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七人の呪詛者  作者: 野原四葉
七人の呪詛者/天野市花の章
39/55

【39】私たちの娯楽・弐(京奈千冬、アリス)

 試着室が4つ並んでいる。一番右に誰かが入っているようで、右から二番目に千冬、三番目にアリスが入る。

「このネコ、よく見たら口の中にネズミがいるんだけど···」

 弱肉強食という言葉を、思わぬところで知らせてくる。しかもネズミは笑ってピースまでしている。既に犬歯がぶっ刺さって、血が出ていてもおかしくないだろう。

「···まぁ大人向けじゃないから、だろうけど」

 そんなことを1人で呟いていると、アリスが千冬を呼んできた。

「ねぇ、千冬。この服の着方が分からないんだけど」

 ――なんだ、それ。千冬は今さっき脱いだ服を着て、試着室から出る。

「···あれ、誰か入ったんだ」

 アリスの入っている試着室の隣に、最初はなかった靴が置かれていた。なんだか、千冬はその靴に見覚えがある···気がする。緑色の靴に赤色の靴紐という、独創的なデザインが印象的だったからだ。

「アリスに会う前に、見かけた人かな···」

「ちーとーうー。何か服が絡まっちゃったんだけどー!」

「え、ああ。待ってて、今いくから」

 試着室のカーテンをソッと開けると、ヘソを丸出しにしているアリスが床に寝転んでいた。

「何···してるの?」

「えっとね···着ている服を脱ごうとしたら――服の紐が脚に引っ掛かって――取ろうとしたら――こうなっちゃった」

「うん、よく分からないけど取り敢えず頑張ってね」

 そうとだけ言い、千冬はカーテンを閉める。アリスの呼ぶ声を無視しながら、元の試着室に戻った。――千冬の隣、一番右の試着室を使っていた人が出てくるのが見えた。

「···あの靴の人って、誰なんだろ」

 出てくるまで待つのも良いかもしれない、最悪開けて確認したっていい。ただ···答えを見るより、考えて解く方が『面白い』だろう。

「···ま、いっか。服着よ」

 ――案外、諦めることができた。

「···ホント、バカバカしいね」

 ――鏡は嫌いだ。いや、自分の姿を見ること自体が嫌いなのだ。自分を愛せない千冬からして、『自分を見ること』は、苦手なものを前にしている状況とかわりない。

「胸、大きくならないな···アリスより小さいかも」

 アリスの方が歳上なのだから、千冬より胸が大きいのは当たり前――ではない。アリスの方が身長は低い。アリス自身、身長を気にしていると言っていた。

 千冬は現実から逃げるように、ネコのキャラクターが描かれた服を荒々しく着る。

「以外と···いいかも」

 服装に無頓着な性格だが、この服は似合う気がする。少しの間、鏡を見て多少浮かれていると、どこかの試着室のカーテンが開いた。――消去法で考えて、千冬の使っている試着室の隣に誰かが入ったのだろう。

「ビックリした···結構音が漏れるのか···。こっちの喋ってること、聞かれちゃうのか···」

 アリスはいま、何をしているのだろう。絡まって倒れている状態のままなのかもしれない。声も聞こえない。まるで、もうアリスがいないみたいだ。

「アリス···?いる?」

 ――返事がない、ただの空室のようだ。

「···いないの?」

 壁を軽く叩こうとも、返事はない。 

 千冬が外を見ると、靴はある。中にいるのだろう。なら、どうして返事がない?千冬は、恐る恐るアリスの入っている試着室のカーテンを捲る。

 ――アリスが、千冬の見たことのないほど真剣な眼差しで、脚に結ばれた紐をほどこうとしていた。

「アリス···?」

 アリスは千冬に気付いていない。

「ねぇ、アリスってば!」

 ――いい加減、腹が立った。千冬は大きく息をすってから――「アリス」と多少大きな声で呼んだ。

「え、あ、千冬?どうしたの?」

「どうしたのって、気付いてなかったの?」

「気付く···って何に?」

 ――嘘でしょ?と千冬は思った。

「···アリス、何してるの?」

「紐が脚に絡まっちゃってさ、ほどこうとしてるんだけど···難しくて···」

 苦笑するアリスを前にして、千冬は――涙を溢した。

「え、ええ、千冬!?どどど、どうしたの?い、いきなり涙なんか···ッ!――もしかして、私のこと、呼んでた?」

 千冬は涙を拭うと、軽く頷く。涙が抑えられない。そんな千冬にアリスが駆けつける。

「ご、ごめんっ!夢中になっちゃって、それで···ホント、ごめん」

「アリス···『嫌い』」

 その千冬の一言には、何1つ千冬の『感情』がなかった。それもそうだろう、なぜなら千冬は言い終えると、アリスに跳びかかったのだから。そして、反動で倒れたアリスの胸元で、千冬は泣き続ける。

「え、え?ちょっ、千冬!?」

「バカ、バカ、バカ。アリスなんて嫌い。大ッッッ嫌い!」

 ――嘘だ。誰だって分かる。『嫌い』なら、相手の胸元で泣くわけがない。

「···ごめん」

 アリスの声が段々と籠ってくるのが分かった。アリスも――泣いている。

「本当に···ごめん。心配したよね、怖かったよね···ごめん、千冬···」

「あ···」

 アリスの泣き顔を見ると、反射的に涙が治まった。

「大丈夫、だから。呼んでも返事がなかったのは辛かったけど···アリスがいたって分かったとき、凄く安心したから!」

 その言葉に対して、アリスは涙目になりながら「本当?」と言った。「うん」とだけ返すと、アリスは微かに笑った。

「···もし、アリスがいなくなってたら、私死んでたから」

「え、そんなに?」

 例えばといえば嘘になるのかもしれない。それでも、千冬にとって『アリスがいなくなること』は、両親の死より辛いものなのかもしれない。

「だって、LOVER(こいびと)を喪うことは、私にとって『世界一嫌なこと』だから」

 千冬はアリスの肩に手を添えながら、そう言った。アリスが少し照れると、千冬も顔を赤くする。

「···私、この服にする。千冬のはそれ」

 アリスがクマのキャラクターの描かれた服を指しながら、そう言った。うん、と頷くまでもなく、2人の買う服は決まった。

「あ、紐が取れた」

 その言葉で、千冬は立ち上がる。アリスは試着することなく、服を着直す。そして試着室から出る。

「···あれ、一番右の人···『あの靴』の人だ」

「え?何か言った?」

「···いや、何でも···ない。行こっ」

 他愛もない言葉を交わして、2人はレジへ向かった。

 千冬にとって、中学生だけで服を買うのは初めての経験だ。――ただし、もうここに来ることはないだろう。


 2人が並んでLOVERから出ると、一番右の試着室から1人の少女が出た。

「やっぱり、あれは『千冬』···」

 少女はそう呟くと、ズボンのポケットから携帯を取り出す。

「『お姉ちゃん』に知らせるべきかな···。でも、あの、隣の人は誰?」

 少女はアリスを見ながら、今まで聴こえた声を辿る。

「···あの人が、千冬の言っていた『恋人』なの?あの、銀髪の人のことが、千冬は好きなの?」

 少女は――携帯をズボンのポケットの中にしまった。そして、歩き出す。

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