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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
53/55

【53】大切な娘(天野日向、宮辺ひろ)

 11時26分。

 日向とひろは宮辺家の前まで来ている。チャイムを押すと、家の中ら男性が出てきた。これがひろの父親だ。

「···お父さん、ごめん。何も言わずに家を出ちゃって···」

 ひろが謝っている。ひろの言葉を聞いているひろの父親は、怒りもせず、ただ自分の娘を見つめているだけだ。

「この子が···『日向さん』か?」

「日向ですけど···あっ」

 ひろの父親のひろへの問い掛けに、なぜか日向が返事してしまった。

「···日向さん?あの···ですね、少し話したいことがあるのですがいいですか?」

「話し?いい···ですけど?」

 場の雰囲気に流されながら、日向はひろの父親に案内された部屋まで移動した。――そこは『ひろの部屋』だ。

「···どうぞ、そこに腰かけてください」

 どうして客室じゃないんだ?と思ったが、人それぞれなのだと自分自身に言い聞かせた。

 テーブルの周りに日向とひろの父親が座り。日向の斜め後ろにひろが座る。

「この部屋はね、啓斗が9歳の頃から啓斗の部屋になったんです。だからここには、啓斗の過去がたっくさんあるんですよ」

 そう言いながら、ひろの父親はクローゼットを開けた。服と服の間から見えたのは、油性ペンで描かれた人の顔だった。

「···落書き?」

「はい。啓斗が、まだこの物に何があるのか分からないという頃でした。油性ペンと水性ペンを間違えてしまい、この落書きはずっと残っているんです」

 それがどうしたというんだ?もう何から何まで質問したかった。ただ、後ろでひろが震えているのが、少し面白いと思うだけだ。

「本当はね、この落書きは消すハズだったんです。でも妻が反対したんですよ、「これは啓斗の思い出だ」って、もう何を言っても聞かなかったんです」

「···あの、何が言いたいんですか?」

 堪えられなくなった。こういう目的の分からない話は嫌いだ。

「――この話には、特に『意味』なんてないんです。ただ、ひろが『大切』なんだという、この『気持ち』を伝えたかっただけなんですよ」

 意味が分からない。いや、『意味がない』のか。だけど、日向にはひろの父親の言っていることが理解できないのだ。

「···『大切』って、それ本気で言ってるんですか?ひろのお願いを聞かずに···何が『大切』なんです?」

「えっと···それは···やはり『あの件』ですか···?」

 『あの件』とだけ言われても、どの件だ?と返すのが当然だ。だが、日向は言わなかった。『呆れている』からだ。

「···私だって、ひろと一緒にいたいんですよ。私、多分『ひろ中毒』なんです。ひろがいないと···『ダメ』になるんです」

 日向のすぐ後ろで本が落ちた。振り向くと、ひろが日向を見つめていた。

「あっ、ごめん。ひろ、私変なこと言っちゃった···」

「――啓斗はね、毎日のように「先輩に会いたい」と言うんですよ。なぜそこまで言うのか、いま分かった気がします」

 ひろの父親は、日向を見ながら首を前に振っている。何を、どう、納得したのかは分からない。

「···どうして『会わせてくれない』んですか···?私も、ひろも、お互いと『会いたい』と思っているのに!」

 その問いかけに、ひろの父親は困惑した。何を話せばいい?ではなく、『何から話せばいい?』という思いが表情から見て取れた。

「――妻が···『癌』で入院中なんです···数ヶ月前ですかね、妻は「啓斗に会いたい」と唸るような声で言いました···」

 ひろの母親が癌だということは、ひろが言っていた。日向は覚えている。

「妻には『妻に惚れた男』として、人生の最期には笑ってほしいものです。ですから···『妻の幸せには啓斗が必要』なんです!」

 ひろの父親は言い切った。自分の意思を尊重し、反論に困る眼差しを日向に向けている。

「お母さんは···ッ、お父さんのいない時に、私に言った。「お父さんの言うことを聞いて」···って。どうしてなの?って思ってた···でも、お母さんはそういう『性格』だから···――」

 日向の後ろで、ひろが震えていた。「大丈夫?」の一言もかけられないまま、日向は目線をひろのへと戻した。

「あぁ···そうだよ啓斗。お母さんはね、恥ずかしがって啓斗には言えなかったんだ。だからお父さんを使ってまでして、啓斗に会いたかったんだよ···お母さんも、お父さんも、啓斗が『好き』なんだ」

 これが家族というものか。既に父親を亡くしている日向には、父親の『優しさ』が分からない。――『母親の優しさ』は分かる···気がする。

「···で、でもお父さん···あの、えっと···あの···」

「ん?『日向さんと会える日がほしい』か?」

 ひろは小さく頷いた。気恥ずかしいのか、悪気があったのか、日向はただひろの手を掴むことしかできなかった。

「···『難しいかもしれない』。妻は···啓斗に会いたがっている。僕は「妻に会いに行こう」としか···言えないんだ」

 ひろの父親の、その表情。自分に迷っていた頃の『日向自身』に似ていた。それは何か大切なものを『天秤』にかけなければいけない時だ。日向は目を反らした。

「――今日はただひろを帰しにきただけなんで···もう帰ります。私の『大切な家族』が待ってるんで」

 日向はそうとだけ言い、部屋のドアを開けた。だが、ひろの父親が日向を呼び止める。

「···あの、最後に『頼み事』があるのですが···啓斗にとても関係することです」

 ――日向は素直に、ひろの父親に向き合った。


 日向が家の前に着いた時、時刻は12時36分を指している。

「···『寂しい』です。『ひろがいないのは』···」

 もうひろが勝手に来ることはない。100パーセントだ。『どうしてひろを送り返したのか?』と、なぜだか考えてしまう。

「はは···啓斗もいま···落ち込んでますよ」

 日向が『電話』で会話をしている人物は、ひろの父親だ。あの時、電話番号を教えてくれ、と頼まれたのだ。

「『落ち込んでる』···は違うと思います」

「えっ?」

「···ひろは多分···『期待』してますよ。いつ、私に会えるのか?許可は貰えるか?そんなことを考えて、でも答えはなくて···それでも『諦めない』。それが、私の···######です」

 日向がそう言うと、ひろの父親は微笑した。

「あ、そうだ。ずっと疑問に思っていたのですが、その『ひろ』というのは何ですか?」

 何気なく訊かれた質問に、日向は悩むことになった。

 『ひろ』というのはあだ名。だが、日向には分かる。この『ひろ』という呼び名は、自分とひろを『繋いでいる』のだ、日向は薄々理解してきたのだ。

「『ひろ』は···『私がひろと一緒にいる証』···ですかね。私が考えたあだ名です」

 日向なか細くなった声を聞き、ひろの父親まで沈黙した。

「······そうですか。『ひろ』は、『大切な存在を···手に入れた』んですね···」

「ぁ···『嬉しい』···ですか?」

「はい···はいはい!『嬉しい』に決まってるじゃないですか。『ひろ』は『私たち』の愛す···大切な娘ですから」

 それから3分ほど、2人はひろの話で盛り上がった。

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