惹かれ合う2人(坂上美恋、坂上宰)
目を覚ますと、私のすぐ隣でぐっすりと寝ているその人は、私の小さな手を握ってくれていた。決して、その人の手は温かいわけではない。どちらかと言うと、その人の手は冷えている。
時計を確認すると、まだ5時だった。特に意味もなく、早起きをしたのだ。
いま私のいるこの空間には、私と時計以外に動くものがない。そこで、私は空虚な妄想を抱いた。『世界を崩壊したい。この人のいるこの世界を、私の手で壊したい』。
『壊す』という行為は、何かをなくすことではない。『そこに在った証』を創るのだ。
私のいるこの『空間』にあるもの、全てを壊せば、私は『孤独でない』ということになる。
「···宰、起きて」
私とは『坂上美恋』のことだ。この世界の人間であり、世界の陰で行われている、『ノロイアイ』の参加者だ。
美恋は――坂上宰の、義理の娘になった。
「ねぇ···私、独りだよ?」
いくら揺すっても、寝返りを打つくらいで起きやしない。
「···私ね、今までずっと『孤独』だった。でも、美悠に会えて、宰に会えて、私は···『孤独が嫌い』になった」
体が重い。いや、空気が重い。『何もない』というのは、これほど退屈なものだったのか。
「まだ5時だよ?」
美恋の体を引っ張ったのは宰だ。そのまま、美恋は宰の上に倒れた。
「···起きてたの?」
「うん。3時くらいから···ずっと。美恋が心配だったから···」
宰の『一言余計』なところが、美恋にとっての宰の特徴だ。
「···やめて。照れるから···」
「うん。じゃあ止める···まだ寝たいから自分の部屋で寝てくる···」
白い布団から体を出しても、宰の体は白かった。宰曰く、もう治らないだとか。
「···バカ」
起き上がろうとする宰の冷えた手を美恋が引いた。宰はにこりと笑い、もう一度布団に潜った。
「···私は宰が嫌い。···美悠と同じ···多分、それ以上に、宰は『優しすぎる』···宰は知らないんだ、『優しすぎる凶器』を···」
「知ってるわよ。何年も前···私の『正しい』は『他人に優しくすること』だったのだから···」
美恋が目を閉じた時、宰は美恋を上から抱き締めた。数秒間抱かれ、離れると、宰の顔の包帯の隙間から見える目には、くっきりと美恋が映っていた。
······『見られている』。自分を見てくれていると思うと、美恋は――『ドキドキ』する。
「···この『全身の傷』はね···『1人の見知らぬ女の子』を助けた時に負った傷なの。私の『優しさで···私が傷付いた』のよ」
美恋の瞼が濡れた。宰の目から流れ出ているものはよく見えないが、『何か』は分かる。
「どうして、泣くの?」
「――私は自分に誓ったの。『もう誰も助けない』『困っている人がいたら見捨てる』···って。でも、おかしいと思わない?『私は美恋を助けたのよ』」
宰の涙が、美恋の目に入った。美恋は目を瞑る。
「私は『優しさ』を捨てられなかったのッ!私は『正しさ』を優先したのよッ!···どうしてかな···?」
――「宰!」
美恋の声に、宰は目を大きく開けた。
「『違う』···私には、『私たちには』···宰が優しさを捨てたかったとか、そんなの関係ない!――宰は『ただの宰』でいてくれたらいいの!『優しさ』や『正しさ』を純粋に思う···宰が···ぁ···」
次の言葉が出てこない。ただ一言···美恋の伝えたいその気持ちが、いまは言えない。
「···『ただの私』って、何もない私が『ただの』だったら、美恋に何もしてあげられない···美恋を···『美悠』だってそう···『愛したい』のよ」
宰から吐き捨てられる一字一句に美悠は腹を立てた。自分を助けてくれた『宰』が、自分の前で自虐的な発言をするのが嫌だ。だから――美恋は宰の頬を叩いた。
「本気で···そう思ってるの?」
「え?」
「『愛される』ってのはさ、『自己満足』のためにあるんだよ···自分は愛されているから独りじゃないって、自分自身に言い聞かせるんだよ!だって···『私がそう』だもん···」
ガラッ。と、隣の家の窓が開いた音がした。大声を出しすぎたか?美恋と宰は互いに見つめ合う。
「···私は『宰に愛されてる』。だから、もう『これ以上愛さないで』」
「······」
宰は何も答えない。
もしこれが『約束』になるのなら、宰はこんな『約束』は受け入れない。もっと、もっともっともっと、『美恋を愛したい』のだ。
「···私、もう起きるね。美恋は···もう少し寝てて」
宰はそう言って、美恋の肩まで布団を被せる。それは小さな『別れ』で、胸が痛くなる。
「分かるよ···このあとこっそり泣くんでしょ?」
だって、顔をこちら向けないもの。斜め上を向いて、何も喋らずに、涙が溢れないようにしてるんだ。分かりやすすぎる。
「···『泣く』?そんなわけないじゃない。どうして···泣かなければいけないの?」
「私を愛したいからだよね?美悠を愛していたからだよね?···『悩んでいる』からだよね?」
その時、宰はその場に伏せた。顔を隠している。
「···堪えられなかった。···何年ぶりかな?私が、『誰かの前で涙を流したのは』···――」
今から12年前、美悠が生まれてから2年が経ったある日、宰はこの『全身の火傷』を負った。このズタボロの体ではもう誰も愛せないと思い、宰は夫と離婚する。――その時、宰は夫の前で泣いた。夫はまだまだ『宰を愛すつもり』だったのだが、宰は一緒にいたくないと、迷惑をかけると『理解していた』のだ。
「······ごめんね。宰。『私が宰を愛さない』のにはね、ちゃんと『ワケ』があるんだよ?···『愛し、愛された人を···宰は失いたくないでしょ?』」
――美悠と、宰と、『一緒に』いると、息が詰まる。
「···私は宰に『生かされてる』んだよ。宰が『死んでと言えば死ぬ』し、そう···私は······『宰の物』なんだよ」
後は···『なんといえばいい?』なんと言えば···宰は喜ぶ?宰が喜べば···自分はどうなる?
――やはり、宰といると息が詰まる。
「美恋の存在に気付いた次の日に、私は『美恋に家族がいないこと』を知ったわ。私から会いに行くのは···美悠のためじゃないから、私はただ···『美恋を家族にしたい』と、『美恋と打ち解けたい』って、思っていたわ」
――。
「でも、もう『違う』。『美恋は家族』よ。私の愛すべき家族なの。···だから捨てない。一緒に、そばにいる。美恋を退屈させない。美悠同等に美恋を愛す。美悠のためにね」
――やっぱり···宰は優しさを捨てていない。この『優しさ』が『無意識』なら、宰はただの変態だ。そして、そんな宰に『憧れた』私は···もっと変態だ。




