【40】今はなき姉妹の絆(京奈千夏、京奈千秋)
7月28日
市花たちは、永梨のいう『やらなくてはいけないこと』を終わらせ、本格的に市花たちの夏休みはスタートした。
「遊園地···だぁーっ!」
――騒がしい声。笑い声、悲鳴、様々な声が聞こえてくる。これぞTHE・遊園地だ。
「···怖い」
「ん。あ、琳ちゃんは遊園地初めてだったよね」
琳が遊園地に行こうと誘って来たことを、今でも微かに覚えている。琳は偏りがあるのか、知らないことが多ければ、市花たちの知らないことを知っている。
「···人が多い所は嫌いだから。なんというか···こう、ファーッ、ってなってる所が苦手なの」
「ここか」
「ここだね」
うん。と小さな声で琳が頷いた。
「···お姉ちゃんがいないから···不安」
市花たちの後ろで、霙が言った。
永梨は日向と大事な用事がある、と言って、3人の見張りを霙に任せた。――何をするのか訊いても、答えてくれない。
「···ねぇ市花。霙さんの言う「お姉ちゃん」って何なの?」
「うーんとね···私のお母さんのことらしいけど···血は繋がってないから···何とも···」
永梨に訊くと、私は霙のお姉ちゃんなんだ、とだけ言う。正直、混乱してしまう。
「···闇が深いのかな。最近の霙さんは···すごく『イキイキ』してると思う。数ヵ月前は残虐な人って感じだったのに」
――そんな気もする。市花はそうとだけ思った。
永梨といるときの、甘えるようなところ。それに、永梨と霙は知り合い。『2人の過去』に何があったのか、市花は疑問におもう。
考え事をして歩いていると、前から女性が歩いてきている事に気付かなかった。そのまま、市花と女性はぶつかった。
「え、あ。すみません!」
女性は、ぶつかった拍子に、持っていた飲み物を落としてしまった。地面に水溜まりができる。
「あー、ごめんね。飲み物に気をとられてて前見るの忘れてたよ」
女性は笑った。市花は、飲み物をどうするのかと気になって仕方がない。
「まぁ、これで1つになるからいいかな」
溢れた飲み物には目もくれず、左手に持っている飲み物を見つめて女性は微笑んだ。
「え、飲み物···」
「ん、あーいいよいいよ、前見てなかったのは『私も』なんだし、逆に楽になったからね···怒られそうだけど」
女性は市花に手を振って、歩いて行ってしまった。
「···」
市花は感情を言葉にできず、黙り込んでしまった。
***
「ごめん、ごめん、遅くなっちゃった」
女性は炭酸飲料を片手に、連れが座っている前の椅子に座る。女性の前方に座っているのは、女性の妹だ。
「遅い。何分オーバーしたと思ってるの?」
「えっと···3分?」
「4分と42秒だよ!」
女性の妹は、机を叩いた。女性は妹の機嫌が緩まった時を見計らい、妹の前に炭酸飲料を置いた。
「···私、飲み物はお茶って言ったよね?」
「うーんとね···溢しちゃった?」
「なんでお姉ちゃんが疑問文なのさ」
ついさっき、子供とぶつかって溢した。そう言えば、彼女――京奈千秋は何と言うだろう。そう、彼女の姉、京奈千夏は思った。
「まぁまぁ、折角なんだし飲みなよ」
「···私、帰る」
千秋はそうとだけ言い、椅子から立ち上がった。そして、小さな足取りで歩き始める。
「もー、つれないなー。折角『千冬のことを忘れて』楽しもうとしてるのにー」
「千冬のことを忘れて」――その言葉を千夏が発すると、千秋は、持っている鞄を千夏に目掛けて振り回した。
「ちょっ、千秋危ないじゃんか!」
必死に避けようとするが、避けれるハズがなく、千夏の腰に鞄が直撃した。鞄の中には、特に鈍器が入っているわけではないので、千夏は平気だ。
「お姉ちゃんは『千冬が嫌い』なの!?」
鞄で殴られた事より、『千秋に』キツく言われる方が、千夏にとって痛い。無意識に、千夏の足は一歩下がっていた。
「そ、そんなことはないよ!」
「だったらどうして!千冬のこと忘れるためとか言うのさ!」
「それは···」
千秋の大声を聞いたのは、3年振り程かもしれない。たった一度だけ、『姉妹4人で喧嘩』をした日があった。それでも、その時と今では違う。何もかもが、違う。
「···最近は『素直』になれない」
そう言うと、千秋が何かと尋ねてくるのは分かっていた。姉妹だから。
「···千冬のことは好き。でも、いないんだからしょうがないじゃん。千冬には会いたいよ?だって『大好き』だから。でも···『会えない』じゃんか···」
――ごめん。千秋は最後にそう言った。
「···だったら···遊園地なんてきて『気分転換』しなくたったいいじゃん。ただ一生懸命、全力を振り絞って探せばいいじゃんか···」
「···探せないよ。『千春お姉ちゃん』じゃないんだから」
千春――千夏たちの姉であり、京奈家の長女。彼女は、今は家にいない。帰ってくるかも、分からない。彼女は『香華院高校』という、福根市から電車で南に向かうとある、清半市にある高校にいる。5月頃、千春本人から電話がきた。「もう帰れない」という、短いメッセージだけ。
「···ごめん、お姉ちゃん」
千秋は、椅子に座ってもう大丈夫だということを示す。
「ん?どうして千秋が謝るの?」
「私、お姉ちゃんに隠してることがあるの」
「え···」
流石に急で、意味不明すぎたか。それでも、言うならいましかないと、千秋はポケットから携帯を取り出す。
「これを、聴いてほしいの」
千夏に聴いてほしい物、それは数日前にLOVERで録音した千冬と銀髪少女(アリス)の会話だ。
「これは···?」
「···この前、お姉ちゃんの『誕生日ケーキ』を買いに、近くのデパートに行った日、私ね、『千冬を見たの』」
千秋の言葉で、数秒だけ時間が止まったかと思った。かなり離れた場所にあるジェットコースターからの悲鳴で、千夏は我に返る。
「本当なの?」
「···本当だよ。私、『千夏お姉ちゃんには嘘を付かないって約束』してるから」
――千秋は、千夏の頭を撫でる。ありがとう、偉いね、他。様々な想いが、千夏の手から千秋の頭へと流れるように。
「千秋はさ、その時の様子、見たの?」
「···ちょっとだけ。でも···話したくないようなこと」
「そっか」と、千夏は微笑んだ。
「でも、ありがとう。私、頑張るから。お姉ちゃんみたいに、立派になるから。だから···『千秋は私についてきてほしい』」
当たり前といわんばかりに、千秋は頷く。了承を得たことに喜びが隠せず、目から涙が溢れ落ちそうになった。
「さーて、これからどうする?」
陽気な声と態度で、千夏はさっきまでの会話を断ち切る。
「···」
千秋は答えない。
「折角、遊園地に来たんだしさ、一緒に遊ぼ?」
「···しょうがないなぁ。『明日から頑張る』?」
「ん···うん。明日から頑張る!」
千夏は、持ってきた炭酸飲料を飲み干し、ゴミ箱に捨てると、千秋の手を引いて走り出した。




