【8】2人の呪詛者・弐(京奈千冬、アリス)
気になる、目の前にいるこのアリスという人物、この豪華な内装の建物。アリスに会って数十分、何も知らされていなければ、何も分からない。
「ねぇ、千冬」
「え、は、はい!」
まだ、アリスを信用できる訳じゃない、アリスは呪詛者、いつ襲ってきてもおかしくないからだ。
「千冬ってさ、本当に1年なの?」
急に何を訊いてくるんだこの人は、恐怖と動揺やら、その他悪い感情がたくさんと湧き出てくる。その感情は、数分感覚で胸を刺激する。
「···1年ですけど、どうかしたのですか?」
「あ、いや、その割には私と同じくらいの身長だな、と」
もっとヤバいことを言われると思っていたが、予想外に、ほぼどうでもいいものだった。
「私のクラスの女の子は皆、私くらいかそれ以上はありますが···、むしろアリスさんの背が低い――ッ!」
口を滑らせた。アリスを、それもノロイアイの相手である呪詛者を怒らせた。千冬の背中にひんやりと寒気が走り、大きく開いた瞳をゆっくりとアリスに向ける。
――そこには、近くの柱付近で小さくなっているアリスの姿があった。
「え?」
なんという光景だ、千冬の恐怖しているアリスが、今にも泣き出しそうに座り込んでいる。
「千冬、私ってやっぱ、身長低いかな?」
「あ、それは···」
違うとは言えなかった、千冬の身長は4月に測定した段階で152cm、今のアリスの身長は、見た感じ155cmといったところだ。
「周りは背が高いのに、私は背が低くて何だか仲間外れみたいでイヤなんだ」
「···あ、でも人には個性があるから良いと思いますよ?」
フォローになっているのか分からない。ただ、取り敢えずこの謎な状況をどうにかしないといけない。アリスが、あの意味不明なアリスが、完全にいじけている。
「背の高い女性って結構人気あるよね、私ももう少し身長高ければね···」
絡みが掴みにくいのだが、その気持ちは分からなくはない。千冬もクラスの女子と比べて胸のサイズが小さい、体育の時間、更衣室では皆に見られないように意識している。
「わ、私背の低い人の方が好きですよ?」
何を言ってるんだ自分は、と思ったのだが、然程間違いではない。体が小さい方が小動物のようで可愛いし、胸の小さい自分と並んでいるようでいい。
「ホント?」
振り向いたアリスの目は光を反射している、泣いていたようだ。涙の原因は他とは違う身長。
「う、うん!ホントだよ」
アリスと会話していると、段々と分かってきたことがある。それは、以外と大丈夫な人だということだ。いま一度、アリスに目をやると、アリスは上機嫌で少し幼い笑みを見せていた。
「···」
少しだけ千冬の警戒が緩んだ気がした。
***
初めてアリスと会ってからおよそ4時間ほど経過した。会話は身長の話以外にも、好きな動物について盛り上がった。
「あ、そろそろ昼食の時間だから帰らないと」
壁に掛けられている大きな時計は12時13分を指している。千冬が走るようにドアへ向かうと、アリスが千冬の服の袖を軽く引っ張った。
「帰るって、どこに?」
アリスの目は、物事を知らない子供のように、全てに疑問を持つ人間のような、魂がないようで、透き通った目だ。
「家に、帰るんだよ」
逃げれないけど、体が拒絶反応を示している、そんな感覚。千冬は何と返せばいいのか分からなかった、アリスの言っていることがよく分からないからだ。
「家?千冬の生きる場所に、もう家はないハズだよ?」
「え?」
よく分からないのだが、良からぬことというのは分かる気がする。
「千冬は独りなんでしょ?だから昨日の夜だって「助けて」と言っていたけど、人の名前が出てこなかった、違う?」
違わない、その通りだ、千冬は独り、助けてくれる人はいない。そんなことは数年前に分かりきっていることだ。ただ、認めると悲しくて、自我を失い悲しみに暮れるだけ。
「だから私は千冬に呪いをかけた、愛の呪いをね。だから私と千冬は結ばれた、千冬の居場所は私がいる場所、それ以外にはあり得ない」
納得したくない、自分は自分でいたい。いまのアリスには数時間前、身長の話をしていた時のアリスの表情は一切なかった。
「私は、千冬を独りにしない」
千冬は困惑しながらも、それが正しいと認めるしかなかった。なぜなら千冬は独りだから。




