【47】心の夜(天野永梨、河東霙、京奈千冬)
時計の針が1秒を正確に刻む。静かな空間で時計の音を聞いていると、自分は夜遅くまで起きていて、周りとは違う時間や空間に生きていると思える。
「···お姉ちゃん···あの、大丈夫?」
「『大丈夫』······じゃない···か」
日向が琳を連れて帰ってきてくれたのは嬉しかった。それも強引ではなく、琳の意思があってのことだ。だが、『自分の秘密を告白』してしまった以上、明日からどう接すればいい?
「···お姉ちゃんのとった行動は『間違っていない』と思う···でも、いまじゃなくても良かったんじゃないの?この『ノロイアイ』はまだまだ長引く見込みがあるのに、どうして···」
「――『罪滅ぼし』とか、そんなのじゃないけどね。『私の大切な人たち』が、自分だって理解している『恐怖』に怯えているのが『許せなくて』···『悔しくて』。『ノロイアイ』に関する情報が出たから、『今』なら言えるって、『今』しかないって思えたの」
「そう···ですね。いまの私は『神の代理』ですが、その気持ちは···解ります」
『悲しみ』が解るのは『悲しみを知る者』だけ。永梨は『第一回目のノロイアイ』で悲しみを味わった。大切な人を失った。それと同じ、琳だって大切な人を失った。『大切な人』を奪ったのが、身近な人物なのだ。
「···お姉ちゃん。私ね···――」
霙の吐息や永梨の唾を呑み込む音が、自分たちが会話をしているのだと知らせてくれる。――世界が変化したように思えて仕方がない。
「――『第一回目のノロイアイの···呪詛者の1人だった』の···ずっと黙ってた」
「『呪詛者』って···霙ちゃんが?」
永梨は自分の記憶が曖昧なのかと疑った。自身の記憶に『河東霙』という人物はいるが、『河東霙は呪詛者』だなんてものはない。
「でも、私は私を含む7人の呪詛者を···見てき···て···ない」
自分、不知火さん、メアリーさん、ミシャルちゃん、エリーゼットさん、結城さん――『6人』だ。
「――じゃ、じゃあ!本当に霙ちゃんは『元呪詛者』なのッ!?」
「···はい。紛れもなく、『私』は神の代理になる前は···『呪詛者』でした」
「···ッ」
永梨が言葉を失ったのは、内容だけではなく、あまりにも霙が平然とした表情だったからだ。
「ケルベリタが爆発した時、お姉ちゃんを救った頃の河東霙は既に『呪詛者になっていました』。ケルベリタの爆発に呑まれ、河東霙は死に、『河東霙は神の代理へと慣れ果てた』」
――時計の音が指揮となり、霙の言葉が唄のようにマッチしていた。夏なのに、なんだか寒い。夜なのに、なんだか明るい。永梨の気持ちがそう錯覚させる。
「···話が逸れた気がします。――河東霙は『呪詛者』でした。そして、河東霙には『願い』があったのです。永梨さんもご存知の通り、河東霙の背中には焼き傷があります。河東霙の『願い』は『河東霙の背中にある焼き傷を消すこと』でした」
「あ···でも霙ちゃんは私を助けるために自ら···」
「そう。河東霙は『自殺』でした。あなたを、『あなただけを』守るために、河東霙は『願い』を捨てました」
酷いことをしたのではないか、改まってそう思える。
河東霙の背中の焼き傷は見覚えがある。ケルベリタで先輩に焼いた鉄を何本も当てられたと、河東霙本人が話してくれたのだ。――思い出すだけで吐き気がしてならない。
「悪いことをしちゃった···のかな?」
「いいえ。お姉ちゃんは悪くない。そして河東霙は『後悔しなかった』。信じている人の為なら、自分の命や証、名誉なんて棄ててやる、それが『河東霙』でした」
イーズランドで永梨が感じた霙の印象とは大きく違った。絶体絶命な場面に直面したのが少なかったからか。
「···強いね。霙ちゃんは」
「――お姉ちゃんが大好きだから、です」
時計の針が0時を回った。そろそろ寝なくては、と永梨が椅子から立ち上がる。
「···あ、そうだ。今度『坂上美悠』ちゃんのお宅へ訪問に行きたいんだけど···着いてきてくれる?」
返事は決まって「はい」だ。永梨は分かっていて質問をしたのだ。ありがとう、と霙の頭を軽く撫でる。
***
棚上に置かれた時計の針が、カチ、カチと音を立てながら回っている。千冬は――眠れない。
「···あ、あのさぁアリス。···離れて」
「離れないよー。千冬が暑いって言うから半袖の服にしたんだもん!だから夏の間は思う存分くっつくからね」
――服を買ってから毎日こうだ。
たしかに『くっつかれたら暑い』という理由で半袖を買ったのだが、これほどベタベタされるとは···しかも全然涼しくない!暑い!汗で服と布団がびしょびしょなんだけど!――後悔した。
「···暑い」
「それは私の『愛の熱』だね」
「···ごめん、冗談抜きで『暑い』から」
この暑さを夏の間ずっと味わうのは無理だ。気力が持たない。とはいえ頑固なアリスを言葉で説得できるハズがなく、行動でどうにかしようとも何をするといいのか分からない。つまり千冬は『アリスの檻』にいる。
「···あっ!肝心なこと忘れてた!」
アリスはベッドからおりて、ペタペタと棚の方へと小走りで向かった。棚の下から二段目を開けて、中から小さい棒状の物を取り出す。
――ピッ。
音がなると、上から起動音が聞こえてくる。
「これって···もしかして···」
「『エアコン』だよ!もう『夏』だからね、すっかり忘れてたよ」
――『忘れてた』のか?エアコンのことを?今までの『暑さとの死闘』は何だったのやら、千冬は繰り出す言葉を失った。
「ふっふっふ。これで千冬に抱き付いて寝ても大丈夫だよね!」
アリスはたいへん満足そうだ。
「···は、はぁ······で、でも···あの···くっつかれたら『寝れない』からさ···」
「『今夜は寝かせないぜ』ってやつだよ」
なんというか···『呆れた』。アリスの『愛』?が重すぎて···よく分からなくなる。
「···ねぇ、アリス···『寝ない』のは別にいいんだけどさ···明日やることないし。でも···寝るときにも一緒っておかしくない?」
アリスは、エアコンを弄っていた。
「え?何て言ったの?エアコンの音でよく聞こえなかった···」
聞こえていなかった。それは安心するようようで、その言葉の意味を考えれば『とても嫌になる』ことだ。
「···『何も言わなかった』よ···何も、ないから」
「···?」
アリスが布団の中に入ってくる。躊躇いもせず千冬の腕に抱き付いてくる。
「千冬、涼しい?」
「···涼しいよ。汗かいてたから逆に寒くなってきたけど」
――気のせいだろうか。エアコンをつける前よりアリスの力が弱く感じる。···『落ち込んでいる』?なぜ?『遠慮している』みたいではないか。
その日は、もう何も話さなかった。




