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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
49/55

【49】2人が愛したもの(新崎綾香、坂上宰)

 坂上美悠を殺したことにより、新崎綾香は居場所を失った。

 雨に打たれるより、腹が空くより、『居場所がない』方が辛い。

「···早く他の呪詛者も殺さないと···早く、『世界を創らないと』···」

 美悠の死体は既になくなっていた。エルスが回収したのか、それとも···他の誰かが見つけたのか。すぐに逃げた新崎綾香には分からない。

「ははっ、いま思うと···私って『美悠中毒』だったのかな···美悠がそばにいないと、美悠の顔を見ないと······『死ぬ』よりもっと苦しくなる」

 新崎綾香の思う『死ぬ』は『絶望すること』だ。『絶望』より辛く、苦しいものはあるのか?その『不明な感情』が新崎綾香を包み込む。

「――へぇー。あなた、『美悠が好きだった』んだ?」

「ッ!」

 その声に新崎綾香が振り向くと、そこには全身に包帯が巻かれた人物が立っていた。

「ッ···あ、あなたは···?」

「···私は宰。坂上宰。『あなたが殺した坂上美悠』の母よ」

 ――包帯の隙間から見える宰の口は、どことなく『笑っている』ように見えた。

「美悠の···お母さん···ッ。どうして!私が美悠を···殺···したって知ってるの」

「んー。1年も前から、美悠の様子が変だと思っていた···毎日朝と夜に家を出て、10分ほど経てば戻ってくる。何でかなーと思ってさ···あとつけてたら···あなたが居たんだよね。で、私は――」

 宰はそこまで言って、天井を指差す。そこにあったのは――『カメラ』だった。

「『あなたを観察』し始めた。見てよ、この手帳。ここに全て、あなたのことが書かれているのよ?そう、何だって。あなたがナイフを隠している場所だったり、あなたが美悠を想いながら『ヤった』回数だって···えっ?」

 宰が瞬きをしたその時、新崎綾香は、宰まで僅か10センチほどのところまで進んでいた。

 宰は反射的に、手帳を持つ左手を上に上げる。

「へ、へぇ···その身体能力って『呪詛符』の影響って、やつ?」

 新崎綾香の身長なら、手帳には届かない。そう、甘く見てしまった――。

「ッ!?」

 中学1年生なのかと疑いたくなるような···跳躍力。新崎綾香は軽々と跳び、手帳を取った。

「···あなたがどれほど私のことを知っているとか、そんなことで私を負かすことはできない。私は『呪詛者』であなたはただの『人間』なのよ」

「へぇ···で、その手帳はどうするの?そこに置かれている、美悠から貰った服の下にある『ライター』で燃やすの?あなたが私から取ったのだから、その手帳をどうするかはあなた次第よ」

 新崎綾香は、手帳を――『破かなかった』。

「···読むわ。これをどうするかは、内容で決めるから」

 1ページ、1ページを捲っていく。3ページに1回くらいの中に、1つだけ『赤色のペン』で書かれた文字があった。

《美悠が笑っていた》

 たったそれだけの文字だ。少ない文、なのに――なぜ?

「···『悔しい』けどね。あなたといる美悠は···『輝いていた』わ」

「···わ、私が悪いことをしたっていうの!?ただの『嫉妬』ってことじゃない!」

 新崎綾香が、大声を上げる。そんな新崎綾香を見ても、宰は表情ひとつ変えなかった。

「『嫉妬』···じゃないかな。ただ、美悠は私の大切な『娘』なのよ。『子供の笑顔を求めない親がいると思う?』」

「···何よ、それ。やっぱり『私が悪いってこと』···じゃない···」

 ページを捲る手に力が入らなくなってくるのが分かる。どうして?どうして···私は『絶望』してるの?

「···違うよ」

「――え?」

 宰が言った言葉の意味が理解し難かった。何が『違う』のか分からないのだ。

「――···私はあなたに『感謝』してる。私の求めていたものを、あなたなら実現できる。なぜ自分にはできないのかって『悔しくて』、あなたといる美悠が笑顔で『嬉しくて』、あなたに『感謝』してるのよ。手帳の48ページ。『2016年3月6日』のところにそう書かれているわ」

 新崎綾香はページを捲らなかった。必要がないと分かったからだ。

「···あなたの『感情』なんてどうだっていい。あなたと私は違う『世界』に生きているの!あなたに私の何が分かるの?あなたが私に何をできるの?こんなこと書いて、あなたはただ『書いただけ』じゃない!私が美悠を殺すとこ、見てたでしょ?どうして『止めなかった』のよ!」

 新崎綾香は、その捨て言葉を残して走っていった。宰は話せるだけ話した、手帳だって持っていってくれた。それだけで宰は良かった。

***

「何なのよ···あの人ぉ···いきなりでてきて『感謝してる』って、意味分からない···」

 坂上家から数百メートル離れた場所に公園がある。その公園のブランコの前で、新崎綾香は倒れ込む。もう歩けない。進みたくない。頭に浮かぶのは、坂上宰だった。

「···これだから『美悠以外の人間は嫌い』なのよ···『美悠以外の誰が』私を満たしてくれるっていうのよ···もう、嫌だ。早く···『神にならないと』···」

 地面に小さな丸がいくつかできた。これは何?新崎綾香の涙ではなく、雨だった。

 ――雨は好きだ。雨に打たれる『絶望感』がいい。嫌なことがあったとき、雨に打たれると、嫌なことより『絶望感』が勝ってしまい、嫌なことなんてどうでも良くなる。

 ――でも、違う。今回は違う。

「どうして···どうして『あの人』が忘れられないのッ!あの人と私は違う···生きる『環境』が違う···なのに···『あの人が頭を過る』の···」

 新崎綾香は濡れた髪をむしゃくしゃにかきむしる。何本か髪が抜けた。

「···私、『間違った』な」

 雨が一層強くなり、公園の横を通った男性がこちらを見てくる。

「『自分に呪詛符なんて使うんじゃなかった』···。そして分かった···『呪詛者は呪われてない』···全て、己の『感情』が···『自分を呪わせる』···それだけだ」

 いま、とても『死にたい気分』だ。でも1つ···『呪詛者は自殺ができない』。『呪詛者』は『神に守られた存在』、神が『ノロイアイを望む』のなら、神は呪詛者を守る。

 左手に握られた手帳が、するりと地面に落ちた。手帳が開いた状態で逆さになった。

「これ、どうしよ···」

 落ちた手帳を拾う。そして表に向けると、その文が見えた。

《また来てほしい。美悠のことを教えて》

「···何さ、これ。ふざけてるでしょ···喧嘩売ってるの?」

 その文の書かれたページの右下には、新崎綾香が美悠を想いながら『ヤった』回数の合計が書かれていた。129回。デタラメなのか分からない数字だ。

「···今日はもういい。寝る」

 家も寝床もない。新崎綾香は、そのまま公園のブランコの前で寝ることにした。他人から見たら心配されるだろう。いまは雨が降っているから公園の横を通るのは車だけだ。

 ――その日は、不思議なほどによく眠れた。

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