【51】私の居場所はどこ?(新崎綾香、坂上宰)
最近、天気が優れない日が多い。一昨日、また雨が降ったのだ。
新崎綾香は躊躇いながら坂上家の『小屋』に来た。
「···宰さん···来たよ」
誰もいないように見えるが、坂上宰は抜け目がない人だ。どこに隠れているかも分からない。隠れているんじゃないか?と思うだけ、隠れていないかもしれない。
「やっぱ来てくれたね」
――誰もいない小屋の中から、なぜか宰の声がする。小屋には隠れる場所がないのに?
「···どこ?」
「あなたの目の前にある、その『ウサギの人形』よぉ。あなたが来るの遅かったから、待っている間に『人形になっちゃった』の」
確かに、新崎綾香の見たことがない『ウサギの人形』がある。この人形が自分と言っているのか?
「···呼んでおいて姿を見せないってどういうこと?私、もう帰る――ッ!?」
新崎綾香が呆れてその場から帰ろうとしたとき、宰は既に、新崎綾香のすぐ後ろに立っていた。
「んー···『帰る』って『どこに』?」
「は、はぁ?」
「いまのあなたに『居場所』なんてないハズよ?美悠がいなくなって、あなたは『独り』になったのだからね」
宰はそう言いながら、一歩、一歩と新崎綾香に近付いて行く。それと同時に、迫られている新崎綾香は一歩、一歩と後ろへ引いて行く。
「それは···ていうかなんでこっちに来るのさ」
「?···『逆に』訊くけど、どうしてあなたは下がっていくの?」
そのまま小屋の中に入り、辺りは暗くなった。小屋に入ってしまったいじょう、出口は1つ。宰を避けて通るのは難しい。
「···色々前置きは考えてあるけど···面倒だから簡潔に言うわ。『私はあなたに居場所を与えたい』···」
「···え?」
後ろに下がっていた新崎綾香は、ついに壁に追い込まれてしまった。
「あなたは『私の美悠』を愛してくれた。美悠が笑っているのを見て、どれほど私が喜んだことか――だから私はあなたに『居場所』を与えたいの」
――だが、新崎綾香は逃げ場を失ったわけではない。新崎綾香の身体能力なら宰を飛び越えることができる。いざとなれば、宰を押し倒してでも逃げればいい。
「···いらない。私は美悠を殺したんだッ!だったらその『償い』はキッチリと受ける!私は世界で一番『孤独』が嫌なんだッ!」
ピシィッ。という音が、小屋の中で響いた。――宰が新崎綾香に平手打ちをしたのだ。
「···え?」
新崎綾香には何が起こったのか理解できなかった。どうして?自分は叩かれるようなことを言ったのか?何がいけなかったんだ?いくつかの疑問が浮かぶ。
「···自分を傷付ける行為になんの『意味』があるッ!?自ら自分を追いやって何が生まれるッ!?」
宰が怒鳴った。美悠の言動の『愚かさ』に、宰は堪えられなくなったのだ。
「···生まれるのは『後悔』だ······私は『あなたに後悔してほしくない』ッ!何度だって言う!私はあなたに『感謝』しているのよ!?だから、私は何がなんでもあなたを『手に入れる』ッ!」
新崎綾香は驚いた。なぜなら、宰が手首を掴んできたのだ。いくら身体能力が異常でも掴まれると抜け出すのは困難だ。
「···何さ···いきなり···それに、あなたは美悠を見殺しにしたんだから!」
「あぁー···『止めなかった』も何も···私ね、その時『家にいなかった』のよ。『病院』に行っていたわ···帰ってきたら美悠が死んでいた···」
「病···院って···そんな!···知らなかった···」
自分は勘違いしていたのだと、新崎綾香は『後悔』した。よりによって『この人』を、自分は罵倒していたのだ。
「···それでも私は『償いたい』···私は美悠の母親である『あなたに』···咎めてほしい」
新崎綾香は、その場で座り込んだ。もう自分は逃げない、あなたの好きにしてほしい、そうと思いを込めながら、新崎綾香は俯いた。
「···あなたの『償い』は『自分を苦しめること』なの?いまの、あなたの『幸福』は何?」
「『幸福』は······『ない』」
早く、私を咎めて。そう思うのは、願うのは、いけないこと?なぜそう思うのか、願うのか、それは···多分、私が美悠と、この宰という人に『惹かれた』からだと思う。
「···私からあなたへの『咎める』は、あなたが『幸福を見つける』こと···『あなたが私のそばにいること』!これは『お願い』なんてちっぽけなものじゃない!あなたが『欺けない』『命令』よ!」
「···ッ」
新崎綾香は言葉が返せなかった。1刹那でも『宰に咎められたい』と思ってしまうと、新崎綾香は宰の『物』になる。
「···あなたが美悠を愛してくれたように、私はあなたを愛す。あなたを必ず『幸せ』にして見せる」
宰は怪我をし、包帯の巻かれている膝を地につける。新崎綾香と目の高さを合わせるためだ。
「···うっ···あぁ」
宰の顔が滲んで見えた。なぜか?それは『涙』が出てきたからだ。
「······『お願い···します』」
言った。『新崎綾香の人生』を決める一言。
「――言ったね。ありがとう」
宰は新崎綾香の頭を撫でる。そして、抱きすくめた。




