【52】あなたが好きだから(天野日向、宮辺ひろ)
夜。日向が1人でリビングにいた。
――眠れない。
時計の針と、オルゴールから流れる懐かしい曲で、自分が生きているこの場所は、時間が経っているのだと分かる。
やることがない。こんな時間に、できることは少ないのだが。
時計を見ると、時刻は1時を回っていた。
部屋に戻ろうと、日向が椅子から立ち上がろうとした時だった。インターフォンが鳴った。
「はぁ···い」
「···」
返事がない。カメラに映る人影がない。不気味だ。
「···出てみるか」
こんな時間に、誰がくる?ドアを開けたら殺されるかも···いや、でも出ないのは礼儀として······。
日向lは5分ほど悩んだ後、ドアを開けた。――誰もいない。
「イタズラだったのかなぁ···」
日向が呆れてドアを閉めようとした時、微かに声が聞こえた。
「······い。せ···ぱい···。『先輩』!」
すぐ横だった。ドアの横に人影があったのだ。
「この声···『先輩』って!えっ、『ひろ』!?」
ドアの影に、確かに誰かがいた。近付いて見れば分かる――そこにいたのは『ひろ』だった。
「どうして···ここに···なんで、来たの?」
日向の問い掛けに、ひろは答えない。ただ俯いたまま黙り込んでいる。
「お父さんは?1人で来たの?···『許可』は?行ってもいいって言われたの?ねぇ、答えてよ!」
ただひろの表情に戸惑いながら、日向は尋ねることしかできない。次第にひろの目から涙が溢れ落ちた。それを見て、日向はもう何も言えなかった。
「······私はただ先輩のことが好きだから···長い間会えないなんて嫌だから···でもお父さんはそれを許してくれない!私のことなんて何も考えてくれない!お父さんにはお母さんや友人がいる、でも私には···『先輩しか』いないんです···だから···――」
日向が気付いた時、既に日向は自分自身の『手』で、ひろの頬を叩いていた。
自分でもなぜ叩いたのか分からない。いま思い付くものは、全て日向の思い込み。ひろに暴力なんて振るいたくないのに···『どうして?』
「かっ···ぃ······あのっ、えっと···『ダメ』じゃんか!私はそれでも、ひろのお父さんが許しをくれると思って、許可をくれたら···一緒に遊ぼうって···『告白の返事』もしようって思ってたのに···」
もしかして自分は失望しているのか?日向は自分の一字一句が後悔へ繋がると理解した。
「···『許可』なんてくれるわけ···ないじゃないですか···」
「でも勝手に家を出て会いに来るのは『違う』でしょ!?」
「――先輩はッ!私のこと···『嫌い』なんですか?私と『会いたくなかった』んですか!?」
「ッ···」
日向は何も言い返せなかった。
ひろのことは『好き』だ。多分、この『感情』は『先輩と後輩の仲』より、もっと、それ『以上』だと思う。
ひろとは『会いたかった』。でも誰かを欺いて『会う』のは···『望まなかった』のだ。
「···今日はもう遅いから···今日は泊まっていきなよ···」
「······いいんですか?」
「うん···でも明日には帰ること。『私も付いて行く』から···」
――ひろが頷いた。
日向とひろは、日向の部屋へ行った。
「···ひろは私のベッドを使って。私は布団敷いて寝るから」
「え、でも私は客ですし···先輩に配慮されるのは···ちょっと···」
「いいから!先輩である私が『そう』しろと言ってるの!後輩であり客のひろには『拒否権』なんてない!」
ひろは、日向に体を押された。そのまま、ベッドに倒れ込んだ。
「···ごめんね。辛辣に接しちゃってて···なんていうかさ、ひろが来て、安心とか怒りとか···もうわけ分かんなくなってるんだ」
日向の見つめる先には、自分が部活動で使っているラケットケースがある。青色の中に黒色で「日向&ひろ」と書かれている。
『日向&ひろ』――これは日向とひろがダブルスを組んだ『証』だ。そして、日向とひろを結びつけてくれる物でもある。
「···私とひろは『結ばれている』から。絶対に離ればなれにはならないから」
時計を見ると、2時を回ろうとしている。それでも日向は眠たくない。
「······『大好き』だよ。ひろのことが、私は大好き」
――ひろは既に、ベッドの上で眠っていた。疲労のあまりだろう。
ひろの寝顔を見ながら、隣で日向は微笑んだ。




