としない間に終わった。
視線の先、ナナトリアがぺたんと座り込んでいた。
「いま、お前を殺したいと思いながら闘気を発動させた」
返事はない。
目をぐりんと開きながら、ただひたすらに全身を小刻みに震わせている。
このまま放置するのもしのびない。
そう思いながら手を差し伸べようと近づく。
が、ナナトリアは地面に尻をこするのも厭わずに後ろへ下がった。
「ご、ごめんなさい……っ! わたっ、わたし……先生が、怖くて……っ」
完全に怯え切っていた。
近づいたせいで恐怖心も増したか。
目から大粒の涙も流している。
子ども相手に使ったのは初めてだったが……。
どうやら少しやりすぎてしまったようだ。
ロアは闘気を解除しつつ、自ら距離をあけた。
「これがいつどこでもできるようになれば、たいていの奴には負けない。それこそ同年代の奴らはもちろん、あのリシスにもな」
そう伝えた瞬間、ナナトリアがぴたりと震えを止めた。
信じられないといった様子の目を向けてくる。
「リシス様、にも……?」
「ああ。勝てる」
「ほんと……?」
どうやらナナトリアはリシスに特別な感情を抱いているようだ。それがなんなのかはわからない。ただ、いまはそれを利用しない手はなかった。
「お前が俺の訓練に耐えきったらな。……やれるか?」
すぐに返事はこなかった。
ナナトリアは目線を下向けながら、しばらく思案していた。やがて右手で地面の土を握りしめたのを機に、小さな声で答えはじめる。
「正直、不安しかありません。でも……なんでもするって言ったから」
言い終えるや、顔を上げるナナトリア。
その表情からはもう迷いが消えうせていた。
彼女はゆっくり立ち上がると、尻を叩いて汚れを落とした。
その後、大きく深呼吸をしたのち、真っ直ぐに見つめてくる。
「わたし、頑張ります。先生の訓練に必ず耐えきってみせます……っ」




