【6】相思相愛(浅野憂)
放課後、生徒会長の言葉を胸に、学校から逃げるように家へ帰る。
「ハァ、ハッ、フゥ···」
いつも以上に疲れるのが早い、これも市花が全く食事をとっていないからかもしれない。
憂のことが頭から離れない。
***
家の前に立つと、このまま家に入っていいのか悩む。家に入ると1日が終わる、そんな気がするからだ。部屋に入ってベッドに潜る、それが何もない1日の終わりなのだ。
「明日は、きっと良いことあるよね」
そう呟き家に入る、その後ろ姿はまるで、希望を失い、自分が分からなくなったものだった。
***
以前は帰るとリビングに行き、始めにテレビの電源を入れ、夏なら扇風機を付け、冬ならこたつに入る。そんな毎日だったのだが、最近は家に入ると、すぐに2階の自分の部屋へ行く。
こんな毎日だとダメだ、心の中でそう叫ぶのだが、自分を愛してくれていた憂のことや、呪詛者のこと、何もかもが市花を悲しみの海に沈める。
「ごめんね、憂ちゃん、不知火さん···」
そう呟いた後、部屋のドアを開ける。その光景は直ぐに目に入った、憂が、市花の部屋にいたのだ。
「あ···」
「あ···」
「ゆ、憂ちゃん!?」
市花は一瞬にして驚き、左足を引いた。が、驚いたのは、市花だけではなく憂もだ。両者が同時に足を引く光景、少し面白かったが、笑える状況ではなかった。
「憂ちゃん?なんで?どうして、ここに?」
「···」
憂は答えようとしない、表情から推測すると、言いたくない、言うのが恥ずかしい、といった感じだろうか。
「···フゥ···」
憂は一度深呼吸をし、ゆっくりと口を動かした。
「ゴメン、どうしても市花に会いたかったんだ。何でかな、自分でも良く分からないの、もう市花のことは忘れようと思ってるのに、忘れたく、ないの」
その目に浮かぶ少しの涙は、以前屋上で見た涙よりも、一際輝いていた。
「···バカ」
市花が小さな声で言う。
「え···?」
思いがけない言葉に、憂は何と返せばいいのか分からなくなった。
「忘れようとしたから、私とキスしたの?」
「それは···」
「キスなんてしたら、もっと恋しくなっちゃうじゃんか!」
その曖昧な言葉は、人の心を小さくち突っつくような浅いものなのだが、憂は違った、なぜ市花のことを忘れられないのか、それは自分があの時キスしたからだ、そうと確信した。
「···」
何を言えばいいのか分からない、何ができるのかも分からない。そんなことが憂の頭を過る。
「私は憂ちゃんのこと、大好きだよ?」
ずっと好きだった人に「大好き」と言われると、胸が苦しくなる。この感情は市花に言われたからこそ、感じるものなのだろう。
「ッ···。抱きしめて···」
「抱きし···はい?」
いきなり憂が喋った言葉、「抱きしめて」その軽く動いた口とは釣り合わないほどだ。
「え?いや···どうして?」
「どうしてってその、す、好き、だから···かな?」
「ぎ、疑問文!?」
久しぶりにバカ気た会話をできた気がする、もう二度と、呪詛者である限り、絶対にこのような会話をする機会はないと思っていたからだ。
「市花は、イヤ?私を抱きしめるの」
こんな質問、なんて返せばいいのか分かるわけがない。イヤとかそんなんじゃない、恥ずかしいから、迷っているのは、憂も分かっているだろう。
「え、いや、その···イヤじゃ、ない。むしろ、その方が安心とかするかも、だし」
市花の言葉で、部屋は瞬間にして静まり返った。憂が1歩市花に近付き、市花は困惑しつつも、後ろに引いたりしない。憂の足は少しずつ市花に近付いて、数秒後には2人の距離は50cmまで狭まっていた。
「憂ちゃん、や、やっぱ緊張するよ」
「···」
憂は市花の言葉を無視した訳ではない、早く、市花に触れたいだけだ。勿論、憂だって緊張している、胸や手首、首に手を当てなくても、身体中にドクドクと鼓動が響いている。
次第に距離は互いに抱き合える距離になり、市花と憂は抱き合っていた。
「···」
鼓動が相手に伝わっている、市花には憂の、憂には市花の、高く、胸に響く鼓動だ。
2人は20分ほど抱き合っていた、日向が帰ってきて慌てて手を離したあと、「さよなら」とだけ言い憂は帰った。
そして、今日が終わった。




