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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
41/55

【41】正しくない正義(河東霙、美恋)

 成陽中学校の裏にある山。その山を賢倒山(けんとうざん)と呼ぶのは極一部のみ。成陽中学校の生徒ですら、賢倒山を知らない人の方が多い。

 昼過ぎ、天野家に昼食を誘われたあと、霙は賢倒山にある、『神の代理の家』の前に立つ。

「···今まで、何をしていたのですか?」

 霙が話している相手の名は――美恋···ではない。正確には、『美恋であって美恋ではない』。

「···別に、どこにも」

 神の代理には、呪詛者の行動の『全て』が分かる。今だって、浅野憂と不知火琳が会話していること、京奈千冬がトイレにいること、美悠が美恋の帰りを待っていること。何だって、見えている。

「近頃、あなたの行動を探っています。その結果、どこか遠いところで『呪詛符を使っていること』が判りました」

 美恋の行動は、美悠と別れる前――『天野市花が浅野憂を探しに栄善山へ行った時』から監視されていた。

「今のあなたは『呪詛者の心情が判る』。そうですよね?」

「···知らない」

 霙が美恋を睨むと、美恋の肩がピクリと浮いた。

「本来、呪詛符は相手に使うものです。それなのに、あなたは『自分自身』に使った。違いますか?」

「···そんなわけないじゃん···。だって、私は···」

「前々から、あなたの心情を不審に思ってました。あなた、もしかして『以前のノロイアイを間近で見たことがある』のですか?」

 今までなかった風が吹いた。近くの木にとまっていた(カラス)が、鳴き声をあげて飛んでいく。

「『以前のノロイアイ』って?」

「しらばっくれるのはやめてください。私はあなたたち呪詛者を監視し、ノロイアイを取り締まる役目が課せられた『神の代理』ですよ?」

 美恋の足が一歩退いた。隙を見て逃げる気だろう。霙は直ぐ様美恋の手首に手を伸ばした。

「ッ!」

 霙の手が美恋の手首を掴む前に、美恋が霙の腰を足で蹴った。

「あぐぁっ!」

 衝撃に耐えられず、霙は飛んだ。痛みを堪えようとすると、顔が醜く歪んでしまう。

「···『エルスさん』に···私の何が分かるって言うんですか!?」

 ヤバイかもしれない。そう思いながら、霙は地面を這いつくばって、近くの木の下に進んだ。

「···はぁ···『何が分かるのか』って···それはもう···はぁ、はぁ···『全て』···ですかね···げほっ···あなたが···美悠さんに会いたいと思っていることも···何もかも···」

 一字一句、発することが辛い。多分、内臓が――。

「お姉ちゃんに会いたい?そんなこと···思ってない」

「だから···言っているでしょ···。私は『神の代理』で···『呪詛者の考えていることが分かる』と···」

 痛みが、多少和らいだ。あとは、美恋に訊くだけ。

「···教えてください。あなたの『悪事』を···」

「ッ!悪事って言わないで!お姉ちゃんは正しいから、お姉ちゃんは正しさしか受け入れないから···『私は正しい』の!」

 『正しさ』とは。今の美恋には、そんなことを考える余裕はなかった。自分の悪事は『自分』が一番知っている、その通りだろう。美恋は、『自分自身が正しくない』と分かっている。でも、ただ1人の人物に好かれる為に、自分が正しいと強調する。

「···違う···あなたは正しくない。正しいもんか」

 余裕ぶっているのは言葉だけ、実際はそんなことができない。まず、立てない。

「···あなたの蹴り、すごく痛いです。この理由···分かります···」

 ――本来、呪詛符は相手に使うものです。それなのに、あなたは『自分自身』に使った。

「あなたは、呪詛符が『相手に有効なもの』ではなく、『呪詛者に有効なもの』と知っていますね。そして、あなたは自分自身に呪いをかけ、異常な身体能力を手に入れた···」

 表情1つ変えない美恋を見ても、自分の推理が間違っているとは思わない。

「多分···いえ、必ず···美悠さんはあなたの行為に気付いていません···だって、あなたがバラさないから···ですよ···」

 神の力を使えば、負傷した体は治すことができる。いま能力を使うべきか、それとも、美恋が帰った後で治すか。霙には考えることが多すぎる。

「あなたは···自覚しているんです。してはいけないことをやっている···そんな自分自身が、分かっているんです!」

「煩いッ!」

 煽られて激怒したらしい、美恋は霙のもとまで駆け寄り、霙の顔を蹴った。

「死ね、死ね、死ね」

 いくら霙が神の代理だとはいえ、呪詛符で強化された力は痛すぎる。口内が切れる、顎を強打した、首が異様な音を立てる。

「エルスさんには関係ない!私が美悠に会いたいとか、私がどう思ってるのとか!エルスさんが知って、何の得があるっていうの!?」

 霙の鼻に、ピシャリと冷たい液体が付着した。霙のものではない、その液体は、美恋の目から溢れ落ちる涙だった。

「はは···言いましたね···『美悠に会いたい』って···やっぱり···あなたは『美悠さんが好き』なんじゃないですか···」

 ハッと顔をあげた美恋は、気付くのが遅すぎた。既に、霙は美恋の背後を取っている。

「呪詛者に配られる呪詛符は『ランダムで5枚』です。このノロイアイは呪詛者自身の『運』も必要なわけです。ただし、神の代理は『神の力』を与えられた存在――『ただの呪詛者』のあなたに、勝ち目があるとでも?」

 美恋が霙の方を向いた時には、霙が美恋の手首をしっかりと掴んでいた。

「···もう、いいでしょう。『あなたの家』に美悠さんがきています。すごく、心配しているようですよ?」

 抵抗できないと理解したのか、美恋は手の力を抜いて、霙の言葉に頷いた。

「会いに行きなさい。これは、あなた――『新崎(しんざき)綾香(あやか)』の、『二度目の恋』です」

 最後に、霙は美恋(あやか)の頭を軽く撫でた。そして、美恋(あやか)から手を離す。

 小さな白い建物へと帰っていく霙の背中を眺めたあと、美恋(あやか)は涙を溢しながら走り出した。

***

 新崎綾香。

 彼女は2年前、失恋をした。初恋の相手は、自分の姉。失恋した理由が納得いかなかったのだ。新崎綾香の姉、新崎智奈(ともな)は、偶然出会った『幽霊』と結ばれた。意味不明だった。どうして、私じゃなくて『化け物』なんかを好きになるの。そう思った。

 だから、新崎綾香は智奈の元から離れた。それが、綾香が孤独になった理由。

 ――孤独のあまり、綾香は涙を流した。ただし、泣いたから綾香は救われた。綾香が泣いているとき、美恋に出会った。

 美悠はすんなりと『友達』になってくれた。新しい名前をくれた。毎日のように一緒にいてくれた。次第に、綾香に目覚めた感情は『愛情』だった。

 ただし、無理なのだ。美悠は『正しさ』を求めているが、綾香には『悪徳』しかなかった。『正義と悪は共存できるだろうか』。無理だろう。

 ――綾香に残された手段は、『ノロイアイに勝利し、家族を創る』他ない。そう、綾香は思っている。 

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